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エターナル・リアルム 〜20年後の知識でやり直したら、世界が想定外に歪み始めた〜  作者: たくわん。
第15章 泥の底に、何かが沈んでいる

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第117話 水辺の痕跡

アイリスの声に、軽さがなかった。


ユイは短剣を鞘に収めながら立ち上がる。


「何があった」


「来た方が早い」


全員がアイリスの後をついていく。葦の茂みを抜け、湿地の端に沿って50メートルほど歩いた。霧が少し薄い場所に出た。水面が広がり、その縁に葦が密生している。


アイリスが足を止め、葦の根元を指した。


防水の布が、折りたたまれるように押し込まれていた。葦に隠れるように置かれている。意図的に隠したのか、流れ着いたのか、一見では判断できない。


ユイがしゃがんで確認する。布は二重になっていた。中身がある。


慎重に広げると、食料の残骸が出てきた。干し肉と乾燥果物。どちらも腐り始めている。3週間以上は経っているだろう。その下に、小さな手帳があった。


革表紙。防水加工が施されているが、端が湿気で膨らんでいる。


ユイは手帳を手に取った。ページをめくると、湿気で張りついたページが多い。インクが滲み、文字が潰れている。読める状態ではない。


最後のページだけが違った。


表紙に近い位置にあったためか、湿気の影響が他より少ない。文字が残っていた。


「ここで何かを見た」


それだけ書かれていた。続きはない。次のページは白紙だ。日付もない。誰の名前も書かれていない。


ユイはそのページを繰り返し見る。


筆圧が強い。急いで書いたような崩れ方ではなく、しっかりと力を込めて書いている。書いた人間は落ち着いていた。あるいは、落ち着こうとしていた。


「何が書いてあるの」


アイリスが横から覗き込む。


「ここで何かを見た、とだけ書いてある」


「……それだけ?」


「それだけだ」


全員が黙った。


山岳のキャンプ跡は違った。焚き火の跡があり、食料の残骸があり、依頼書の切れ端があった。誰かがそこで過ごした形跡が、広い範囲に残っていた。


ここは違う。荷物一つだけが、葦の根元に押し込まれている。戦った跡がない。逃げた跡もない。誰かが置いていったのか、それとも置かざるを得なかったのか。持ち主だけが、どこかへ消えた。


「報告はしないといけないですね」


リリアが静かに言う。


「ああ」


「ギルドに届ける義務がありますわ。失踪案件として記録されているかもしれません」


「分かった。持ち帰る」


ユイは手帳を元の布で包み直し、荷物の中にしまった。


エルザが周囲の地面を見回している。水面。葦の根元。泥の上の足跡。足跡は残っていない。雨か、湿地の水分で消えたのだろう。


「……ここにいた期間は短い」


エルザが短く言った。


「根拠は」


「荷物が少ない。長期滞在の準備じゃない」


ユイは頷く。短期間ここにいて、消えた。何かを見て、書き残して、消えた。


「いったい何があったんですかね」


カイルが呟いた。返事をする者はいない。


セリスが、手帳をしまったユイの荷物の方をじっと見ている。何か言いたそうな顔をしていたが、口にしなかった。


セイラは水面を見ていた。表情は変わらない。


ユイは立ち上がり、来た方向を向く。


4箇所目だ、という事実が頭の中でじわりと広がる。岩場、深森、山岳、そして今日の湿原。行く先々で、誰かがいなくなっている。方向が一致している。偶然と呼ぶには、重なりすぎている。


だが今は言わない。


根拠のない話はしたくない。装備が整っていない段階で全員を動かすことはできない。今日の目的は素材の確保だ。


「ギルドへ届ける。それだけだ。素材の回収を続けるぞ」


全員が頷く。


歩き始めながら、ユイは一度だけ葦の茂みを振り返った。


4箇所目という事実が、胸の中でじわりと広がる。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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