第132話 ユイの部屋で、夜が明ける
王都に戻ったのは夕方だった。
全員で荷をほどき、素材をゴードンへ届ける。氷精核を手渡すと、ゴードンが表面を確認しながら言った。
「質はいい。アイスエレメンタルにしては大きい個体から取れたな」
「残りはあと2点だ」
ユイが告げると、ゴードンは短く頷いた。
「溶岩帯と雷原か。そっちは気をつけろよ。氷洞より手応えがある」
ギルドへの報告を済ませ、全員が拠点に戻った。
セリスが夕食を作った。温かい汁物と、焼いた肉。遠征の後の定番だ。
カイルが「おいしいです」と言い、セリスが「よかったです」と答える。ハンスが音もなく椀を空にして、もう一杯よそった。
アイリスが「ゼックさん、また会えるといいね」と言い、カイルが真剣な顔で「筋肉の話、まだ途中でしたし」と返す。
笑いが起きた。
エルザが小さく口端を上げた。それだけだったが、ユイは見ていた。
リリアは静かに食事をしていた。会話には加わっていないが、険しい顔でもない。ただ、どこか思考の奥へ沈んでいる目をしている。
夕食が終わり、全員が部屋へ引き上げた。
ユイは自分の部屋に戻り、机の前に座った。
地図を出す前に、今日の報告を頭の中で整理する。氷精核は確保済み。残りは火精核と雷結晶。次は溶岩帯か雷原。どちらも氷洞より難度は上がる。
整理が一段落したところで、扉が小さく鳴った。
「……少し、話してもいいですか」
リリアの声だった。
「入れ」
扉が開き、リリアが入ってくる。室内を見回すことなく、静かに椅子に座った。背筋は伸びている。いつもの姿勢だ。
しばらく沈黙が続いた。
外から王都の夜の音が届く。遠い馬車の音。風の音。部屋の中は静かだった。
リリアが口を開いた。
「昼間は……取り乱しました」
「謝るなと言った」
「ええ。ですが、自分の中で整理をつけたいのです」
膝の上で重ねた指先に、わずかに力が入っている。
「私は、待てるつもりでした。ユイさんが何かを抱えていると感じても、いつか話してくださると信じていました」
ユイは黙って聞く。
「師匠のことも、失踪の方向が揃っていることも。全部」
声は落ち着いている。だが、芯の部分に震えがある。
「でも、限界がありました。私は冷静でいたつもりでも、人間ですから」
ユイは視線を落とした。
「……ユイさんは、なぜ一人で抱え込むのですか」
責める響きはない。ただ、理解しようとする問いだ。
ユイは少し考えてから答えた。
「話して、間違っていたら迷惑をかけると思っていた」
「間違っても、一緒に修正できます」
即答だった。
「私たちは、そのためにいるのではありませんか」
ユイは息を吐いた。
「……そうだな」
短い肯定だった。だが、それは逃げではなかった。
リリアの目に涙が浮かぶ。今度は隠さない。静かに、一粒ずつ落ちる。声は乱れない。ただ涙だけが落ちる。
「私は、あなたを信じたいのです」
「ああ」
「信じていいですか」
「ああ」
沈黙が戻る。
部屋の灯りが壁に影を作る。王都の夜は静かだ。湿原の湿気も、氷洞の冷気も、ここにはない。乾いた空気が窓の隙間から入ってくる。
リリアが目元を拭い、立ち上がった。
「全員に話す約束、忘れないでください」
「忘れない」
それだけで十分だった。
扉が閉まる。
ユイは一人になった。
天井を見上げる。
前世で後悔したことのひとつが胸をよぎる。話さなかったことで、間に合わなかったこと。仲間が自分の外側にいるまま、取り返しのつかない事態になったこと。
知っていても、同じことを繰り返しかけていた。
知識があっても、行動が変わらなければ意味がない。
今日、それを突きつけられた。
机の上の地図に視線を落とす。
5点の線。地図の空白。残り2点の素材。
やるべき順番は変わらない。
だが、背負い方は変えられる。
装備が揃ったら、全部話す。
自分の中でもう一度、その言葉を確定させる。
灯りを消した。
夜は静かに続いている。
第16章 完
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