第137話 丘の向こうで、見ている者がいた
丘の向こう、岩陰に人影が1つあった。
遠眼鏡を目に当て、平原を見ている。長い黒髪を1つに縛り、暗色の軽装鎧を纏った細身の人影だ。身動き1つしない。息を潜め、ただ見ている。
遠眼鏡の中に平原が広がる。
黒く焼けた地面。草も木もない。空から稲妻の筋が常時走り、地面すれすれを電気の線が這っている。その中央で、8人が動いていた。
先頭に出ているのは銀色の鎧の大柄な青年だ。盾を前に構え、球体の電撃体へ向かって走る。50メートルの距離に入った瞬間、盾に電気が伝わる。腕がしびれているのが、遠眼鏡越しにも一瞬の動きの乱れでわかる。だが退かない。距離を保ったまま、電撃体の注意を引き続けている。
その隙に、黒装束の人影が左から動いた。
地を這うように走り、岩の影に消える。次の瞬間、電撃体の死角から接近し、刃を差し込んだ。音もない。気配もない。電撃体の動きが鈍る。
後方から光が走る。
緑と金のローブを纏った細身の人物が杖を構え、光魔法を電撃体の表面に集束させる。温度差が走り、表面に亀裂が入る。電気の流れが乱れた。
そこへ、重い足音が平原に響く。
石と金属の超重装甲を纏った巨体が走る。ハンマーを振り上げ、亀裂の中心に直撃させた。電撃体が崩れる。電気が散って消え、青白い結晶が地面に落ちた。
人影は遠眼鏡を動かさない。
8人が結晶を回収する場面を見届ける。小柄な飛行できる人物が何か言い、全員が頷く。それから8人が王都の方向へ向き直った。
先頭を歩く黒銀の軽装鎧の人物を、人影は遠眼鏡で追う。
ユイ・セイラス。
動きに無駄がない。隊列の乱れを瞬時に修正する。指示を出す時の手の動きが速い。後衛の位置を常に確認している。戦闘中も戦闘後も、周囲への意識が切れない。
以前と違う点がある。
指示の出し方が変わった。以前は自分が判断して全員を動かす形だった。今は仲間の動きを先に見て、そこに指示を重ねている。連携に比重が移っている。単独判断から集団運用へ。速度も精度も、どちらも上がっている。
手帳を開き、短く記す。
「クロウフォール。雷原。雷結晶確保を確認。残り素材ゼロ。装備完成は3日以内」
1行空けて、付け加える。
「ユイ・セイラス。動き方が変わってきている。以前より連携に比重が移った。単独判断から集団運用へ。速度と精度、どちらも上がっている」
ペンを止める。
遠眼鏡を下ろした。
しばらくそのままでいる。平原の向こう、クロウフォールの姿が小さくなっていく。砂埃だけが残る。
独り言のように小さく呟く。
「……思ったより速かった。素材集め、ここまでで半年もかかっていない」
感情はない。ただの観測記録だ。
立ち上がる前に1度だけ、消えていく背中を見る。
「排除の必要はまだない」
それだけ言い、背を向ける。
岩陰から出て、丘の反対側へ歩き始めた。足音がない。気配がない。歩いているのに、そこにいた痕跡が消えていく。
手帳を懐にしまいながら、報告の文面を頭の中で整える。簡潔に。事実だけ。感情は入れない。
報告の宛先は、ザインではない。
もっと上だ。
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