第154話 地図の端へ
村を出て半日が経った。
道は次第に細くなり、やがて完全に消えた。最後に確認できた踏み跡を辿っていたが、それも草に埋もれ始めている。
代わりに木々が増えた。最初は疎らだった木立が、今は両側から迫っている。頭上の空が狭い。光は届いているが、直射ではない。木漏れ日が地面にまだらを作る。
「植生が変わってきたね」
先頭を進むアイリスが言う。
「さっきまでは低い草だけだった。今は背の高い木が増えてる。下草も湿ってる」
「雨が多いのか」
エルザが短く問う。
「違う。地面から水気が上がってる感じ。川か湿地が近いかも」
ユイは地図を確認する。
だが、この先は空白だ。地形の記録はない。何があるかは、歩いて確かめるしかない。
「これ、踏み跡ですよね」
カイルの声で全員が足を止めた。
地面に踏み固められた跡。1人や2人ではない。複数の足が、何度も踏んでいる。
エルザが膝をつき、土を指で押さえる。
「……3組以上。時期が違う」
「分かるのか」
「最初は古い。草が被ってる。次は少し新しい。3番目はまだ草が起き上がっていない。1週間以内だ」
「消えた冒険者たちの跡か」
ユイが言う。
「可能性は高い。方向は同じ。全員、この先へ向かってる」
リリアが杖を握り直す。
「合流した形跡もありますわ。ここで道が1つになっています」
踏み跡はこの先で1本に絞られている。別々の時期に来た者たちが、同じ地点を目指した。そして戻っていない。
「行くぞ」
ユイが先に立つ。
木立の密度がさらに増す。枝が絡み合い、空がほとんど見えない。それでも光はある。木の間を縫うように差し込む光が、足元を照らす。
「……空気が変わった」
セイラが小さく言う。
「重い、か」
「重い。でも、それだけじゃない。固定されてる」
「固定」
リリアが杖を軽く振る。
「魔力の流れが通常と異なりますわ。淀んでいるというより、形を保っている。ここでは同じ状態を維持しようとしている」
セリスが水晶杖を胸に引き寄せる。
「水の気配が……ないわけじゃない。でも動いてない。普通は少しでも揺れるのに」
ハンスの視線が木々の幹に止まる。
「……古い」
「何が」
「木だ。この太さと高さ。100年以上は経っている。だが苔が少ない。風化も弱い」
アイリスが枝を1本折り、断面を見る。
「乾いてない。生きてる。でも、普通の生き方じゃない」
エルザが前を見据える。
「……エリアそのものが古い。だが、古びていない」
全員が黙る。
この場所は守られているのか。閉じ込められているのか。
判断はつかない。ただ、普通の森ではない。
ユイは前世の記憶を探る。
この感覚。この空気。この植生。
ない。
38歳まで生きた前世の自分は、この場所を知らない。
来なかったのか。来られなかったのか。
理由は分からない。
前世の記憶が役に立たない。
「進む」
短く告げる。
踏み跡は1本。迷いようがない。前へ続いている。
やがて光の質が変わる。
木々の間から差し込む光が強くなる。視界の先が明るい。
アイリスが足を止めた。
「……樹木の先、開けてる」
全員が前を見る。
木立が終わる境界。その向こうに光が満ちている。空が見える。
何かがある。
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