第152話 集落に入る
2日目の昼を過ぎた頃、道の先に建物が見え始めた。
木造の家が数軒、丘の斜面に沿って並んでいる。煙突から煙が上がる家もある。畑が広がり、柵で囲われた小さな牧草地も見える。人の営みがある村だ。
「あれがベルン村か」
アイリスが地図を確認しながら言う。事前に得ていた情報と一致している。人口40人ほどの農村。王都から地図の空白方向へ向かう途中にある、最後の集落。
「宿があるなら借りたい。今日は野営を避ける」
ユイが言い、全員が頷いた。
村の入口に近づくと、道端で鍬を持った男が立ち止まった。こちらを見ている。視線に警戒はあるが、強くはない。どこか慣れた目だ。
「通りますか」
カイルが声をかける。
「ああ。宿はまっすぐ行った先だ。主人に言えば部屋は貸してくれる」
「ありがとうございます」
カイルが礼を言う。男は8人の防具を一度見渡し、何も言わず畑へ戻った。
村の中を歩く。道は石畳ではなく、踏み固められた土。家々の間を抜けると、井戸のある小さな広場に出る。水を汲む女、走る子供。生活の匂いがある。
だが、反応が薄い。
見知らぬ冒険者に向ける警戒も、歓迎も、どちらも弱い。視線は向けるが、すぐ逸らす。感情の起伏が浅い。
「……慣れすぎてるな」
エルザが低く言った。
「最近、誰か来てるな」
「複数だ。一組じゃない」
アイリスが周囲を見ながら答える。
宿は広場の奥にあった。木造2階建て。看板には鳥の絵。扉を押すと、酒と煮物の匂いが流れ出る。
「いらっしゃい」
カウンターの向こうに中年の男。宿の主人だろう。太った体格、禿げ上がった頭、分厚い手。8人を順に見渡す。
「冒険者か。部屋はある。2人部屋が3つ、4人部屋が1つ。どうする」
「4人部屋を2つ借りられるか」
「4人部屋は1つしかねえ。2人部屋と合わせて使え」
「分かった。それで頼む」
ユイが答え、宿代を払う。主人は金を受け取り、鍵を渡した。
「夕食は1階だ。日が落ちたら来い」
愛想はない。ただ淡々としている。
部屋に荷物を置き、装備を軽くしてから1階へ戻る。日が傾き始めている。
夕食の席には、村人が数人いた。農夫らしい男たち。酒を飲み、低い声で話している。クロウフォールが席につくが、視線はほとんど向かない。
アイリスが席を立つ。
「すみません、少し聞いてもいいですか」
声をかけると、1人の農夫が顔を上げた。40代ほど。日焼けした肌に深い皺。
「何だ」
「最近、この方向へ向かった人を見ましたか」
アイリスが地図の空白方向を指で示す。
「見た。8人くらいだったか」
「いつ頃ですか」
「先月の終わりか、今月の頭か。その辺りだ」
「戻ってきましたか」
「戻ってきていない」
感情はない。ただ事実を並べる声。
「他にもいましたか。同じ方向へ向かった人」
「何組か来てた。みんな同じ方向を見てた」
そのとき、宿の主人が厨房から出てきた。
「おい」
低い声。農夫が口を閉じる。主人がアイリスを見る。
「夕食は出す。だが、余計な話はここではしない方がいい」
それだけ言って、料理を運び始めた。農夫たちも黙る。空気が切り替わる。
アイリスが席に戻る。
「聞けたか」
ユイが問う。
「聞けた。でも、打ち切られた」
「何組か来てた。みんな同じ方向を見てた」
セリスが小声で言う。
「戻ってきた奴がいない」
エルザが短く続ける。
野菜の煮込みと固いパン。質素だが温かい。全員が黙って食べる。周囲の村人もこちらを見ない。
食事を終え、部屋へ戻る。
「明日、出発前にもう少し聞く」
アイリスが言う。
「夜なら、口が軽くなる奴もいるかもしれない」
「頼む」
ユイが答える。アイリスは再び1階へ下りていった。
部屋に残った7人が静かに装備を確認する。
「……感知に何も引っかからない。だが、空気が重い」
セイラが窓の外を見ながら言う。
「何かを避けていますわね。村人たちが」
リリアが続ける。
「知ってて言わないのか。知らないから言えないのか」
カイルが呟く。
「……どちらでも、先に進むしかない」
ハンスの低い声。
ユイは黙っていた。
この村の名。この空気。前世の記憶を探るが、引っかかるものはない。ここへ来た記憶はない。あるいは、その前で何かが途切れているのか。
分からない。
答えは、空白の先にある。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と感じていただけましたら、
ブックマーク・評価・感想などで応援していただけると、とても励みになります。




