第114話 マッドゴーレム、初遭遇
水面の揺れが、止まらない。
波紋が同心円を描き、葦の根元まで広がっていく。風はない。水草も揺れていない。揺れているのは、何かが底から押し上げているような、内側からの動きだった。
「全員、止まれ」
声を落として告げる。全員が即座に足を止めた。
霧の向こう、水面の中心が盛り上がる。
泥が、持ち上がった。
最初は小さく見えた。だが立ち上がるにつれて、その輪郭が大きくなっていく。高さが2メートルを超え、さらに膨れ、3メートルに達する。泥と腐草が固まった巨体。表面から水が滴り落ち、重い音を立てて地面に落ちる。
目も口もない。だが、こちらを向いているという圧だけがある。
マッドゴーレム。
「カイル、前へ」
「任せてください!」
カイルが盾を構えて前に出る。
ゴーレムが一歩踏み出した。
着地の衝撃で泥が飛び散る。半径2メートルに泥の塊が降り注ぎ、足元がさらに悪化する。ユイの左腕に塊が当たり、黒銀鎧に泥が張りついた。
速い。
ストーンゴーレムより、確実に速い。動きが不規則だ。右に寄ったかと思うと、次の瞬間には左から迫る。重心の読み方がまったく違う。
ゴーレムの腕が振り下ろされる。
カイルが盾で受けた。
衝撃はあった。だが想定と違う。ゴーレムの体が一部崩れて広がり、衝撃が分散する。盾が泥を弾くのではなく、泥の中に沈み込む形になった。
「効かない!」
「退がれ、受け方が違う」
カイルが素早く下がる。
「物理で固める前に、水分を抜くか固めるかだ。泥の特性が岩と違う」
ユイは判断を口にしながら周囲を見る。足元が悪い。立ち位置を選びながら動くだけで消耗する。
「セリス、リリア、水を操れるか」
「やってみます!」
セリスが水晶の杖を構える。リリアも長杖を向ける。2人が水流を起こそうとするが、泥の密度が高く、水と土が分離しない。表面の水だけが動き、ゴーレム本体に届かない。
「密度が高すぎます……水が引けません」
「分かった。セイラ」
「……やる」
セイラが前に出て、氷の杖を持ち上げる。
白い霧が先端に集まり、次の瞬間、ゴーレムの表面に氷が走った。泥が一瞬で凍りつき、動きが止まる。
「今だ、全員で打撃を集中させろ」
全員が一斉に動く。カイルが盾の縁で側面を叩き、ハンスのハンマーが正面から当たる。ユイが柄頭で関節らしき部位を打つ。
重い音が響く。
だが崩れない。
凍結が、溶ける。
10秒も保たない。泥が水分を持っているため、氷が解けるのが早い。再び動き出したゴーレムが腕を薙ぎ払う。アイリスが間一髪で飛び退き、エルザが影に溶けるように後退する。
「凍結から打撃を繰り返す」
ユイが判断する。それしかない。
2回目の凍結。
3回目。
セイラの形成が遅くなる。魔力の消耗が明らかだ。リリアが回復魔法を向けるが、根本的な解決にはならない。全員の消耗が積み上がっていく。
泥は、こちらの足も奪う。
「撤退する」
短く告げる。
「ここで無理に押すより、戦術を変える。一度距離を取る」
カイルが口を開きかけ、閉じる。ゴーレムを見て、頷いた。
全員が後退する。
ゴーレムは追ってこない。水辺の範囲から出ると、動きを止めた。縄張りを持つ個体だ。
霧の薄い場所まで下がり、全員が足を止める。
ユイは息を整えながら考える。
前世でどう倒したか。記憶の中の湿原戦は、今日のこれと形が違う。
「作戦を立て直す。話せる状態か」
全員が頷く。誰も怪我はない。ただ消耗と、泥の重さだけが残っていた。
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