第101話 7体の群れ
唸り声が近づいた。
低く、重く、森の奥で重なっている。足音は聞こえない。だが、木の葉の揺れが変わった。左から右へ。弧を描くように動き、包囲を狭めてくる。
「左側面に回り込もうとしている」
アイリスが低く言った。視線は止まらない。呼吸も乱れていない。
「2体、右奥にも」
「7体だ」
ユイが静かに告げる。
カイルがわずかに振り返る。
「7体ですか」
「多い。ただし推奨レベルは10。崩れなければ対処できる」
言葉は短い。だが、その場の空気が引き締まる。
森は視界が狭い。木々が音を吸い、影が死角を作る。群れはそれを使う。
全員が無意識に呼吸を整えた。
「カイル、前に出て引きつけろ。ハンスは左側を固めてくれ。アイリスとエルザは右側面を警戒。セリスは足場を確認しながら後退。セイラとリリアは後衛を維持。撃つ前に声をかけてくれ」
声は低く、速い。
「了解です!」
「……承知した」
「了解だよ」
「……そうね」
返答が重なった瞬間、草を踏む音が一斉に増えた。
正面の茂みが揺れ、1体目が姿を見せる。
ダイアウルフ。
体高は1メートルを超える。青灰色の毛並みが薄暗い森で淡く光り、黄色の瞳がこちらを射抜く。牙が覗き、唾液が落ちた。
続いて2体目、3体目が左右の茂みから現れる。
間合いを測っている。
カイルが踏み込んだ。
「こっちだ!」
大声で注意を引く。1体目が反応し、低く身構える。
同時に2体目が左へ回り込もうとした。
ハンスが進路に入る。
巨体が前に出るだけで道が塞がる。石の壁のようだった。ウルフが一瞬足を止める。無理に突っ込まず、角度を探す。
「セリス、足元」
「はいっ!」
セリスが杖を向け、水弾を地面に放つ。泥が締まり、踏み込みが安定する。森は根と湿土が絡み、力が逃げやすい。
右側面から4体目が速く動いた。
アイリスが後退しながらナイフを2本投げる。1本が肩に刺さり、速度が落ちる。もう1本は外れたが、軌道をずらすには十分だった。
「エルザ」
「……行く」
影が濃い。
木々に遮られた森の中では、影潜みが機能する。
エルザの姿が一瞬、揺らいだ。
次の瞬間、4体目の側面にいる。短剣が首筋へ入る。深くはない。だが確実に怯ませた。
「ハンス、今だ」
「……そうだ」
重撃が振り下ろされる。
左側面の2体目が正面から叩かれ、木の幹へ吹き飛ぶ。重い音が響き、幹が震え、落ち葉が舞った。
1体撃破。
しかし、止まらない。
5体目と6体目が同時に後衛へ向きを変える。
包囲を完成させる動き。
「リリア、後退してくれ」
「わかりましたわ」
リリアがセリスとともに下がる。
その瞬間。
セイラが前へ出た。
空気が、わずかに冷える。
「……下がれ」
短い一言で、全員が半歩退いた。
「凍結」
氷が地を走り、5体目の前脚を包む。範囲は狭い。だが確実に止める。
群れの動きが一瞬、乱れた。
ユイが動く。
凍結で止まった個体の横へ回る。木の根を越え、踏み込む。
足元がわずかに沈んだ。
ほんの一瞬。
それでも止まらない。
風刃斬。
直線3メートル。
関節部へ。
刃が入る。
5体目が崩れ落ちる。
6体目がリリアへ向かおうとした瞬間、背後から短剣が入る。
エルザだ。
毒は使っていない。だが急所を外さない。
6体目が沈む。
残り3体。
カイルが1体を引きつけ続けている。盾に牙が当たり、火花が散る。
7体目がハンスの前に現れた。
ハンスは動じない。
重撃を構え、突進を待つ。
間合いに入った瞬間、叩く。
「……落ちろ」
低い声とともに、7体目が地に沈んだ。
最後の2体。
群れの統率が崩れている。
カイルが位置をずらし、正面へ誘導する。
ユイが角度を取る。
風刃斬。
1体。
続けて、もう1体。
血の匂いが森に広がる。
静寂が戻った。
7体、全滅。
誰もすぐには動かない。
荒い呼吸だけが、重なる。
カイルが膝に手をつきながら顔を上げた。額に汗が光っている。
「少しだけ、合ってきた気がします」
笑みがある。
「……そうだな」
ユイは短く頷いた。
確かに噛み合った場面があった。ハンスの間合い。エルザの影の入り。セイラの凍結。
岩場よりも迷いは少ない。
だが、自分の踏み込みが一瞬乱れた。
その感触は、消えない。
「回復を先に。素材は後だ」
「はいっ」
セリスがリリアと動き始める。
ユイは立ったまま、森の奥を見た。
唸り声は消えている。
だが奥は暗い。
7体。
資料では5体が標準だった。
その差が、静かに残る。
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