第156話 誰も読めない
カイルの言葉が、広場の空気を変えた。
誰も即座に否定しなかった。15という数。幻モンスターの数との一致。偶然で片付けるには、揃いすぎている。
「確認しよう」
ユイが言った。
「全員で柱を見る。文字、素材、配置、何でもいい。気づいたことを共有しろ」
全員が散った。
リリアが最初の柱に近づき、刻まれた文字を観察する。指先で輪郭をなぞり、形を記憶しようとしている。溝の深さ、線の流れ、曲線と直線の比率。しばらく見つめた後、首を傾げた。
「古代語系ですが、私が学んだものとは違いますわ」
「エルフの文字か」
「いいえ。エルフの体系でもありませんわ。形は似ていますが、配列が異なります。文法構造そのものが違う印象を受けます」
2本目へ移動する。3本目、4本目と確認を続けながら、リリアは記号の並びを比較していく。
「全ての柱に文字がありますわ。ただし、内容が同じかどうかは分かりません。そもそも読めませんので、比較しようがない」
「似た形の文字はあるか」
「ありますわ。同じ記号が繰り返し出てきます。特にこの曲線を含む記号。どの柱にもあります。名詞か、あるいは固有名詞かもしれません。でも、確証はありませんわ」
エルザが柱の一本に指先で触れた。表面をゆっくりとなぞる。爪が石の溝に引っかかる感触を確かめている。
「……刻みが深い。均一だ」
「道具で彫ったのではない」
「魔法か」
「分からない。ただ、刃物の跡ではない。金属が擦れた痕がない。線が揺れていない。彫ったというより、石そのものがその形になっている」
「素手で彫ったとでも言うのか」
「言っていない。ただ、刃物ではないと言っている」
エルザは柱の裏側に回った。表と同じように文字が刻まれている。ただし、配置が違う。
「表は横書きだ。裏は縦書きになっている」
「同じ内容を、別の形式で書いているのか」
「分からない。読めない」
ハンスが柱の根元を確かめた。石畳との境目に手を当て、継ぎ目を探す。指が隙間に入らない。力を込めても動かない。
「……一体化している」
「後から立てたのではないのか」
「違う。地面と柱が同じ素材だ。継ぎ目がない。この広場ごと、一度に作られている」
「一度に」
「……そうだ。柱を立てたのではない。広場から柱を削り出した。あるいは、最初からこの形で存在していた」
カイルが驚いた顔をした。
「それって、この広場全体が一つの巨大な石ってことですか」
「……可能性はある」
ハンスは石畳を拳で軽く叩いた。鈍い音が広場に響く。場所によって音が微妙に違う。
「内部に空洞は感じない。詰まっている。だが均質だ。人工物のようで、自然石のようでもある」
セリスが水晶杖を柱に向け、目を閉じた。魔力を感知しようとしている。呼吸を整え、集中を深める。
数秒後、目を開けた。
「何かある。でも引っかかりがない。そこにあるのに、触れられない感じです」
「封印か」
「分かりません。封印なら、もっとはっきり拒絶される感触があるはずです。これは違う。存在しているのに、手が届かない。水面に映った影を掴もうとしているみたいな」
「影」
「うまく言えないんですけど、本体がここにないのかもしれません。柱は見えているけど、本当の柱は別の場所にある。ここにあるのは、その投影みたいな」
リリアが顔を上げた。
「位相がずれている可能性もありますわね。魔力の層が重なっているとか」
「別の層に本体がある、ということか」
「理論上はあり得ますわ。でも確認する術がありません」
セイラが広場の中央に立ち、全体を見渡した。目を細め、柱の並びを線で結ぶように視線を動かす。
「……15本で一つの形を作っている。個別に見ても意味がない」
「陣形か」
「分からない。ただ、配置に意味がある。3列5本。中央がわずかに高い。両端が低い。視線を中央に集める構造だ。意図的」
カイルが足元を見た。
「高さも微妙に違うんですね」
「揃っているようで揃っていない。それが逆に不自然ですわ」
アイリスが柱の間を歩き回り、地面を確認していた。しゃがみ込み、石畳の上を指でなぞる。
「踏み跡がある。柱の周りを何度も歩いた跡だ。特にこの中央付近。往復してる」
「観察か、儀式か」
「分からない。でも、ただ見に来ただけじゃない。同じ位置に何度も立ってる。足の向きも一定だ。何かを待っていたか、何かを試していた」
エルザがその地点に立つ。視線を正面に向ける。
「……中央の柱を正面に見る位置だ」
全員がその線上に視線を向ける。確かに、15本の中心が一直線に重なる角度がある。
「ここが基点かもしれない」
リリアが呟く。
全員がそれぞれの発見を報告し終えた。
文字は読めない。素材は古いが風化していない。配置には意図がある。魔力の反応はあるが、触れられない。広場全体が一つの石で作られている可能性がある。誰かが定期的にここを訪れ、中央を基点に何かをしていた。
情報は増えた。だが、答えは出ない。
カイルが柱の一本を見上げながら言った。
「結局、誰も読めないんですね」
「そうだ」
ユイが短く答えた。
「読める者がいないのか、読ませないようにしているのか。どちらかは分からない」
リリアが杖を下ろした。
「王都の図書館にある文献では、この文字体系を見たことがありませんわ。ナオミ先生なら何か知っているかもしれませんが、今ここでは確認のしようがない」
「戻ってからだな」
「はい。今ここでは、これ以上の解読は難しいですわ」
広場が静かになった。
風が吹き、木々が揺れる音だけが聞こえる。15本の柱が、沈黙のまま立っている。答えを持っているはずなのに、何も語らない。
ユイは広場の端から全体を見ていた。
まだ中央へ向かっていない。仲間たちが調べている間、ずっと外から見ていた。配置、視線の流れ、足跡の集中点。全てを重ね合わせる。
前世の記憶は、ここでも沈黙している。
「ユイ」
エルザが呼んだ。
「……見ないのか」
短い問い。
ユイは数秒、黙っていた。仲間たちの視線が集まる。
「これから見る」
そう答え、広場の中央へ向かって歩き始めた。
15本の柱の中心へ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と感じていただけましたら、
ブックマーク・評価・感想などで応援していただけると、とても励みになります。




