ep.32 面接の問い
昼下がり。
店内は少しだけ落ち着きを取り戻していた。
俺はこの後の自分が楽をするため、裏で在庫確認をしていた。
開店直後の慌ただしさで、今朝の衝撃発言がようやく頭から抜けてきたところだったというのに、俺にさらなる悲劇が舞い込んできたのだった。
「すみませーん。
カエルムお父様いらっしゃいますか〜?」
非常に聞き馴染みのある、よく透き通った声が店内に響く。
いや、きっと聞き間違いに違いない。
第一、彼女は人前に出たがらないはずだし…
うん。きっと大丈……
「おーい!坊主!…いや、カエルムお父様さんよぉ〜?
可愛い娘が呼んでんぞ〜?」
………やはり聞き間違いではなかったのか…。
俺は声の主――ルクシアの元に駆けつけると、そこには無邪気な笑みを浮かべて胸の前で小さく手を振るルクシアと、笑いを堪えきれないとばかりに顔を歪ませるライアスが居た。
別にライアスが悪い訳では無いのだが、何となく腹が立った俺は一瞬だけライアスを睨み、それからルクシアに向い直して口を開いた。
「どうしたんだ?
というか、1人か?その…ほら…人見知りだよね?」
ある程度、落ち着いたとはいえ店内にはまだ人は居る。
言葉を選びながら言葉を続けた。
「……それと、人前でその呼び方はできればやめて欲しいんだけど…」
「まぁまぁ、待て待て。
とりあえず奥の応接室を貸してやるから、そこでゆっくり話でもしてきたらどうだ?カエルムお父様」
「………っ!」
「本日はお父様にも用があったのですが、本当の要件はライアス様なのです。
おふたりのお時間が開けられるなら、出来ればおふたりに同席願いたいのですが…」
「あぁ、そういうことなら構わねぇよ。
俺が居なくてもこの時間なら商会員だけで回せるだろ。
引き継ぎだけしてくっから、先に応接室に通しておいてくれよ。カエルムお父様!」
これはしばらくいじられ続ける。
そう確信しながら、鉛のように重くなった足を動かしてルクシアを案内した。
応接室の扉を開くと、ルクシアは一目散に部屋の中へと駆け込んでいく。
こういうところは年相応ということだろうか。
今まで我慢していた分の反動とも言えるかもしれないが。
「ここがお父様とミリアちゃんがお勉強していたお部屋なんですね!
話には聞いてましたけど、思っていたよりも普通です!」
「そりゃ応接室なんだから普通だろ…
というか、それで何しに来たんだ?」
「あっ!そうでした!
私、面接に来たんです!」
「面接?」
「はい!ここで働かせていただけるということなので!」
「そんなことしなくても、俺からライアスさんに言えば…」
俺の言葉を聞いた瞬間に少しムッとしたような表情を浮かべたルクシアは、遮るように口を開いた。
「それじゃダメです。
もし仮にお父様がいつの日か居なくなってしまった時、私たちは私たちの力だけで生きていかなきゃいけないんですよ?
私に出来ること。
私を雇用するメリットをアピールした上で、経験を積ませて頂かなくては!」
彼女の顔は、驚くほど"生き生き"としていた。
――あぁ、そうだ。
これが、本来の彼女なんだったな。
そう感じると、なぜだか彼女がどこか遠いところにいるように感じた。
長いようでいて、実際にはほんの一瞬だった。
ルクシアに向けた次の言葉を思案していると、応接室の扉がガチャりと開く。
振り返ると、ちょうどライアスが扉をくぐり応接室に入室するところだった。
「お〜?なんだ?邪魔したか?」
「いや、全然そんなことないですから!!!」
「ハッ!どうだかな」
ライアスは俺の言葉を笑い飛ばすと、応接室の1番奥の椅子にドカりと座り込む。
椅子の軋む音が聞こえるのとほぼ同時にルクシアが口を開いた。
「私がここで働くに相応しいかどうか面接をさせてください!」
言い終わる間もなく、ルクシアは勢いよく頭を下げる。
長く伸ばした髪が乱れ、耳が露出する事も気にせず。
ライアスはルクシアを一瞥すると大きく息を吐いてから言葉を告げた。
「…そういうことか。
なら俺からいくつか質問がある。
それが、俺の満足いく答えなら雇ってやる」
ルクシアはゆっくりと顔を上げる。
ふと見えた横顔は、僅かに強ばっているように感じた。
自分のことではないとしても、俺も息を飲んでしまう。
そんな緊張した空気が部屋を満たした頃、ライアスは改めて口を開いた。
「お前の親父。
つまりカエルムはお前や他の孤児のために金を湯水のように溶かして住む家を作った。
お前達の居場所だ。
それはお前たちにとってはかけがえのない恩だろう。
それに、どう報いる?」
言葉こそ違うが、この問いには聞き覚えがあった。
俺がこの場所にミリアを連れてきた時、彼女に対してライアスが告げた問いだ。
あの時はミリアに言い聞かせるように配慮してくれていたが、これは面接。
ライアスならば配慮などせずに徹底的に論破するだろう。
彼の苛烈さは、この場で俺がいちばんよくわかっている。
しかし、ルクシアはまるで答えを用意していたかのようにスラスラと答え始めた。
「決まっています。
一生、あの場所を守り続けます。あの家の長女として」
「バカかお前は。
そんな妄想を聞かせるためにここに来たのか?
そこまで愚かだとは思ってなかったな」
「私は馬鹿ですし、愚かです。
しかしだからこそ、学ぶ機会に貪欲でありたいと考えています」
その言葉を聞いた瞬間、ライアスはきゅっと顔を引き締める。
まるで獲物を見つけたかのように品定めするような鋭い目。
過去に幾度となく見てきた、ライアスの商人の目だ。
「それはお前の希望でしかないだろう。
俺がお前を雇用する事で得られるものはなんだ?
社会的地位の低い女。しかも迫害対象のハーフエルフ。
少し頭の回転は早いようだが、即戦力とまでは言いきれない。
はっきりいって、こちらは損しかしない」
「ライアスさん!さすがに言いすぎ……」
俺を静止したのは、意外にもルクシアだった。
俺の胸ほどまで伸ばされた腕は、頼りなくもはっきりと拒絶を示していた。
しかし、ルクシアの顔は未だにぶれることはなく、はっきりと目の前の大きな壁を睨みつけている。
――本当に。この世界の女性は強い。
俺は1歩下がると、ルクシアの言葉を待つことにした。
そんな一連の流れを、ライアスは面白いものを見るような目で眺めている。
久々に、やけに上機嫌な気がした。
「私を雇用するメリットは3点あります。
1つ目は将来性。
ライアス様がおっしゃった通り、今の私は馬鹿で愚かで戦力になりません。
しかし同時に、お父様の子どもたちの中ではこの手の分野に1番秀でた才能があると自負しています。
伸び代があるという見方をすれば検討の余地に値するかと」
ライアスは声にならない息を漏らすと、ゆっくりと腕を組み直す。
そして、続きを促すように顎を突き出した。
「…また、ハーフエルフは確かに迫害対象ではありますが、寿命という観点で見ればライアス様がご隠居されるまで働いたとしても衰えることなく余裕でお釣りが来るほどです。
長期的に雇用できる人材という意味でもこれは大きなメリットかと」
「それで、2つ目は?」
「はい。
2つ目はお父様との繋がりが、より強固なものになるということです。
お父様がライアス様を損切りする場合、同時に私も切らなければならないということになります。
当然、そんなことにはならないと思ってはおりますが、感情ではなく論理的な安心感というのもまた必要でしょう?」
「………ほう?
お前に、それだけの"価値"があると?」
「当然です。
お父様はお金を湯水のように溶かして私たちに住む家を与えてくれる程、私に価値を感じてくださっているのですから」
どうにも笑いが堪えられないと言った様子で、ライアスの口元から笑みがこぼれる。
見慣れた嘲笑ではない。心から楽しんでいるような笑いだ。
ついさっき自分が口にした言葉を、そのまま逆手に取られたのだ。
あれでは笑うしかないだろう。
「3つ目をお話しても?」
「……あぁ、是非聞かせてくれ」
「では、最後になります。
これは私の憶測でしかありません。
なので、メリットと提示するには少し大袈裟かもしれませんが。
――私を雇用することで、ユノヴィア王女殿下に一目置かれる可能性があります」
部屋がしんと静まり返る。
先程までとは打って代わって、部屋の空気がヒヤリと冷えた気がした。
最初に口を開いたのは、ライアスだった。
「………つまり、どういうことだ?」
「私程度でも知っていることなので、ライアス様はよりご存知なのではないかと思われます」
「……どこで聞いた?
お前に情報屋との繋がりはないはずだろう?」
「ライアス様の情報網ほどではありませんが、スラムにもちょっとした蜘蛛の網はあるのです。
スラム程度で拾える情報などたかが知れています。
ですが、表には出てこない情報ほど、ああいう場所に落ちているものです。
あそこは闇ですから」
ルクシアは言い終わるとゆっくりと微笑む。
どうやらこの場で知らないのは俺だけのようだった。
口ぶりとしては、王女殿下の秘密…のようだが、まるで蚊帳の外である。
困惑する俺をライアスは一瞥し、大きくため息を吐いたかと思うと両手をヒラヒラと上にあげて口を開いた。
「降参だ降参。
というか、そこまでの情報収集能力と頭の回転があるなら十分に即戦力だろ。
採用してやる」
ライアスの言葉を聞くや否やルクシアは弾けたように笑い、そのまま俺に飛び込んできた。
「やった!やりました!」
「……良かったね」
俺は素直にルクシアの頭を撫でた。
しかし、頭の中は色々な感情と疑問が幾重にも混ざりあって渦を巻いている。
そんな俺の心境を察してか、ライアスは口を開いた。
「…だが、3つ目のメリットってやつぁ俺には必要ねぇな。
生憎だが、俺は王女にでかい貸しがある。
正確には、俺と坊主にはな」
「貸し…ですか?」
そう言われて思い返してみるものの、あまり心当たりが思い浮かばなかった。
いくら貴族とはいえ三男かつ家との繋がりもあまり濃くない俺にとっては、王族どころか他の貴族にも面識などないのだ。
「はぁ…お前は本当に物覚えがいいんだか悪いんだか…
白葬花だよ白葬花」
「え?でもそれは正式な取引で…?」
「バカかおめぇは。
いくら相手が女とは言ったって、一介の商人が王族と対等な取引なんざできるわけねぇだろうが。
確かに金は受け取ったが、それはあくまで王女に白葬花の葉を献上したという功績の褒賞だ」
ライアスは先程までの凛とした態度を崩すと、僅かに腰を上げて座り直した。
それと同時に、ルクシアは俺からスっと離れると、ライアスに疑問を向けた。
「では、何故私は採用されたのでしょう?」
「あぁ?言っただろ?
お前の将来性と頭の回転速度を買った。
はっきりいって、お前は俺よりも才能に恵まれてるさ」
「そんなこと!
…ライアス様のように力も権力もない人外の身ですので。
ユノヴィア王女殿下の話だって、ユノヴィア王女殿下が色物好きとしか…」
「色物好き?」
思わず反応してしまったが、どうやら聞き流すべきだったようだ。
ライアスは天を仰ぎ、ルクシアは焦ったように口を抑えている。
――表に出ない情報。
その言葉が、背筋を凍らせる。
「…俺、何も聞いてないです」
「そりゃ無理があんだろうが。
まぁいい。王族や貴族の前で口外しなけりゃ、知ってても命を取られるような代物でもないしな。
もっとも、坊主の命は取れねぇだろうがな」
堪えるように笑ったあと、ふぅと息を吐いてから言葉を続けた。
「王女サマは最近、未成年奴隷を大量に購入してるらしい。
それも、魔喰いの子ども。エルフ、獣人なんかの人外までな。
人体実験だなんだと色々な噂がたってはいるが、真相は王女の頭ん中にしかねぇ。
まぁ、いずれにせよ"変態"だな」
ライアスの表情はピクリとも動かなかった。
しかし、机の下に隠れた手は、きっと固く握られていた。
そう思わせるほど、この時の言葉は更に鋭利に研ぎ澄まされていたのだから。




