第145話 強化か修理か、紋章を決める
拠点の食堂に全員が集まったのは夕方だった。
食事の時間ではない。テーブルに皿はない。ゴードンから提示された方針を全員で確認するための時間だ。工房からの帰り道、誰かが「拠点で話しましょうか」と言ったわけでもなく、気づけばそうなっていた。
カイルが最初に口を開いた。
「強化でお願いしたいです。折れる前に対処できて、よかったです」
「振り出しが遅くなる。今日からトレーニング用の大剣で慣らしを始めろ」
「はい。本剣が戻ってくるまでに、溜めを使う動きを体に入れておきます」
クロウフォールには、各自の武器の下位互換にあたるトレーニング用の装備が組織の資産として揃えてある。実戦には使えないが、感覚を維持するには十分だ。今は全員の武器と防具をゴードンに預けているため、その期間中はそれで動くことになっていた。
リリアが続けた。
「消費量の増加は計算し直せば問題ありませんわ。長期戦の後半を中心に、回復薬の使用タイミングを見直します」
「計算の結果は全員に共有してほしい。動き方に関わる」
「承知しましたわ」
セリスが言った。
「強化したら具体的にどう変わるんですか」
リリアが水晶の性質と魔力伝導の関係を順に説明する。セリスはうなずきながら聞き、途中で小さく言った。
「杖が語りかけてくる感じって、本当にあることなんですか」
自分に問いかけるような声だった。
「素材との親和性が高まると、そういう感覚が出ることはありますわ」
ユイがテーブル全体に向かって言う。
「どう思う。各自、気になることがあれば出してくれ」
少し間があった。
アイリスが言った。
「感覚が変わるのは正直怖いんだけど、遠くまで届くなら慣れた方がいいよな」
エルザが短く返す。
「感触の変化は慣らしでどうにかなる」
セイラが続けた。
「出力が変わる問題は自分で対処する。今のうちにトレーニング用の杖で制御の幅を広げておく」
ハンスが言う。
「移動が落ちる。立ち位置の計算を組み直す。カイルとの距離も変わる」
「確認させてください」
カイルが頷いた。
ユイは全員の話を聞き終えてから言った。
「防具が完成してから慣らし期間を10日取る。新しい防具を受け取ってすぐに実戦には入らない」
全員が頷いた。
少し間があって、アイリスが言った。
「あと、紋章どうする?」
食堂の空気が少し変わる。
「カラスじゃない? 名前にも落ちるって入ってるし。クロウフォール、落ちるカラスって意味でしょ」
カイルがゆっくり言った。
「落ちるカラスか……渋いですね」
セリスが小声で言う。
「可愛いデザインにしたい」
「却下だ」
エルザが横を向かずに返した。
「まだ言っただけだよ……」
「……カラスでいい」
セイラが言った。
全員が少し驚いたように静かになる。
ユイがテーブルの端に置いてあった紙を引き寄せ、形を描く。翼を広げたままではなく、降下している姿のカラス。落ちているのではなく、狙って降りていく形だ。
「これでどうだ」
全員が覗き込む。
「いいと思います」
カイルが言った。誰も反対しなかった。
翌朝、ユイは1人でゴードンの工房を訪ねた。紙を渡す。ゴードンはそれを受け取り、少しの間だけ見た。何も言わずに工房へ戻っていく。
扉が閉まった。
「10日後に来い」という言葉だけが残った。
待つ時間が始まった。
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