第157話 ユイが、立つ
カイルの発見が、全員の認識を変えた。
7本目の柱。そこに刻まれた名前。カオスナイト。戦ったことのある相手の名前だけが読める。他の14本は読めない。だが、名前を知れば読めるようになる可能性がある。
「全部確認しよう」
ユイが言った。
「一本ずつ、全員で見る。読める文字があるかもしれない」
全員が頷いた。
1本目から順に回る。リリアが文字の形を記録し、アイリスが配置を確認する。エルザが周囲を警戒し、ハンスが柱の状態を調べる。カイルとセリスが文字を読もうと試みる。セイラは少し離れた場所から全体を見ている。
1本目。誰も読めない。
2本目。誰も読めない。
3本目。4本目。5本目。6本目。
どれも同じだ。文字の形は見える。溝の深さも均一だ。だが、意味が取れない。音が当たらない。言葉として結びつかない。
7本目。
カオスナイト。
全員が読める。戦った相手だからだ。音を知っている。形を知っている。だから読める。
8本目へ進む。
読めない。
9本目。読めない。
10本目。読めない。
そして、11本目の前で、ユイの足が止まった。
文字の形が、7本目と似ている。
配列が同じだ。短い。装飾が少ない。称号ではない。説明でもない。
名前だ。
視線が文字をなぞる。
頭の奥で、音が響いた。
読めている。
この名を、ユイは知っている。
前世で何度も呼んだ。何度も追った。東の山脈地帯。巨大な翼を持つ獣。黒い鱗。深紅の瞳。炎と破壊を纏う幻。
何度も戦った。
何度も追い詰めた。
だが、討ち果たしていない。
決着の瞬間に至る前に、戦いの最中で、ユイは20年前へ戻った。
あの存在との戦いは、終わっていない。
柱に刻まれたその名は、静かにそこにある。
足が動かない。
「ユイさん?」
カイルが声をかけた。
「何か、読めますか?」
ユイは柱を見つめたまま、数秒黙っていた。
読めている。
だが、それを口に出せない。
この名前を知っているのは、前世の自分だけだ。今の仲間たちは、この名を知らない。自分だけが読める理由を、説明できない。
「……いや」
首を横に振る。
「読めない」
嘘だった。
カイルはそれ以上追及しなかった。
「そうですか」
ユイは次の柱へ移る。
12本目。読めない。
13本目。読めない。
14本目。読めない。
15本目。読めない。
全ての柱を確認し終えた。
「結果を整理しよう」
リリアが全員を見回す。
「読めたのは7本目だけ。カオスナイトの柱のみですわ」
「やっぱり、戦ったことのある名前だけが読める仕組みなんだね」
アイリスが腕を組む。
「他の14体の名前を知れば、全部読めるようになるかもしれない」
「文献を調べる価値がありますわね」
リリアが頷く。
カイルが柱を見回す。
「でも、これでほぼ確定ですよね。15本の柱、15体の幻モンスター。この場所は、幻モンスターと関係がある」
「……記録か、封印か」
セイラが呟く。
「どちらにせよ、重要な場所だ」
ハンスが低く言う。
「……守られている理由がある。管理されている理由がある」
全員が黙った。
ユイは、11本目の柱を見ていた。
あの名の先に、何があるのか。
前世では到達できなかった。倒す前に、時を遡った。38歳の自分は、あの存在との戦いの最中にいた。決着はついていない。
今世ではどうなるのか。
いつか、この柱の前に立つ日が来るのか。仲間たちと共に、あの名前を読む日が来るのか。
分からない。
だが、来るとしたら、その時は——
「広場をもう少し調べる」
ユイは視線を外し、言った。
「管理の痕跡があった。誰かがここを使っている。その証拠を探す」
全員が頷き、散っていく。
ユイは最後に、もう一度だけ11本目の柱を見た。
ほんのわずかに、長く。
仲間には読めない名前。
自分だけが読めた名前。
その事実を、誰にも言わなかった。
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