第118話 霧の中の会話
野営の場所は、湿地から少し離れた草地だった。
水面から距離を取り、地面の固い場所を選ぶ。焚き火を起こすと、湿気を含んだ空気の中で炎が小さく揺れた。霧が深く、光が数メートル先で止まる。その先は白い壁だ。全員の顔が、オレンジ色の輪の中に浮かんでいる。
夕食が終わり、会話が途切れていた。
「……最近、毎回こういう感じのものを見つけますね」
カイルが言った。焚き火を見ながら、独り言のような口調だった。
「岩場でも、深森でも、山岳でも」
アイリスが続ける。いつもの軽口ではなく、確認するように言葉を並べた。
「で、今日も」
誰かが呟く。セリスだったかもしれない。
静寂が落ちた。
炎が揺れる音だけが残る。ハンスは動かない。エルザは焚き火を見ていない。視線が霧の方向を向いている。セイラは膝の上に杖を置いたまま、目を閉じている。
リリアがユイを見た。
「ユイさん、何か気づいていることがあるんじゃないですの」
ユイは少し間を置いた。
「……今は、根拠のない話はしたくない」
「根拠がなくても、仲間として共有する価値があるんじゃないかと思うんですけれど」
リリアの声は穏やかだった。ただ、いつもより少しだけ芯がある。丁寧語の中に、はっきりとした意思が混じっていた。
ユイは焚き火を見たまま答える。
「素材を揃えてから話す」
「……揃えてから、というのはいつのことですの」
「装備が完成してから」
短い沈黙があった。
「わかりましたわ」
リリアが言った。
前を向く。焚き火の方に視線を戻す。
アイリスがユイを横目で見た。何か言いかけた。口が少し開く。やめた。視線を焚き火に戻し、膝を抱えて座り直す。
しばらく誰も話さなかった。
「明日の素材確保、何体くらい倒せそうですか」
カイルが言い、場が少しだけ動いた。
「状態次第だが、2体は確保できる」
ユイが返す。
「了解です」
カイルが頷く。
その会話が終わると、また静かになった。
セリスが水筒を取り出して一口飲んだ。エルザは相変わらず霧の方向を見ている。ハンスが薪を一本、炎の中に追加した。火の粉が散り、すぐに消えた。
ユイは焚き火の向こうのリリアを、一度だけ見た。
銀髪が炎に照らされて揺れている。緑の瞳は焚き火を向いていた。こちらを見ていない。
それでいい、とユイは思う。今は話せない。話す状態ではない。根拠なく不安を広げることは避けたかった。装備が完成してから、全部をまとめて話す。それが正しい順序だ。
正しい順序のはずだった。
アイリスがユイを横目で見て、何かを言いかけて、やめた。
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