ep.32 波乱の兆候
王女が色物好き。
加えて先程のルクシアの発言が繋がった時、俺は1つの考えに行き着いた。
「ルクシア!お前身売りを!?」
「ち、違います!
あくまで私を仲介役にすれば、ユノヴィア王女殿下の気が引けると思って…」
ルクシアは焦ったように手をパタパタとさせて答える。
その仕草だけで、俺の発言が誤解だったと確信させるには十分だった。
「なんだ…そういう事か…」
「だが、嬢ちゃんのやった事がかなり危険であることに変わりはねぇ。
高すぎる価値は、価値が無いものと同じだ。
取引するより、奪えばいい。なんて考えるのが人間だからな。
俺はやろうと思えば坊主諸共売っぱらっちまう事だってできるからな」
ライアスの言葉は鋭く、そして重かった。
しかし、ルクシアはそれを聞いてもなお、笑顔を絶やさずライアスに言葉を吐いた。
「ライアス様には難しいのではないかと」
「………これで11だってんだから、末恐ろしい娘だよ」
その後、すぐに店が混雑しだしたことをきっかけに俺とライアス、そしてルクシアまでも業務に追われ、帰る頃には既に日が暮れていた。
そんな怒涛の1日を乗り切った帰路。
本来なら無数の露店が立ち並ぶ街の大通りだが、この時間になってしまうとさすがに閑散とした様子である。
帰り支度を始める人々を尻目に、俺とルクシアは孤児院に向かって歩いていた。
「ルクシアごめんね。
いきなり仕事任せたりして…」
「全然です。
私は本当にちょっとだけ手伝った程度で、ほとんどライアス様とお父様がやってくださいましたから」
「いやいや、そのちょっとでどれだけ救われることか…
家のこともそうだけど、ルクシアは本当に頼りになるよ」
深々とフードを被っているため表情こそ伺えないものの、返事が返ってこないところを見るにきっと顔を真っ赤にしていることだろう。
可愛らしい1面もあるものだ。
ふと道端で帰り支度をする露店を見ると、煌びやかな貴金属の装飾品が売られている。
そのうちの1つにどうにも心惹かれるものがあったのだ。
「おじさん。
店を閉めてるところ悪いんだけど、このアクセサリー貰えない?」
「……銀貨1枚だ」
懐から硬貨を差し出すと、店主は奪い取るように受け取り、さっさと店仕舞いを再開してしまった。
……こりゃ、少しぼられたかな…?
「…何を買ったんですか?」
俺のすぐ後ろからルクシアが疑問の声を投げかける。
俺はゆっくりと振り返ると、ルクシアに向けてこう答えた。
「はいこれ。
今日頑張ってくれたのと、いつもありがとうの気持ちを込めたプレゼント。
リベリアには木刀、アスペルには…まぁプレゼントかどうか怪しいけど薬をあげたから、ルクシアにも何かあげたいと思ってたんだ」
俺は購入したそのアクセサリーをルクシアに手渡した。
ルクシアの手に握られたそれは、翡翠色に輝く金属の耳飾り。
百合の花のような装飾が施されており、耳にはめて使うもののようだ。
「これは…耳飾り…?
………皮肉のつもりですか?」
「あ、ごめん!!!
違うんだ!その…一目惚れというか…
このアクセサリーを見た瞬間、ルクシアに似合いそうだなって思って…それで…」
勢い任せに謝罪する俺を見て、ルクシアは満足そうに小さく頷いた。
「…そういうことなら…
いつの日か。
この耳飾りを付けて、デートさせてくださいね!
そしたら、許してあげましょう」
俺は彼女の顔を一瞥すると、吸い込まれるように見入ってしまった。
フードの隙間から見える彼女の笑顔は、まるで"夜空に浮かぶ星"のように美しく輝いて見えたのだ。
「…冗談ですよ!
何惚けた顔をしているんですか?見とれちゃいました?」
「…あ、いや、ごめん!
なんだか、家族っていいなって思ってさ」
「ふーん。
まぁ、ミリアちゃんに免じて今日のところはそういうことにしておきましょう!」
「だから違うってば!」
スタスタと前を歩き始めるルクシアを呼び止めるように叫びながら、俺もルクシアの隣へと走る。
そして、穏やかな帰路に戻ると、俺は小さく呟いた。
「…なぁルクシア。
いつの日か。お前が陽の光を浴びられる世界になったら。
その時はまた一緒に歩いてくれよ」
「………はい」
その後、俺たちはただ無言で歩き続けた。
しかし、不思議と足取りは軽かった。
「…!
止まってください」
ようやく孤児院が見えてきた頃、ルクシアは突然俺の手をガシッと掴み取った。
「ど、どうしっ!」
「静かに…!
………孤児院の方から血の匂いがします」
血の匂い。
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で嫌な予感が脳裏をよぎる。
高すぎる価値は、価値が無いものと同じ。
取引するより、奪えばいい。
つい数刻前にライアスから告げられた言葉が脳内を反響し続ける。
胸が激しくざわつき、頭から血が抜け落ちるような感覚に襲われた。
「ミリア――!!!」
「あっ!ちょっと…!」
走り出した俺を制止するように後ろから声がかけられたが、今はそんな言葉に耳を貸せるほど冷静ではいられなかった。
頭に浮かぶのは、血に濡れたミリアやリベリア、アスペルの姿。
どうしていつもこうなのだ。
俺が何をしたというのか。
頼むから、無事でいてくれ。
そんな考えが頭の中で渦をまく。
体に正面からぶつかる風がやたらと重く感じ、それにまた苛立ちを感じた。
「くそがっ!!!」
足がもつれそうになるのを必死に動かし、ようやく孤児院にたどり着く。
そして――
嫌な予感は現実になっていた。
眼前には無理やりこじ開けられたのだろう、へし折られた木の扉。
そして、誰のものともわからない無数の血痕。
ここで何が起きたのか。
語るまでもないほどの"現実"がそこにあった。
「なん…で…」
疾走の疲労感なのか。
それとも別の要因なのか。
気がつくと俺は膝から崩れ落ちるようにして、ただ呆然とその光景を眺めていた。
遅れて到着したルクシアが一瞬だけ小さく悲鳴を上げた。
しかし、すぐに落ち着いた声で俺に向かって口を開いた。
「すぐに室内を確認しましょう。
まだ…間に合うかもしれません」
「間に合う…?間に合うって…なんだ…?」
「お父様。
落ち着いて、現実を直視してください。
今できる、最善を尽くすんです」
ルクシアの普段と同じ様子が。
やけに耳に届くその声色が。
ただひたすらに腹立たしくて、それをかき消すように大声で叫ぶ。
「ルクシアァ!!!
何をわけのわからないことを言っているんだ!!!
俺は正常だろォ!?!?!?」
「………お父様がダメなら。私一人でも…!」
「……カエルム。
いつまでも子どもでは居られないんだ。
少しは冷静になりなさい」
壊れた扉の向こうから、聞きなれた男性の声が聞こえる。
反射的に顔を向けると、そこにはこの場に居るはずのない人物が居た。
「……父上…?いったい…なぜ…?」
エドリック・フォン・ラシエル伯爵。
俺の父だった。




