第129話 師匠、なぜ教えてくれなかったんですか
「今日まで知らなかった」というユイの言葉が、リリアの中でしばらく残った。
嘘ではないと思った。ユイが嘘をつく時の間とは違う。ナオミがラスティにいることは、ユイも今日初めて知った。それは本当だろう。
だが、それだけではないという感覚もあった。
ナオミとユイの視線が交わった一瞬。ナオミが首を振った意味。2人の間に何かがある。初対面の者同士の目ではない。それが今日始まったものではないという確信が、じわりと広がっていく。
リリアはナオミに向き直った。
「師匠。私に言えないことがあったということですか」
「あったわ。ごめんなさい」
ナオミの声は変わらない。謝罪に言い訳を重ねない。それがナオミという人物の誠実さだとリリアは知っている。知っているからこそ、余計に重かった。
「弟子より、ラスティの方が信頼できたということですか」
「そういうことじゃない」
「では、なぜ」
ナオミが少し間を置いた。
「幻モンスターの活性化は、公的な機関では調べられない。ギルドも王都の組織も、情報を持っていても動けない理由がある。ラスティは20年以上、表と裏を問わず動いてきた。私が必要としていた情報網は、ここにしかなかった」
「それは理由です。なぜ私に言わなかったかの答えではありません」
リリアの声が揺れている。丁寧語は崩れない。だが普段の静けさとは違う質の揺れ方だ。
「あなたを危険に近づけたくなかった」
「師匠」
「幻モンスターの調査は、関わった人間を変える。知ってしまったら引き返せない。あなたにはまだその段階ではないと思っていた」
「私はもうクロウフォールの一員です。幻モンスター討伐を目的とするパーティに所属しています。引き返せない場所にすでにいます」
ナオミが目を細めた。
「……そうね」
「分かっていたはずです。私がここにいることを」
「知っていたわ」
リリアが少し息を止めた。
知っていた。クロウウォールに所属して、遠征を重ねて、失踪情報の痕跡に触れながら戻ってきていた。その間ずっと、ナオミは知っていた。
「……それでも、言わなかったんですか」
「ええ」
リリアが少し間を置いた。それから、静かに続けた。
「師匠はユイさんと、幻モンスターについて話していましたか」
「……ええ」
「どのくらい前から」
ナオミが答えない。
その沈黙が答えだった。
リリアはユイを見た。
「ユイさんは知っていましたか。師匠が調査をしていることを」
ユイが少し間を置いた。
「知っていた」
リリアの目が、かすかに揺れた。
自分がユイに「何か気になることがあるのですか」と聞いた夜のことを思い出した。確認してから話す、とユイは言った。素材を揃えてから、とも言った。その間ずっと、ユイはナオミの調査を知っていた。自分だけが知らなかった。
「……いつから、ですか」
「最初に会った時から、ナオミが調査をしている人物だということは分かっていた。ラスティにいることは、今日初めて知った」
丁寧な答えだった。嘘はないと思う。だが、丁寧に答えるほど、自分だけが外にいたという事実が輪郭を持ってくる。
ナオミがリリアの横に並んだ。
「リリア。今夜は休みなさい。話せることは、明日話す」
「……はい」
リリアが短く答えた。力が抜けた声だ。
その夜、焚き火が落ち着いてきた頃、ナオミがユイの横に来て静かに座った。
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