第153話 村人が知っていたこと
翌朝、宿の1階で朝食を取っている時だった。
アイリスが席につく。昨夜、酒席から戻らなかった。顔に疲れはあるが、目は冴えている。
「聞けた」
短く言い、パンをちぎった。
「何を」
ユイが問う。
「昨夜、最後まで残ってた農夫。60は過ぎてる。酒が入って、少しだけ話した」
セリスがカップを置き、カイルが手を止める。
「あの先には昔から行かない。爺さんの、そのまた爺さんの代からそうだって。理由は知らない。ただ行かない。それだけ」
「理由を聞いたか」
エルザが低く問う。
「聞いた。でも分からないらしい。子供の頃からそう教わってきただけ。誰も理由を掘り下げないし、聞こうともしない」
リリアが静かに言う。
「封印の影響で、人が近づかないよう仕向けられている可能性がありますわ」
「根拠は」
ユイの視線が向く。
「ありません。ただ、筋は通ります。古い封印術には、周囲の人間の意識に干渉するものがあると文献で読んだことがあります。直接禁じるのではなく、無意識に忌避させる」
セイラが窓の外を見る。
「……感知には何も引っかからない。だが、重い。昨日から変わらない」
「……理由がなくても従う。それが何代も続けば、理由は消える」
ハンスの低い声。
カイルが腕を組む。
「でも冒険者は来てる。この村を通って、あの先へ向かった人たちがいる」
「村人は止めなかったのか」
ユイが聞く。
アイリスが首を横に振る。
「止めない。聞かれれば答える。行くなら行けばいい。ただ自分たちは行かない。それだけ」
「戻ってきた者は」
「いない。爺さんの記憶では1人も」
食堂に沈黙が落ちる。
ユイは前世の記憶を探る。ベルン村。この名も、この空気も、引っかかるものがない。この方向へ向かった記録もない。
前世でここへ来たことがない。
あるいは、来る前に何かがあったのか。
分からない。
前世が役に立たない場所にいる。
「他に」
ユイが促す。
「もう1つ。あの先に行った奴らは、みんな何かを探してたらしい。何をかは分からない。でも目が違った。普通の冒険者の目じゃなかったって」
「何かを知っていて向かった」
リリアが呟く。
「そういうことになる」
アイリスが言い、パンを飲み込む。
ユイは立ち上がった。
「出発する」
全員が頷く。
宿の主人に代金を払い、外へ出る。朝の空気は冷たい。薄い霧が地面を覆っている。
広場を抜け、村外れの道へ向かう。
道脇に老いた農夫が立っていた。昨夜、アイリスが話を聞いた相手だろう。鍬を肩に担ぎ、畑へ向かう途中らしい。
通り過ぎようとすると、農夫が口を開いた。
「行くのか」
止める声ではない。確認だ。
「ああ」
ユイが答える。
農夫は8人の防具を見る。胸元に刻まれた降下するカラスの紋章。
「揃いの印か」
「ああ」
「仲間か」
「そうだ」
農夫はわずかに間を置いた。
「なら、いいかもしれんな」
それだけ言って、畑へ歩いていく。振り返らない。
ユイは足を止めない。
8人が村の端を越え、空白へ続く道へ入る。
背後で、1人の村人が立ち止まり、ただその背中を見ていた。
何も言わない。
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