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挿話 "守護者"

カエルム…いや、とーちゃんが足早に家を出て、その後を追いかけるようにルクシアが家を出ていった昼下がり。

俺とミリアは庭に出ていつものように剣の訓練をしていた。

とは言っても、ミリアはいつも俺の訓練をニコニコと見ているだけで、実際に剣を振るっているのは俺だけなんだけどな。


「いつも思うけどよぉ。

お前そんなところでぼーっと見てるだけでつまんなくねぇか?」


「え〜?私は面白いよ?」


「絶対体を動かした方がおもしれぇよ!

特別に握らせてやるからやってみろって!」


俺はとーちゃんに貰った木刀をミリアへと差し出すが、ミリアは小さく首を振ると口を開いた。


「ううん。大丈夫。

それはカエルムくんがリベリアちゃんにあげたものだから」


「…なんというかお前、とーちゃんと出会ってから変わったよなぁ〜

昔は何でもやりたいやりたい!ってうるさかったのに…」


「そうかな?

少しは大人になったって事じゃない?」


「それがガキのセリフかよ」


そうしてミリアと軽口を叩き合うと、止めていた手を動かし訓練に戻る。

それが、俺の日常だった。




バギャァァン…!!

玄関の方でなにか大きな物音が響いた。

何か重いものがあたり、木を軋ませるような音。


日常を壊すようにして鳴り響いたそれは、体を突き動かすには十分な警告音だった。


「ミリア…!!!隙を見て逃げろ!!!

俺は様子を見てくる!!!」


ミリアの返事を待つことなく、俺は愛刀を持って走り出した。

孤児院は立地的にスラムから近い。

とーちゃんはこういった身の危険が起きることは予め想定して、たまに避難訓練とか言うのを行っていたのだ。

スラムには顔なじみも多いため、ここまで過激なことをやらかすバカは居ないと思っていたのだが…


「……ま、スラムの連中と決まったわけじゃねぇか」


どんなやつだろうが関係ない。

俺の役目は侵入してきたやつを叩きつぶす。

その間にミリアやアスペルが衛兵を呼んでくる。

それだけだ。




俺はまず、庭と孤児院を繋ぐ食料庫を見に行ったが荒らされた様子はなく、少なくともスラムの連中が飢えて侵入した訳では無い事は確かだった。

続けてリビングや玄関を見に行くと、家具や扉は派手に破壊されているものの、やはり金品や食料を漁った形跡はない。


「……2階…か…?」


孤児院の1階はリビングと風呂、食料庫等があるだけで、食料庫以外には大したものは置いていない。

ここまで派手に壊してまわる連中だ。

ただ腹を空かせて忍び込んだ訳じゃない。

もっと黒い感情を剥き出しにした、裏の世界の人間…

そこまで考えた瞬間、背筋が冷えた。


「…アスペル…!!!」


2階へ上がる階段は合計で2箇所。

玄関すぐ横の内階段と、建物の外に取り付けられた金属製の外階段。

変な建物だと笑ったこともあったが、とーちゃんは非常時のためにどうしても取り付けたかったらしい。

今ならわかる。

どちらか一方でも使えれば、逃げ切れる可能性があるからだ。


「内階段は危険だな…。

まずは外階段に向かって…」


いや、何を弱腰になっているんだ俺。

何のためにとーちゃんは俺に木刀を渡してくれた。

何のために夢を応援してくれたんだ。


「――家族を、守るためだろうがっ!」


俺は、眼前の内階段に足を進めた。

震える足に力を込めて、1段1段踏みしめるようにして登る。

大丈夫。

こんな時のために訓練し続けてきたんだ。

幸い、狭い屋内なら長物は使えない。

なら小回りが効く俺の方が有利だ。

そう自分に言い聞かせて、早まる心臓の鼓動を押さえつけた。


俺が2階へと上がりきった瞬間、奥の部屋から何かを落としたような鈍い音が響いた。

間違いない。誰かがいる。

そう確信した俺は大きく息を吸い込み、不安と共に吐き出した。


「よし…」


木刀を構え、奥の部屋へとジリジリと迫る。

そんな時だった。

隣の部屋の扉が、音もなく開く。

そこから伸びた手が俺の口元を塞いだ。


「んぐ…っ!!」


「……し、静かに。

一旦、部屋の中に入って」


よく聞き慣れた気だるそうな声を聞くと、俺はその声に従い部屋の中へと入った。

この部屋は、ルクシアが使っていた部屋だった。

綺麗好きなルクシアは暇さえあればよく掃除をしていて、この部屋だけは生活感が感じられないほどに綺麗だった記憶がある。

しかし、現在の部屋は既に荒らされており、見るに堪えない惨状と化していた。

ルクシアの大事にしていた場所を、土足で踏み荒らされたという事実に腹の奥が熱くなる。

今すぐにでも殴りたいところだが、まずは目の前にいるやつと話をすることが先だと考えてぐっと堪えた。


「…アスペル。

お前、無事だったんだな」


「……まぁ…なんとか隠れられたから」


「侵入してきたやつは何者なんだ?

顔は見たか?武器は!?」


「……リベリア。

少し声が大きい。もっと落ち着いて。

…顔は見えなかったけど、装備はかなり本格的なものだった。

スラムの人間ってよりも、誰かに雇われた私兵とか、戦争で逃げ出して盗賊になった人間って感じ。

多分、目的は人だね。

金目のものには手をつけていないから……ってなに?」


「……いや、アスペルって…こんな長く話出来たんだな?」


「……………武器は見えた限りだと長剣が腰に下がってた。

あの装備なら、他にも短剣とか毒とか持っててもおかしくないと思う」


「ふぅん…」


大人の腕で長剣を振るなら、屋内では扱いにくいはず。

ということは、アスペルの言う通り短剣なんかも一緒に持っていてもおかしくはない。

危険はある。

それでも、俺の本能が戦えと言っている。

俺は心配そうな顔をするアスペルを尻目に、木刀を握りしめた。


「短剣相手ならこっちの方が有利だよなぁ…」


「リベリア…!よせって。素直に逃げよう!?」


「ここまでする連中で、しかも装備まであるんだろ?

そしたら裏口や玄関にも人を待機させてるだろうし、どっちみち戦わないと逃げられねぇだろ」


「…それは、そうかもしれない。

でも、だからって真剣相手に木刀1本じゃ…」


「大丈夫大丈夫!

そのために日々絶え間なーく訓練を積んできたんだろうが!

それに…」


俺は改めて、凄惨な部屋を一瞥した。

この部屋だけじゃない。

俺たちの大切な場所を土足で踏み荒らされたんだ。


「……ここまでされてりゃ、1発ぶん殴らないと気が済まねぇよ」




俺とアスペルは少し作戦会議をした後、各々行動に移った。

作戦と言ってもシンプルなもので、片方が囮となり、もう片方が逃げて助けを求めるというものだ。

俺は当然、囮になる方を選んだ。

敵前逃亡なんてかっこ悪い真似は死んでもやりたくねぇ。


「それに、助けなんて呼ばなくても、叩き潰しちまえばいいわけだしな…」


「何をブツブツ呟いているか知らないけど、命乞いなら聞こえるように言わなきゃ意味ないよ?」


数分前。

俺とアスペルは廊下に飛び出すと、極力音を立てないようにして階段を駆け下りた。

アスペルは1階で隠れて待機。

俺が玄関から外に出て様子を確かめると、案の定、男が1人佇んでいた。


アスペルの言葉よりも軽装備。

というよりも、防具の類は一切身につけていない。

腰には長剣1本、スラム住民からすれば上等な服装だが、少なくとも私兵や傭兵の装備には見えない。

おそらく、見張りを任された下っ端なのだろう。

初めての実戦の相手にはちょうど良い。

そう考えた時には、既に外へと飛び出していた。


そして、今に至る。

男は腰の長剣に手を置いたまま、にやにやとこちらを挑発した。


「誰がお前みたいなザコ相手に命乞いなんてするかよ!」


「えらく大きく出たね。

少しは腕に覚えがあるようだけど、自信過剰なところがまだまだ未熟だね」


「るせぇ!!!

おめーには関係ねぇだろ!!!」


「……待てよ。

そうかなるほど。

自信過剰な割に踏み込んでこないと思っていたが…」


男はちらりと孤児院の方に視線を移す。


「まだ中に仲間が居るのか?

僕を挑発して視線を逸らそうとしてるわけだ。

馬鹿な娘だと思ったが、なんだ。意外と頭が回るじゃないか」


「っ…!?」


一瞬で作戦がバレた。

しかも、こいつ俺が女だってわかってる。

わかった上で、嘲笑でも油断でもなく静観を貫いているんだ。


――こいつ、思っていたより厄介だ。


「お、俺を見ろォッ!!!」


「おっと危ないな。

そんなものを振り回すなんて、当たったらどうするつもりなんだ?」


「当てるつもりで振ってんだよっ!!!」


俺は叫びながら踏み込み、男を完全に間合いに入れた。


否、入れたはずだった。


しかし、木刀は振っても振っても空を切るばかりで、男は長剣に手をかけたまま最小限の動きでそれを躱していく。


「筋は悪くない。

歳にしては一撃は鋭いし、僕が剣を抜けば即座に下がれる間合いも、きっちり残している。

…が、少し目線が素直すぎるな」


「……っ!!!

るせぇよ!黙ってろ!!!」


「僕は君を認めているんだ。

少しは話を聞け」


トンッ

音にすれば、たぶんその程度だった。

全く見えない速度で、何かに肩を弾かれる。

1拍遅れて、それが男の持つ剣の鞘だと気がついた。

俺はそれだけでよろめくと、地面に腰を落としてしまう。


「君は十分に強いよ。

女性という立場から、まともな訓練なんて何一つ出来ていないはずだ。

はっきり言って天才だよ。今殺すのはとても惜しいと思うくらいにはね」


「なら避けんじゃねェ!」


道に落ちていた石を咄嗟に男に投げつけるも、それさえひょいと避けられてしまった。


「おっと、君は本当に短気だね。

この作戦は君じゃない方が考えたのかな?

まぁいいさ。

僕は話がしたい。

君は時間が稼ぎたい。

利害は一致してるんだから、大人しくしていたらどう?」


男は長剣から手を離し、まるで演劇でもしているかのように言葉を吐く。

男の言葉に耳を貸すのは癪ではあるが、アスペル以外にもミリアの逃げる時間も稼がなくてはならない俺としては、その誘いは好都合だった。


「なら、一緒に茶でも飲まねぇか?

衛兵の詰所でな」


「それは勘弁して欲しいねぇ。

でも、そういう所は嫌いじゃないよ。

君、名前は?」


「……リベリア」


「そうかリベリア。

ここで提案なんだけど、僕たちの仲間にならないかい?

僕たちは男女なんて関係なく、使えるものは使う主義でね。

今の君は石ころに過ぎないけど、磨けばいい戦力になると思うんだ」


「あいにく、名前も知らねぇやつの下に付く気なんてねぇよ」


「おっと、それはすまなかった。

僕は……ヴァレリオ。

ヴァレリオだ」


ヴァレリオ。

そう名乗った男の提案は、昔の俺なら思わず飛びついてしまいそうなものだった。

才能を認めてくれる。

必要としてくれる。

それだけで、俺は満たされていたかもしれない。

――でも。


「ヴァレリオ。

お前なにか勘違いしてるぜ?」


俺だって、ただ単に喋っていた訳じゃない。

俺は跳ねるように立ち上がり、ヴァレリオの頭上へ向けて木刀を振りながら叫んだ。


「俺はぜってぇに"家族"を裏切らねぇ!!!」


「そうか。とても残念だよ――」


刹那。

ヴァレリオに向けて振りかぶった木刀は、ただ空を切った。


否、ヴァレリオに向けられた刃が"無かった"。


何が起こったか分からない。

カランッと乾いた音が足元から響いた瞬間、全てを悟った。

――勝てない。

そんな言葉が頭を過ぎると、先程まで動いていたはずの足が木の棒にでもなったかのように動かない。

動け!動けっ!

心の中でいくら唱えようとも、外に出るのか微かな空気を吐き出す音だけだった。


「……この屋敷にいる人間。

他にどれくらい隠れてるのかな?」


「………ぉ……」


「ん?もう一度言ってみて?」


「……教えるかよ。ばーか…っ!?」


俺は、目にも止まらぬ速さで殴り飛ばされた。

頬がジンジンと痛み、涙がこぼれ落ちる。

地面に叩き潰されたせいで全身ありとあらゆる所が痛む。


「素直に吐いた方が楽だと思うよ?」


「………いう…か…」


「……そっか」


そこから、ヴァレリオの一方的な蹂躙が始まった。

殺さぬように。

しかし、抵抗なんて出来ないほどに。

ギリギリの力に手加減されたそれは、俺の心を折るためだけに振るわれる暴力。

血を吐いても、骨が軋んでも、決して止まることはなかった。


「君も強情だね。

苦しいだろう?ほんのちょっと話をしてくれれば、すぐに楽にしてあげるよ?」


「…………っぺ」


「……いい子だ」


ヴァレリオは思い切り腹を蹴った。

内臓が吹き出るかと思うほどの衝撃を受けて、地面をバタバタと転がる。

ダメだ…死ぬ…

けど、死ぬ覚悟なんて、スラムに流れ着いた時からできてる。


――家族を"守って死ねる"なら、それが本望だ。


霞ゆく視界。

遠くなる音。

身体中が痛むはずなのに、何故か心地よいこの感覚に身を任せたくなる。


ミリアとアスペル…逃げられたかな…

時間は…稼いだぞ…




「おーい旦那ァ!庭に女のガキが隠れていましたぜ!」


遠くから響く声に、ハッと意識を覚醒させる。

軋む体を無理やりに動かして声のするほうを見ると、ボロボロになったミリアが男に抱えられている。

男の装備は多少くたびれているものの、仕立てそのものは良いもののようだった。

…こいつがアスペルが言っていた男か。


「……ミ…リア…」


「ガルド。ご苦労だったな。

リベリアの他にも1人はいると踏んで、お前を戻さずにおいて正解だったね。

しかし、また女か」


ヴァレリオは不服そうに肩を竦めると、しゃがんでこちらの顔を覗き込んだ。

貼り付けたような嫌らしい笑みが、ゆっくりと口を開いた。


「――ねぇリベリア。

"カエルム"とかいう男。知ってるよね?

今どこに居るかな?」


「………」


「…だんまりかい?」


「………しらねぇ…」


「……まぁいっか。

その子、叩き起して。

多少痛めつければ起きるでしょ?」


「っ…!ま、待って…!」


「待たないよ。

それに、君はもう用済みだ。

今更口を開いたところでその言葉が信用できるとは思えないしね」


――嫌だ。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

誰も帰ってこない家にひとり残されるのは嫌だ。

大切な人を失うのは嫌だ。

誰かが傷つくところを見るのは、もう嫌なんだ。


「………助けて…誰か…」


最後に吐いた祈りの言葉は、きっと誰の耳にも届かなかった。

しかし、届かなかったはずの祈りは、最悪の形で果たされた。


「…おい、待てよ。

お前たち。俺に用があるんだろ?」


この場にいるはずが無い。

とっくに逃げたはずの。

ここに居ちゃいけないはずの声。


「おや?もう1人居たのか。

一応聞くけど、君は何者かな?」


「アス…」


「俺は"カエルム"。

お前たちの探してる男だよ」


アスペルは俺の言葉を遮るように口を開いた。

何を言っているんだ。

そんなこと言ったら…。


「そうか君が。

会えて嬉しいよカエルム。

早速で悪いんだけど、僕たちに大人しく着いてくる気はないかな?」


「……条件がある。

2人を解放して欲しい。

2人の安全が確認されたら、俺はお前たちに着いていく」


「…はぁ、君ねぇ。

今どんな状況かわかって…」


アスペルはヴァレリオの言葉を遮るように、懐から銀色に光る何かを取り出した。


「条件が飲めないなら!俺は今ここで自害するっ!!!」


アスペルが自身の首に突きつけているのは、孤児院の厨房にあった小型のナイフだった。


「馬鹿馬鹿しいね。

僕らの目的は君の暗殺かもしれないよ?」


「…暗殺が目的なら大人しく着いてこいなんて言わないだろ?」


「…クッ!ハハハハハ…!

確かにその通りだ!これは1本取られたね。

僕らの目的は、君を五体満足で持ち帰ることだ。

どういう訳か知らないけど、依頼主が君を欲しがっててね」


「だ、旦那…いいんですか?」


「本当は良くないかもしれないけど、カエルムにはバレバレみたいだからね。

リベリアの作戦を考えたのも、きっと彼だろうし」


先程までとは打って変わり、ヴァレリオは楽しそうにはしゃぎながらアスペルに向けて口を開く。


「君の条件をすべて飲むことはできないね。

そこまで頭が回るなら、余計に僕らは君を警戒しなくてはならない。

そうだねぇ…。逃げていいのはリベリアだけ。

この少女は君が依頼主に完全に引き渡されたら解放する。

というのはどうかな?」


「………信用出来ない」


「そこはほら、取引は信頼関係だよ?

それに、僕らはこうして睨み合っててもいいけど、リベリアは違うんじゃない?

彼女、早く治療しないと本当に死んじゃうよ?」


俺の事は気にするな。

そう叫びたかったが、口を開いた瞬間にヴァレリオの足が俺の腹を押しつぶす。


「…っぁ…!!!」


口から僅かに漏れたのは、声どころか音にすらならないほどの微かな空気だった。

内臓が押しつぶされ、意識が離れそうになるのを必死にこらえる。

ダメだ。アスペル。

行っちゃダメだ。


「……わかった。それで良い。

だから、今すぐリベリアを解放してくれ」


「だってよ。

良かったねリベリア。

仲間想いのカエルムは、君が足手まといだからさっさと逃げろってさ」


ヴァレリオはまたしても嫌らしい笑みを浮かべ、足を退けると僅かに後ろに下がった。

…もはや言葉に噛み付くほどの力すら残っていない。

体はボロボロで、頭の中は疑問と後悔と無力感で埋め尽くされていた。


ふとアスペルを見ると、彼は首元にナイフを突きつけたまま、しかし笑顔でこう口を開いた。


生きて。


それは声に発せられない言葉。

しかし、確実にそう言っていた。


「さぁ行けよ。

惨めに走り去れよ。

これに懲りたら、もう二度と剣なんて持とうと思わないことだね」


俺は立ち上がると、がくがくと震える足を無理やり動かし、アスペル達に背を向けた。

もはや走るどころか歩くことすらやっとの状態で、アスペルに助けられた命を抱えて歩いた。

俺の背中には、無数の言葉の矢が突き刺さる。

その度に倒れそうになる。振り返りそうになる。

それを必死に抑えて…

――ただ、ひたすらに離れた。




一体どれほど歩いたのだろうか。

かなりの時間歩いていたような気もするし、実際には角を数回曲がった程度かもしれない。

そんなことすらわからないほど、俺の胸の内は荒んでいた。


「………アスペル…ミリア…」


口から自然とこぼれ落ちる言葉は、俺が見捨てた家族達。


「……ルクシア…………とーちゃん…」


2人なら、もっと上手く立ち回ったんだろうか。

ルクシアは頭がいいし、とーちゃんならきっと、誰も傷つかない道を選べた。


「………みんな…」


みんな俺が見捨てた。

みんな俺が殺した。

みんな俺が…俺が…無力だったせいで…。


「おっと、すまない」


「っ…!!!」


前すら向かず、宛もなく彷徨っていた俺は曲がり角から出てきたフルプレートの男とぶつかりそうになった。

反射的に自分を庇おうと手を伸ばした事が、あまりにも弱い自分を感じて嫌になる。


「っ…!?すごい怪我だな…!?

大丈夫か!?今すぐ手当を…って君は…」


男は俺に気がつくと、ヘルムを脱いで素顔を見せた。

ヘルムの下はとーちゃんのとうちゃん。領主様の顔だった。

会ったのは1度きり。

アスペルが魔喰いで倒れた時以来であるというのに、俺のことを覚えていたようだった。

しかし、今はそんなことどうでもいい。

俺は相手が貴族であるということすら忘れて、飛びつくように抱きしめて懇願した。


「っ…!お願いします!助けてください!!!」


「んん!?」


「何でもします!奴隷でもいいです!鉱山でも白葬花採取でも何でもやります!だから助けてください!!!」


「お、おう、だから手当を…」


「俺じゃなくて!俺の…大切な…」


「……わかった。

とりあえず、今ここで出来る治療をしながら聞こう」


俺は顛末を話した。

孤児院に賊が入ってきたこと。

アスペルと作戦を立てて、囮になろうとしたこと。

それでも全く届かなくて、負けて、見捨てて、そして。

――逃げてきたこと。


「アスペルは…俺を庇って……ミリア…も…」


気がつくと俺は大粒の涙を流しながら、子どもみたいに泣き喚いた。

大人のはずなのに。

本当は、俺があの子たちを守らなきゃいけないはずなのに。


もう言葉にすらなっていなかったかもしれない。

それでも、領主様は優しく微笑んでただ話を聞いていた。


やがて俺が話し終えると、領主様はゆっくりと手を伸ばし、俺の頭を撫でた。


「そうか。よく頑張ってくれたね。

でも、少し君は勘違いしている」


「………かん、違い…?」


「あぁ、君は君の仕事を立派に果たしてくれた。

いいかいリベリア」


領主様はすくりと立ち上がると、腰に下げた剣を抜いた。

あまりにも綺麗な、洗練された所作。

それは、領主というよりもまるで…

――"騎士様"のようだった。


「剣を持つ人間は2通りいる。

人を殺すために剣を握る者と、人を守るために剣を握る者。

君は、どちらだった?」


「俺…おれ、守りたくて…でも、逃げる事しか出来なくて…」


「君は逃げてきたんじゃない。

君の声が届いたから、私は私の仕事が出来る。

君が、みんなを守ったんだ。


君は――"とても立派な騎士"だ。


私は、そう思う」


領主様の言葉は、なぜだかすっと胸に落ちた。

ボロボロで、惨めで、何もできなかったはずの俺を、騎士だと言ってくれた。


「そんな立派な騎士には、私も最大限の誠意を持って答えなければならない。

……俺が、絶対に助けだして見せるから。

だから、今はゆっくり休んでいなさい」


その言葉は、領主様の品のある言葉ではなかった。

けれど、この人の心からの言葉なのだと確信した。


この人になら任せられる。


なぜなら――

とーちゃんと、よく似ていたから。

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