第112話 帰還と、ユイの地図
夜明けとともに起きた。
山の朝は早い。空が白む前から岩肌が輪郭を取り戻し、足元が見えるようになる。全員を起こし、残りの素材を確認した。昨日の3体分で魔石6個、硬岩4個。必要数にはまだ足りない。
ユイは一度、全員の状態を見渡した。
昨夜の休息で消耗はある程度戻っている。セリスの術式の揺れも落ち着いていた。セイラの氷槍の形成速度も、朝の冷気の中では安定している。
「もう1体倒せる状態か」
「……問題ない」
エルザが答える。
「やります」
カイルが即座に言う。
ハンスが無言で頷いた。
朝のうちにもう1体のゴーレムを処理した。昨日の3体で積み上げた連携が、そのまま機能する。誘導、氷槍、崩し、風刃斬。流れが一度も噛み合いを外さなかった。
討伐後、追加で魔石2個と硬岩2個を回収する。
合計で魔石8個、硬岩6個。ゴードンから指定された数を上回った。
「終わりだ。下りる」
全員が荷物をまとめる。
下山の道は登りより早い。足場の悪い箇所も、来た時より体が慣れている。アイリスが先行して安全なルートを確認し、エルザが後方の死角をカバーする。同じ動きが自然に出るようになっていた。
山道を抜け、街道に入ると気温が上がる。肩から力が抜ける感覚がある。
「やっぱり平地はいいね」
アイリスが言う。
「……そうだ」
ハンスが短く続ける。
帰路の会話は軽かった。
「次は湿原のマッドゴーレムですね」
カイルが言う。
「足場の問題がありますわ。湿地での戦闘は岩場より変数が多いですわ」
リリアが返す。
「泥って斬撃、効くのかな」
セリスが首を傾げる。
「それはゴードンかギルドで確認ですね」
カイルが笑う。
「あ、そういえば」
アイリスが思い出したように言った。
歩きながら、少し遠くを見る目をしている。雑談に混ぜるような口調だったが、その内容は軽くない。
「山でも失踪した人がいるって話、ギルドで聞いたかも。前に深森でも聞いたし」
少し間を置く。
「岩場、深森、山岳。俺たちが回った場所、3箇所全部で失踪者が出てるんだよね。偶然かな」
誰もすぐには答えなかった。
カイルが「そう言われると……」と呟くが、続きは出ない。リリアは静かに前を向いたままだ。
ユイは先頭を歩きながら、何も言わなかった。
頭の中で地図を広げる。
岩場。深森。山岳。
3点を静かに結ぶ。
前世の記憶の中にはない失踪情報。前世より多いモンスターの密度。深森で聞こえなかった獣の声。山岳で聞こえなかった鳥の声。そして、あの夜に聞いた低い音。
3点を繋ぐ線の先に、地図の空白がある。
偶然ではない。
だが証拠がない。証拠のない話を持ち出しても、今は動けない。根拠なく不安を広げることは避けたかった。
拠点に着いたのは夕方だった。
ゴードンの作業台に魔石と硬岩を並べる。ゴードンが1つずつ手に取り、質を確認する。
「質は悪くない。山岳のゴーレムにしては、よく取れた方だ」
「次は湿原だ」
「マッドゴーレムか。足場に気をつけろ。泥に足を取られると、動きが半分になる」
「わかった」
素材を棚に収めながら、ゴードンが言う。
「体は大丈夫か」
「問題ない」
短く答え、拠点に戻る。
夕食を終え、全員が各自の部屋へ引き上げた。
ユイは一人になってから、机の上に地図を広げた。
岩場に指を置く。深森に指を置く。山岳に指を置く。
3点を、ゆっくりとなぞる。
それぞれの地点に、小さく印をつけた。
インクが紙に滲む。
「あのキャンプ跡の依頼書。北側に——」
声には出さず、頭の中で繰り返す。
3点から延ばした線の先へ視線を向ける。
地図の上の空白。
前世の記憶にも刻まれていない場所。
だが、3本の線はそこへ向かっている。
今は動かない。
素材収集を完遂することが先だ。湿原、そしてその先。装備が整っていない段階で、あの空白地点へ踏み込むことはできない。
ユイは地図を折り畳んだ。
折り目が、3つの印の上を通った。
第14章 完
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