第104話 帰還と次の準備
王都ティリアスの東門をくぐると、石畳の感触が足に戻った。
岩場の固い土、深森の湿った地面。2日間踏み続けた感触とは違う重さだ。食堂の煙、荷馬車の軋む音、遠くの鍛冶場の響き。街の匂いがする。
「戻ってきましたね」
セリスが小さく言った。張り詰めていた空気が、わずかに緩む。
「ゴードンのところへ寄る」
ユイが短く告げ、荷物を背負ったまま鋼鉄の爪亭へ向かった。
扉を押すと、炉の熱と金属の匂いが流れ出る。カウンターの奥で作業していたゴードンが顔を上げた。
「帰ったか」
ユイは布袋をカウンターに置く。
「硬鱗9枚、魔核4つ、鋭牙7本、魔獣皮4枚だ」
ゴードンは無言で一つずつ手に取り、確かめる。硬鱗を光にかざし、断面を見る。魔核を掌で転がし、重みを量る。鋭牙の刃先を指でなぞり、魔獣皮の張りを確かめる。
しばらくして、口の端がわずかに上がった。
「思ったより悪くない」
「ありがとうございます!」
カイルがぱっと顔を明るくする。
「褒めてない。評価だ」
淡々とした声だが、否定でもない。素材を丁寧に並べ直しながら、ゴードンは続ける。
「次は何を狙う」
「魔石と硬岩だ」
「ストーンゴーレムか」
「ああ。山岳に入る」
ゴードンは腕を組む。
「推奨レベルは25だ。今のお前らには高い」
「分かってる。急がない」
「そうしろ。無理をして戻ってこなくなるのは御免だ」
ぶっきらぼうな言い方だったが、意味は伝わる。ユイは小さく頷いた。
店を出ると、夕方の光が石畳を赤く染めていた。
拠点に戻り、広間のテーブルを囲む。荷物を下ろすと、疲労がどっと押し寄せた。だが、今は整理が先だ。
「成果を確認する」
ユイの声に、リリアが紙を広げる。
「硬鱗、魔核、鋭牙、魔獣皮。4種確保ですわ。後半は連携が安定しましたが、アーマーリザード戦の初動は遅れました。改善の余地があります」
「俺、最初に弾かれた時に焦りました。次は落ち着きます!」
カイルが拳を握る。
「……消耗が大きい」
エルザが短く言う。
「……継戦時間を考えるべきだ」
ハンスが続けた。
「次は山岳だ。ただし急がない」
ユイは全員を見渡す。
「ギルドで情報を集める。装備を整える。今日は休め」
「了解です!」
「承知しましたわ」
「はーい」
「……休む」
それぞれが立ち上がり、廊下へ消えていく。足音が遠ざかり、やがて静まった。
一人になる。
ユイは机の上の地図を広げた。王都ティリアスを中心に、岩場、深森、山岳、湿原が描かれている。
指を岩場の位置に置く。
あの場所。奥の方に、確かに違和感があった。
深森でも同じだ。視界の端、気配の流れが不自然に途切れていた方向。夜明け前、一瞬だけ見えた青白い光。
指をゆっくりと動かす。
岩場と深森、その延長線上。街道から外れた地点に、地図上では何も記されていない空白がある。
気配の方向。光の位置。臭いの違い。
三つが重なる。
空白の先に、何かがある。
指が止まる。
今は動かない。
素材を揃える。装備を整える。山岳を越える。それが先だ。
だが、何かが動いている。
地図を畳み、引き出しにしまう。
窓の外は夕暮れだ。赤い光が石畳を染め、街の喧騒が少しずつ落ちていく。
廊下の向こうから、セリスの明るい声が聞こえた。夕食の支度を始めたらしい。カイルが手伝うと言って、慌てて止められている。
ユイは小さく息を吐き、立ち上がる。
今は日常を守る。
その先にあるものは、まだ触れない。
第13章 完
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