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エターナル・リアルム 〜20年後の知識でやり直したら、世界が想定外に歪み始めた〜  作者: たくわん。
第14章 山と、消えた痕跡

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113/120

第113話 泥の道

街道を外れた直後、足元の感触が変わった。


石畳の硬さが消え、草を踏む柔らかさに変わり、やがてじわりと地面が沈む。一歩踏み出すたびに靴底が土に吸い込まれる感覚がある。


ユイは歩きながら、出発前にゴードンが言った言葉を反芻していた。


「湿原は足を取られる。泥に膝まで沈んだら、それだけで消耗する」


山岳より近い。移動の負担は少ない。だが、フィールドの性質はこれまでとまったく違う。


葦の群れが視界の先に広がり、薄い霧が帯のように地面を這っていた。空気が重い。湿気が肌に張りつき、呼吸の中に水の匂いが混じる。


「あ、沈んだ」


セリスが短く言い、その場に立ち止まる。右足が足首まで泥に埋まっていた。


「こっちに」


カイルが素早く手を差し伸べる。セリスが引き抜かれると、ぼこりという音とともに泥が戻る。水色の軽装鎧の裾がすでに茶色く汚れていた。


「ありがとうございます。なんか、歩くたびに吸われる感じですね……」


「気を抜くな。止まると余計に沈む」


ユイが言い、また歩き出す。


後方で、ずん、と重い音がした。振り返ると、ハンスが踝まで泥に埋まっていた。巨体がそのまま進もうとすると、さらに沈む。少し間を置いてから、ゆっくりと足を引き抜いた。音も表情も変えない。そのまま歩き続ける。


「……あれが一番消耗しそう」


アイリスが小声で言いながら、先行偵察に移った。


軽装のアイリスは地面の沈みが少ない。素早く葦の茂みを抜け、霧の中へ消えていく。しばらくして戻ってきた。


「前方50メートル先、視界がほぼ効かない。霧が濃くて、葦が死角をたくさん作ってる。気配は今のところなし」


「分かった。左側を意識して進む」


霧が濃い、とアイリスは言った。


ユイは周囲に目を向けながら歩く。前世の記憶では、この湿原の霧はもう少し薄かった。朝の時間帯というだけではない。密度が違う。今日の天気のせいか、それとも別の理由か。判断する材料がまだない。


「……水辺は苦手だ」


エルザが短く言った。


「え、なんで?」


アイリスが振り返る。


エルザは答えない。前を向いたまま、一定のペースで歩き続ける。赤い瞳が霧の先を静かに読んでいた。


アイリスは少し口を開きかけて、やめた。索敵に戻る。


「中央部まで、あとどれくらいですかしら」


リリアが地図を確認しながら歩く。


「30分ほど。ただしこのペースならもう少しかかる」


「足場が、思ったより変則的ですわ。柔らかい場所と硬い場所が交互にありますわ」


「踏む前に確認する習慣をつけろ。見た目で判断できない」


「……なるほど。山岳とは全然違う難しさですね」


歩くたびに体力を使う。単純な距離の問題ではなく、一歩一歩の負荷が蓄積していく。これが湿原の消耗だとユイは理解した。前世でもそうだった。ただ、今日は全員初めてこの地形を踏む。経験値がない分、消耗の速さが読めない。


葦の茂みを抜けると、視界が少し開けた。


水面が広がっている。水草が浮き、霧がその上を滑っていく。静かだった。音がない。鳥の声も、虫の声も聞こえない。


深森の夜にエルザが言った言葉を思い出す。静かすぎる、と。山岳でも鳥の声がなかった。今日も、聞こえない。


「進む」


ユイが短く言い、湿地の端を選んで歩き始める。


霧の向こうで、何かが動いた。


音ではなく、水面の揺れで気づいた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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