第133話 熱が、足元から来る
王都を出て2日目の朝、溶岩帯の入口に立った。
最初に感じたのは匂いだった。硫黄と焦げた石の匂いが、風より先に来る。次に足の裏から熱が這い上がってくる。靴底を通して骨まで届く、重い熱だ。岩盤は赤みを帯び、ところどころ薄く光っている。光っている箇所は踏めない。踏んだ瞬間、橙色の液体が滲み出す。
「水魔法が……使いにくい。全部蒸発する」
セリスが前を見たまま言った。迷いはない。湿原でも氷洞でも、毎回自分の限界を試してきた。その積み重ねが、今の一言を先に口にさせている。
「わかった。後衛は距離を保て」
ユイは短く答え、隊列を確認する。カイルとハンスが前。エルザが右側に開き、アイリスが先行索敵。後衛3人の間隔も問題ない。
エルザが止まっていた。
溶岩流の筋を目で追い、岩盤の継ぎ目を確かめ、もう一度溶岩に視線を戻す。同じ動作を何度も繰り返す。観察し、計算している。
「……こっちだ」
短く言い、右端を先頭で歩き始めた。自分から先に動いた。それがいつもと違う。山岳でも氷洞でも、エルザは指示を待つことが多かった。今回は、自分で選んだ。
全員が続く。
エルザが選んだ端は溶岩の筋から距離がある。岩盤の色が周囲より暗く、光っていない。地熱が低い場所だ。直感ではなく、見て判断している。
溶岩帯の中へ入ると、空気の圧が変わった。前から熱が押してくる。壁のような熱だ。
「熱が……鎧に来てます。中まで」
カイルが歯を食いしばりながら言う。銀色の鎧が地面からの熱を吸い、金属全体へと伝わっていく。
「動きは落とすな」
「はい。ただ、長引くと腕に来ます」
「把握した」
ハンスが無言で周囲を見渡す。石の装甲は熱の伝わりが遅いが、継ぎ目から熱気が入り込んでいるのが見える。
「セイラ、今の状態で撃てるか」
セイラは少し間を置いた。
「……難しい。地熱が冷却を落とす。当たっても威力が半分以下になる」
「わかった。今は待機」
「リリア、光魔法はどうだ」
リリアが杖を握り直しながら答える。
「温度差を使う魔法ですので、この熱では差が作りにくいですわ。ただ、完全に使えないわけではありません。状況次第では」
「状況が変わったら言え」
「はい」
「アイリス、どうだ」
「火が固まって動いてる。2体以上。あと50メートルくらい」
アイリスが声を落とす。索敵の感覚がはっきりと反応している。視線の先、岩の陰に揺れるものがある。炎の陽炎とは違う揺れ方だ。意思を持って動いている。
「距離を保ったまま確認する。全員、動くな」
ユイは止まれの手を上げた。
全員が静止する。足元の熱だけがじわじわと這い上がってくる。
岩陰からゆっくりと姿を現したのは、高さ2メートルを超える炎の体躯だった。輪郭は絶えず揺らいでいるが、そこに確かにある。腕があり、脚がある。炎が生き物の形をしている。フレイムエレメンタルだ。
「2体確認」
アイリスが短く告げる。
もう1体が岩の反対側から姿を現す。同じ大きさ、同じ揺らぎ。2体が並び、こちらを向いた。
ゆっくりと。急いでいない。最初から気づいていたかのように。
「全員、構え。ただし撃つな」
ユイが低く言った。今はまだ、距離がある。
熱が、足元から確実に上がってくる。
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