第128話 焚き火の向こうに、知っている顔がいた
リリアが動けなくなった。
茶碗を持ったまま、立っている。焚き火の向こうに座る人物から目が離せない。白銀のローブ。長い金髪。碧眼の穏やかな瞳。見間違いではない。10年以上共に過ごした顔だ。
なぜここに。なぜラスティに。なぜ今まで一度も言わなかった。
問いが3つ同時に来て、どれも声にならない。
ナオミがリリアに気づいた。
一瞬だけ、表情が揺れた。驚き、それから何か別のもの。後悔に近い何かが過ぎって、すぐにいつもの穏やかな顔に戻った。
「リリア。来ていたのね」
声は変わらない。落ち着いた、温かい声だ。
リリアの手から茶碗が傾く。中身がこぼれる直前で止まった。こぼれなかった。それだけが、今のリリアが保っているものだった。
「……師匠。なぜ、ここに」
ゼックが軽く「え、知り合い?」と言った。アイリスがゼックの腕をそっと引き、口を閉じさせた。場の空気が変わったことを、その場の全員が感じ取った。
カイルが姿勢を正す。ハンスが動きを止める。セリスが視線を下げる。エルザが短剣から手を離す。
ナオミが立ち上がり、リリアの前まで歩いてきた。
「話しましょう。落ち着いてから」
「今、話してください」
リリアの声が揺れていた。丁寧語は崩れていない。だが、力が入っている。いつもの静かさとは違う。
ナオミが少し考えてから口を開いた。
「ラスティの情報網を借りていたの。幻モンスターの活性化を調べるために」
「なぜ私に言わなかったんですか」
「あなたを巻き込みたくなかった。危険なことだから」
「私はもうクロウフォールに所属しています。すでに巻き込まれています」
リリアの声がわずかに強くなった。抑えているが、抑えきれていない部分が出てきている。
ナオミがリリアを見た。それから、焚き火の向こうのユイを見た。
視線が1秒だけ止まった。
ユイは焚き火の向こうから、ナオミの目を受け止めた。
知っている目だ。前世で何度も見た目だ。ユイが2度目を生きていることを、最初から察知していた人物の目だ。この世界でユイの本質に最も近いところにいる、唯一の人物。
それを、リリアは知らない。
ナオミの視線がユイからリリアへ戻った。
リリアがユイを見た。
「ユイさん……知っていましたか」
静かな問いだった。責める声ではない。ただ、確認しなければならない、という声だ。
ユイは答えた。
「今日まで知らなかった」
それは本当だ。ナオミがラスティにいることは知らなかった。ただ——前世で出会ったナオミが、幻モンスターを調べ続けていた人物だったことは知っていた。今世でも同じことをしていると、どこかで思っていた。それを言えない。
リリアがナオミに向き直った。
「師匠。私に言えないことがあったということですか」
「あったわ。ごめんなさい」
「弟子より、ラスティの方が信頼できたということですか」
「そういうことじゃない」
「では、なぜ」
ゼックが遠くで小さく「なんか空気重くなってきた。俺、あっちで筋肉の話してます」とカイルを連れて立ち上がった。ノアだけが動かない。焚き火の端に座ったまま、この場を見ている。
ナオミとリリアが向き合った。
師弟の間に積み上がってきた時間と、その中に埋まっていた隙間。リリアは丁寧語のまま、声が揺れていく。
「師匠が何かを隠しているとは、思っていませんでした。でも……」
「今は、そう感じているの?」
リリアが答えない。
その沈黙が答えだった。
ナオミがユイを一瞥した。小さく首を振る。今じゃない、という意味だとユイには分かった。
リリアはその視線の交わりを見た。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と感じていただけましたら、
ブックマーク・評価・感想などで応援していただけると、とても励みになります。




