第151話 8人で歩く、空白の道
朝靄の中を、8人が歩いている。
王都ティリアスの城門を出て半日が経った。街道は平原を抜け、緩やかな丘陵地帯へと入っている。草は腰の高さまで伸び、風が渡るたびに波のようにうねる。空は薄曇り。陽光は雲の向こうに隠れ、影は輪郭を失って地面に落ちていた。
「重心、変えて正解でした」
カイルが言う。独り言ではない。後ろを歩くハンスに向けている。
「……そうか」
「はい。以前の鎧だと、こういう傾斜で踏ん張る癖があったんです。でも今の重さだと、踏ん張るより流した方がいい」
「……同じだ」
短い応答。慣らしの10日間で、2人とも移動時の感覚を調整していた。会話は少ないが、歩幅と間合いが噛み合っている。
ユイは列の中央を歩きながら、前後を見渡した。
全員の防具に、同じ紋章が刻まれている。降下するカラス。クロウフォール。統一防具に同じ印を背負って動くのは、今日が初めてだ。
「ユイさん」
アイリスが横に並ぶ。声は軽いが、視線は前方に固定されている。
「踏み跡がある。人のもの」
「いつ頃だ」
「2週間以内。雨で一度消えかけて、その上からまた踏まれてる」
「方向は」
「私たちと同じ」
ユイは何も言わず、前を向いた。
第149話でアイリスが持ち帰った情報。空白の先へ向かった複数の冒険者。誰も戻っていない。踏み跡は、その事実を裏付けている。
言葉にはしない。ただ胸の奥に沈める。
丘を越えると、木立が見えてきた。深森ほど密ではないが、視界は確実に狭まる。道は続いている。踏み固められた痕跡がある。
「休憩を取る」
ユイの声で全員が足を止めた。
岩に腰を下ろす。セリスが水筒を回す。カイルが受け取り、一口飲んで次へ渡す。エルザは受け取らず、周囲を見回している。視線だけが静かに動く。
「エルザ」
「……何もいない。獣の気配もない」
「逃げてるのか」
「分からん。だが、静かすぎる」
リリアが木立を見つめたまま言う。
「魔力の流れは普通ですわ。異常は感じません。ただ……」
「ただ」
「獣がいないのに、植生が荒れていないのは妙ですわね」
セイラが白い息を吐く。
「……空気が重い。感知には何も引っかからない。だが、何かがある」
ハンスが低く言った。
「……進むか」
全員の視線がユイに向く。
ユイは立ち上がった。
「進む」
短く告げ、歩き出す。8人の足音が再び揃う。
木立を抜けると、道は二股に分かれていた。右は山側へ上り、左は谷へ下る。踏み跡は左へ続いている。
「こっちだ」
エルザが言う。ユイが頷いた。
谷に入ると空気が湿る。足元の草が増え、石には苔が張りつき始める。視界はさらに狭まり、先が見通せない。
「隊形を締めろ」
ユイの声で、全員が間隔を詰めた。
前を偵察するアイリスが、小声で言う。
「踏み跡、合流してる。3組分くらい。時期が違う」
「合流した形跡か」
「違う。同じ場所を、別々の時期に踏んでる。最初に来た奴、次に来た奴、その次。順番に同じ道を歩いてる」
エルザが補足する。
「……3組以上。時期は異なる。戻った痕跡はない」
誰も言葉を返さなかった。
ユイは前を見る。
谷の先に、うっすらと開けた場所が見える。まだ距離がある。日が傾き始めている。
「今日はここで野営する。明日、先に進む」
全員が頷いた。
野営の準備が始まる。セリスとリリアが火を起こし、カイルとハンスが周囲を確認する。アイリスとエルザが索敵。セイラは杖を傍らに置き、空気の流れを読む。
ユイは地図を広げた。
空白の先。この方向に何があるのか、地図には何も描かれていない。だが、人は確かにここを通っている。
カイルが近づいてくる。
「ユイさん」
「何だ」
「踏み跡のこと、気になりますか」
「ああ」
「先に行った人たち……何をしに行ったんでしょうね」
ユイは地図から目を上げた。
「分からない」
「分からない、ですか」
「だから、確かめに行く」
カイルは少し黙った。
「……そうですね」
それだけ言って、火の方へ戻っていく。
ユイは地図を折りたたんだ。
踏み跡の方向は、自分たちの進路と完全に一致している。
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