第150話 明日、行く
夜明け前、8人でゴードンの工房へ向かった。
出発当日の朝だ。空はまだ暗く、王都の石畳は夜の冷気を残している。歩くたびに、8人分の足音が乾いた反響を返した。鍛冶地区の通りは静まり返り、人影はない。だが工房の前に立つと、中から規則正しい炉の音が聞こえた。火はすでに入っている。ゴードンは起きていた。
扉を開けると、作業台に灯りが落ちている。
「来たか」
低い声が、いつも通りに響く。
「換装を頼む。今日出発する」
ゴードンは頷き、素材を受け取った。元素核、魔獣皮、雷結晶2個、氷精核。5点を作業台に並べる。1つずつ手に取り、表面の欠け、魔力の流れ、純度を確かめる。それからユイたちを順に見た。
「誰に何を入れる」
「私の鎧に元素核。リリアのローブに魔獣皮。カイルの鎧に雷結晶を1個。セリスのローブに雷結晶を1個。ハンスの装甲に氷精核」
「エルザとセイラは」
「空のままにする」
ゴードンがわずかに間を置いた。何か言うかと思ったが、何も言わない。ただ頷き、作業台へ向かった。
工具を手に取る。
最初はユイの鎧。嵌め座の縁に工具を当て、元素核を押し込む。抵抗があり、わずかに力を加える。小さな固定音が鳴った。ゴードンが縁を指でなぞり、ずれがないか確認する。
「入った」
短い言葉。
次にリリア。魔獣皮がローブの嵌め座へ沈み込む。布地の質感が微妙に変わる。
カイルの鎧へ雷結晶。金属の内側を光が走る。セリスのローブにも同様に固定される。セリスが息を整え、目を閉じる。
最後にハンス。氷精核が重装甲に収まる。装甲表面に一瞬だけ白い霧が走り、すぐに消えた。
工具が置かれる。
「5点、終わった。換装が必要になったらまた来い。次からはお前たちでもできるようになれ」
「ありがとう」
ユイの声は、静かだった。
ゴードンが全員を見渡す。普段は余計なことは言わない男だ。
「行ってこい」
それだけだった。
炉の奥へ戻っていく背中を、8人が見送る。
拠点に戻り、荷を背負い、門へ向かう。
朝の光が王都の石畳に差し始めている。通りにはまだ人が少ない。8人が並んで歩く。全員の防具に、降下するカラスの紋章が刻まれている。嵌め座に素材が入った者は5人。空のまま出る者が2人。それぞれの判断だ。
城門を抜ける。
空気が変わる。
王都の外の冷たい風が頬を打つ。
歩きながら、ユイは昨夜のことを思い返す。
全員が早めに休んだ後、1人で食堂に残り、地図を広げていた。5点の方向線。その先の空白。そこへ向かった者がいる。自分たちが最初ではない。
それが何を意味するのか、答えは出ない。
足音が近づく。
カイルだった。眠れなかったらしい。水を取りに来たと言う。
「……ユイさん、また地図ですか」
「ああ」
「何か変わりましたか」
「変わっていない。ただ、先に動いている者がいる」
カイルは少し黙る。
「それって……怖いですね」
ユイは顔を上げた。
怖い、と言う。
その率直さが、わずかに胸に触れる。
「……そうだな」
正直に答えた。
カイルが小さく笑う。肩の力が抜けた笑い方だ。
「でも、クロウフォールは8人ですから」
そう言って、水を持って戻っていく。足音が廊下の奥へ遠ざかる。
ユイは地図を折りたたむ。
「ありがとう」と呟いたが、届いたかどうかは分からない。それでいい。
空は完全に明るくなりつつある。
地図の空白の先で、何かが待っている。味方か、敵か、それともまったく別のものか。
分からない。
だが、止まらない。
ユイは前を見る。
明日ではない。
今日、行く。
第18章 完
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