第103話 帰路、静かな違和感
夜明けとともに全員が動き始めた。
焚き火の残り火を消し、野営の痕跡を最小限に片付ける。踏み荒らした地面を均し、灰を埋める。痕跡を残さないのは基本だ。
セリスが順に水の癒しを施す。筋肉の張りを和らげ、関節の違和感を軽減する。1人ずつしか行えないため、全員に行き渡るまで時間がかかる。
朝の森は、昨夜とは別の顔をしていた。
鳥の声がある。枝を渡る小動物の気配。虫の羽音。光が葉の隙間から差し込み、地面にまだらな影を落とす。
昨夜の静寂が嘘のようだった。
そのことが、かえって引っかかる。
「装備確認。出発する」
短い声で全員が動く。隊列を組み、深森を抜け始める。
歩きながら、ユイは昨夜光った方向を一度だけ見る。
何もない。
ただ木々が並んでいるだけだ。
「昨夜より明るいね」
アイリスが軽く言う。
「そうですわね。夜と朝では別の場所のようですわ」
リリアが答える。
「……昨夜の静けさは、まだ気になる」
エルザの声は低い。
「……同じだ」
ハンスが短く続けた。
誰も否定しない。
森を抜け、草地へ出る。
視界が開ける。朝の光が広がり、風が通る。肩に入っていた力がわずかに抜ける。
「硬鱗と魔核、鋭牙と魔獣皮。第1フェーズは終わりましたね!」
カイルの声が少し明るい。
「ああ。想定より時間はかかったが、全員無事だ」
「次はストーンゴーレムですか」
「急がない。一度拠点に戻って整理してから判断する」
「了解です!」
街道へ向かう足取りは、昨夜より軽い。
戦闘を終えた後の緩みが、会話を増やす。
カイルがリリアと昨日の連携を振り返る。セリスがアイリスに食事の話を振る。ハンスは無言だが、歩幅は安定している。セイラは変わらず静かに歩く。エルザは会話に入らず、左右を見ている。
ユイは全体を見ながら歩く。
整理する。
アーマーリザードの鱗は想定より固かった。
ダイアウルフは7体。資料では5体が標準。
深森の夜は静かすぎた。
光が一瞬走った。
一つ一つは小さい。
だが、重なる。
街道が見え始めた頃、アイリスが何気なく口を開いた。
「そういえば、王都でも変な噂があったんだよね」
軽い口調だ。
「変な噂?」
「冒険者が何人か、消えてるらしい。ギルドでは依頼失踪扱いだけど」
空気がわずかに変わる。
「依頼失踪扱い、というのは」
リリアが問う。
「依頼中に戻らないやつをそう処理するんだけど、普通は痕跡が残る。今回はそれがないらしい」
「……場所は」
エルザが低く聞く。
「北の森と、あとどこかの街道。詳しくは公開してないみたい」
それだけ言って、アイリスは前を向く。
ユイは表情を変えない。
ただ、歩幅を崩さないまま、情報を置く。
冒険者の失踪。
痕跡なし。
依頼失踪扱い。
「失踪って、魔物に……?」
カイルが小さく言う。
「分からない。痕跡がないなら、魔物とは限らない」
アイリスが肩をすくめる。
会話が少し沈む。
「今は報告だけでいい。判断は拠点に戻ってからにする」
ユイが静かに言った。
全員が頷く。
遠くに王都の外壁が見え始めていた。
朝の光の中、街は何事もない顔をしている。
だが、足元の違和感は消えない。
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