第106話 ストーンゴーレム、初遭遇
山岳の中腹に入ると、景色が変わった。
木々が減り、剥き出しの岩肌が増える。足場はさらに不安定になり、大小の岩が重なり合った地形が続く。風が強く、吐く息が白い。セイラの周囲だけ、空気がわずかに冷えていた。
「ゴーレムの目撃情報はこの辺りからですわ」
リリアが地図を畳みながら言う。ここから先は、立ち止まって広げる余裕も少ない。
「索敵を上げろ。音に気をつけろ」
ユイは声を落とした。岩場では音が反響する。方向が掴みにくい。
前世でもこのエリアでストーンゴーレムと対峙したことがある。重い動作、鈍い速度、だが一撃の重さは別次元だった。あの時は単独。今は8人いる。それが決定的な違いだ。
アイリスが先行し、岩陰を確認していく。エルザが反対側の死角を自然に埋める。二人の動きが噛み合っていた。
「……静かすぎる」
エルザが足を止めた。
次の瞬間、地面が低く揺れた。
岩が動いた。
いや、岩ではない。岩の形をしたものが、ゆっくりと立ち上がる。高さ4メートル近い巨体。灰色の岩で構成された全身。関節部分だけがわずかに色味が違う。腕は長く、足が踏み出されるたび岩盤が沈む。
ストーンゴーレムだった。
「でかい」
アイリスが漏らす。
「カイル、前。ハンスと並べ」
「はいっ!」
カイルが大盾を構えて前に出る。ハンスがその隣に立つ。二人で横に並べば壁になる。
ゴーレムの動作は遅い。だが、一歩踏み出した瞬間、重量が空気を押し潰す。小石が弾け、地面が震える。
「来る!」
ゴーレムの腕が横薙ぎに振られた。速くはない。しかし、腕一本の質量が常識を外れている。
カイルが盾で受けた。
「っ——」
衝撃が全身を貫き、足が岩盤を滑る。膝が折れかけた。
「押さえる」
ハンスが即座に背後から支える。二人で受け止めても、体が後退する。
「刃が通らない!」
エルザの短剣が外皮を叩く。硬い音だけが響き、傷は入らない。衝撃が手首に返る。
「ハンス、ハンマーで叩け」
ユイが指示する。
ハンスが大型ハンマーを振り上げ、側面へ叩きつけた。
鈍い音が山に響く。
だが、砕けない。
岩を叩いた音と変わらない。ゴーレムはゆっくりと首を回し、ハンスを見下ろす。
前世の個体より、硬い。
その感覚が、はっきりと残る。
「関節を狙え。胴体は無理だ」
ユイが指示を飛ばす。関節が弱点なのは変わらない。ただし位置が高い。
エルザが岩の段差を踏み台に跳ぶ。肩口の関節へ刃を伸ばすが、半歩届かない。
「セイラ」
「……了解」
氷槍が形成され、左肘の関節へ放たれる。
命中。
接合部に小さな亀裂が走った。
確かな手応え。
「効く。続けろ」
だが、セイラの呼吸が乱れている。連射は難しい。
ゴーレムの腕が再び振り上がる。今度はユイの位置へ。
横に跳ぶ。風圧が頬を叩く。
風刃斬なら届く可能性はある。だが、この角度では無理だ。
「一回引く」
ユイは即断した。
「距離を取れ。追わせるな」
全員が段差を利用して後退する。ゴーレムは遅い。追いつけない。
十分な距離を確保したところで足を止める。
セリスが即座に状態を確認する。カイルは腕に打撲。エルザは手首に軽い痺れ。他は大きな損傷なし。
「引き分け、ですね」
カイルが息を整えながら言う。
「初見で落とせる相手じゃない」
ユイは短く返す。想定内だ。
だが、別の事実が静かに刻まれる。
前世で戦った個体より、岩質が明らかに硬い。
変わっている。
理由はまだ見えない。
「作戦を立て直す」
ユイは全員を見渡した。
戦いは、ここからだ。
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