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ep.29 化け物の号哭

俺とアスペルの話は、ミリアが夕食を運んで来る時まで続いていた。

アスペルから彼女の過去や境遇について一通り聞いた俺は、早速彼女と話をしようとルクシアを探す。

しかし、孤児院中どこを探したとしても、彼女の姿は見つからなかった。


「リベリア。ルクシアどこにいるか知らない?」


「ぁ〜?ルクシアならさっき大慌てで出ていったぞ?

買い忘れか〜?って聞いたら「そんなとこ!」って…」


嫌な予感が脳裏を過ぎる。

もし、ルクシアが俺たちの会話を聞いていたのだとしたら…。


硬直し始める手足を無理やりに動かし、俺は孤児院を飛び出した。


「おい!どこ行くんだよ!?」


背後からリベリアの叫び声が聞こえる。

が、今の俺にはその声に答える冷静さなど存在しなかった。




幸いとも言うべきか。

まだルクシアが孤児院を出てからそれほど時間が経っていないようで、薄く降り積もった雪が彼女の居場所を指し示していた。

しかし、この痕跡も時間が経つと雪に覆われて無くなってしまう。

凍るように冷たい風を切って、俺はひたすら走った。


足跡は門の方へと続いている事がわかり、疑念が確信へと変化した。

彼女は間違いなく俺たちの話を聞いていた。


そして、"また裏切られた"。

そう思ったに違いない。


このままでは、彼女はもう二度と戻ってこない気がした。

それだけは、何としても避けたかった。

リベリアとアスペルにとって彼女は大切な友人であり、

――家族なのだから。




しばらく走り続けていると、ようやく人影を捉えることが出来た。

見間違うはずがない。

深くフードを被ってはいるが、背格好からして間違いなくルクシアだった。


「ルクシアー!!!」


彼女は肩をビクリと震わせて、静かに振り返った。


「な、なんですか…?

そんなに慌てて…」


「ルクシア!単刀直入に聞く!

お前、この街を出ていこうとしてただろ!?」


フードの下から僅かに覗かせる笑顔が、ゆっくりと沈むのがわかった。

彼女はもう取り繕うのは無駄だとばかりに、大きくため息をついて口を開いた。


「なんだ。全てわかってるんじゃないですか」


「あぁ!アスペルから聞いたからな!

お前なんだってこんなことを!!!」


「……聞いたのなら察していただきたいんですけどね。

人間はやはり信用出来ないと確信したんですよ。

他人の秘密をペラペラと喋るし、わかった顔して踏み込んでくる。

そういう人間の傍に居たいと思いますか?」


「アスペルやリベリアはお前を心配して…」


「うるさい!!!!

私を、裏切ったくせにっ!!!!!」


彼女の叫びと同時に、フードがふわりと脱げる。

その下には彼女の長く綺麗な髪と、"先が少し尖った耳"があった。


エルフ。

ファンタジーな創作物でよく出てくる種族だが、この国のエルフは迫害の対象である。

特に、人間とエルフの間に生まれてしまった"ハーフエルフ"はエルフからも人間からも疎まれる存在なのだと聞いたことがある。

そして、ルクシアこそそのハーフエルフであり、人間や家族同然のエルフからも疎まれていた過去がある。

とアスペルが教えてくれていた。


「…本当だったんだな」


「………どうせ私は忌み子よ。

笑いたければ笑えばいいわ」


彼女は誰にも見られないように、もう一度フードを深く被り直した。


「そんな事を言うつもりはなかったんだけど…」


「なら、私を慰みものにでもしたいの?

忌々しい耳以外なら、エルフ譲りの綺麗な顔だものね?」


「だから違う!

俺たちは心配をして…」


「それが信用出来ないと言っている!

…拾ってもらったことは感謝してるし、あなたがいなければ私もあの子たちもどうなっていたかわからない。

でも、その恩は返しているはずよ」


「…だから、使用人か」


「そう。

いつの日かこうなったとしても、後腐れない方が気が楽でしょ?」


そう告げると、彼女は再び門の方へと振り返る。


「あなたたちを害するつもりはないわ。

大人しく帰って」


「君の過去はアスペルから聞いている。

大丈夫だ。アスペルやリベリアはもちろん、俺やミリアだって何も気にしていないから…」


「もうたくさんなのっ!!!

同情も、心配も、差別も、嘲笑も、何もかも!!!

もう放っておいてよ!!!!!」


「………なんで、そこまで…」


「私が…!!!

――私が、"化け物"だからよ」


彼女の口からその言葉が聞こえた瞬間、ずっと心の奥底で燻っていた記憶が脳裏を過ぎる。

俺が、この世界で一番最初に死んだ夜。

ルシエル兄上に言われた言葉と、同じだった。


彼女は大きく息を吐いたあと、普段の落ち着いたトーンで語り出した。


「私は奴隷として娼館に売られたエルフの母と、誰かもわからない男の間に出来た忌み子。

母は私を日々、鬱憤の捌け口にしていたわ。

毎日毎日毎日毎日毎日。

お前は化け物だ。お前がいるから私は里に帰れないんだ。

ってね。

そもそも人間に抱かれて、穢れたエルフが里になんて帰れるわけがないのに。

でも私は、それを受け入れていたの。

そうすることでしか"生きられなかった"から」


グッと息を飲む。

彼女と俺との境遇は似ている。

家族から疎まれ、奇異な目で見られ、化け物と呼ばれた。

その響きだけは、嫌になるほどよく知っていた。


「そんな生活もある日終わりを迎えたわ。

……母が自殺したのよ。

最後まで、自分勝手な女だった。

そこから私は娼館から逃げ出して、スラムに流れ着いたのよ。

ハーフエルフの子どもなんて、どんな扱いを受けるかわかったものじゃないでしょう?

まだスラムの方が可能性があったのよ。

そうして人間たちに騙されたり、利用されたりしながら街を転々として、やっと出会ったのがアマリアさんとリベリアちゃん、アスペルくん。

ミリアちゃんは…まだちっちゃかったかな…?」


そこから先の話は、俺もアスペルから聞いていた。

ルクシアは娼館から逃げ出してきたことをアマリアさん達に話して、一時的に匿ってもらっていたのだとか。

そして、髪が十分に伸びて耳を隠して生活できるようになってから自立したのだという。


「今度こそ、理解ある人達に出会えたと思っていた。

そう思っていたのに、やっぱり裏切られた。

人間もエルフも変わらない。

自分と違う存在は騙し、陥れて、利用する。

そういう生き物なのよ」


「それはちが…」


「何が違うのよ!!!

人間はみんなそうやって優しい顔をして近づいて、都合が悪くなったら私を売り渡すの!!!!!

あなたのように何不自由なく生活している"人間"に、"化け物"の気持ちなんてわかるわけがない!!!!!」


彼女は顔を真っ赤にしながら泣き叫び、心の声を外に吐き出していた。


「わか………」


わかるよ。

そう言いかけた時、思わず口を噤んだ。

俺は彼女に共感している。

俺は君と同じだと。

そう言いたかった。


しかし、彼女の心は凍りついてなどいなかった。

彼女の流す涙は、声は、熱を帯びている。

そう、彼女の号哭は、確かにこう告げていたのだ。


――生きたい。と。

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