第102話 静寂
素材の回収が終わったとき、全員の体に疲労が重く残っていた。
鋭牙7本、魔獣皮4枚。数としては問題ない。だが腕や足に力が入りにくい。岩場からの移動、連続戦闘。その蓄積が、今になって表に出ている。
森の空気は湿っている。呼吸は落ち着いているが、緊張が抜けきらない。
「今夜は森の中で野営する」
ユイが告げた。
カイルが顔を上げる。
「出られませんか?」
「出られる。ただし、この状態で夜の街道を歩くのは無駄にリスクが高い。休んでから動く」
数秒の間。
「……了解です」
全員が頷いた。
少し開けた場所を選ぶ。大きな木が風を遮り、地面は比較的平らだ。落ち葉を払い、焚き火を起こす。
小さな炎が生まれ、やがて安定する。
光の輪が広がり、全員の顔を浮かび上がらせた。影が背後へ伸びる。
「怪我の処置を済ませる。順番に」
リリアとセリスが動く。
カイルの右腕。アイリスの左腕。セリスの足首。癒しの光と水の癒しが順に当てられる。1人ずつしか対処できないため、時間がかかる。
その間、エルザが無言で薪を整えた。炎の高さを一定に保つ。
ハンスは少し離れた位置で立ち、周囲を見続けている。背中が森へ向いている。
処置が落ち着き、全員が焚き火を囲んで腰を下ろした。
「お腹すきましたね」
セリスが干し肉と硬いパンを取り出す。戦闘糧食だ。味は淡白だが、温かい炎の前では悪くない。
咀嚼する音が、静かな夜に小さく響く。
「次の目標はストーンゴーレムですわよね」
リリアが言う。
「ああ。ただし推奨レベルは25。急がない」
「慎重にいくのが正解ですね!」
カイルが応じる。
今日の戦闘について短く振り返る。タイミング、足場、包囲の崩し方。口調は穏やかだが、内容は具体的だ。
ユイは聞きながら、干し肉を噛む。
焚き火の炎が揺れ、木々の影が動く。
しばらくして。
「……この森、静かすぎる」
エルザが呟いた。
会話が止まる。
誰もすぐに否定しない。
耳を澄ます。
焚き火の爆ぜる音。風が葉を擦る音。
それだけだ。
深森には夜行性の小動物がいる。枝を渡る音。草を踏む気配。虫の声。
今夜は、それがない。
「言われてみれば……」
アイリスが周囲を見渡す。視線が定まらない。
「こんなものですの?」
リリアが問いかける。
「……違う」
エルザは短く言った。
「以前、この種の森に入ったことがある。夜は鳴き声が絶えなかった」
「深森の夜行性の生き物は、一定の騒がしさがありますわ」
リリアが補足する。
静寂が、焚き火の外側に広がっている。
ユイは炎を見つめた。
森の夜は、本来はもっと動いている。
今は、止まっている。
何かがいないのか。
それとも、何かが近いのか。
判断はつかない。
「警戒は緩めない。交代で見張りを立てる。まず私とハンス。次をカイルとエルザ」
「了解です」
「……承知した」
順に横になり、休む。
夜が深まる。
焚き火が小さくなる。風が止む。静寂が濃くなる。
ユイは立ったまま森を見ていた。
星が、木々の隙間に見える。
夜明け前。
森の奥の方向で、光が走った。
一瞬。
青白い。
すぐに消える。
距離がある。音はない。
焚き火の反射ではない。虫の発光でもない。
ユイは視線を固定する。
再び光ることはない。
だが、確かに見た。
何かが、動いた。
確証はない。
それでも、夜明けまで視線を外さなかった。
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