ep.26 焦燥と取引
俺は急ぎライアスと父上に連絡を入れた。
翌朝に来られればいい方だと思っていたのだが、予想に反して2人はすぐに駆けつけてくれた。
現在アスペルは隔離され、父上の連れてきた医師による診察を受けているところだ。
リベリアは珍しく縮こまってミリアに背を撫でられていた。
少し責任のようなものを感じているのだろうか。
ルクシアは気が気ではないといった様子で部屋をぐるぐると徘徊している。
「それにしても。
話には聞いていたが、孤児院とは思っていたよりいいところだな」
「あたりめぇだろ?
俺が設計に関わってんだ。抜かりはねぇよ」
「さすがだな。
やはりカエルムをお前に頼んで正解だった」
「押し付けた。の間違いじゃねぇのか?」
「はっはっはっ、なんとも手痛いな!」
父上とライアスが雑談につられて、重く沈んだ空気が四散していくようだった。
二人の軽口に少しだけ救われた。
しばらくリビングで待機していると2階から人が降りてくる気配がした。
それと同時にルクシアが駆け出すと、ちょうど降りてきた医師に詰め寄るようにして口を開いた。
「アスペルくんは無事なんでしょうか!?」
「…まぁお待ちください。
今すぐに死に至る類ではない、ということだけ先にお伝えしましょう。
しかし、立場あるものにはその立場を弁える必要があるのです。
先にご説明させていただく御仁がおりますので少々お待ち頂けますか?」
ルクシアは不安そうな顔を隠せず、しかしそれでも理性が勝ったのかうんと頷き少し離れた。
医師はそれを見て少し微笑むと、俺に向かって膝をついた。
「お久しぶりでございます。坊っちゃま…いえ、カエルム様。
ラシエル伯爵家専属医師ヘリオ。御身の前に参上致しました。
緊急時にてご挨拶が遅れてしまったことを深くお詫び申し上げます」
「いえ、大丈夫です。
それよりも、アスペルの病状を教えてくれませんか?」
「はい。単刀直入に申し上げますと、彼は"魔喰い"かと思われます」
「魔喰いだって!?」
父上が大声を上げて立ち上がった。
魔喰いというのが意外だったのだろうか。
しかし、それよりも気になったのはライアスの顔つきだった。
見たことがないほど深く眉間に皺を刻み、いつもなら雑に笑い飛ばしそうな男が、今は何も言わずに立ち尽くしている。
その姿が、妙に胸に引っかかった。
「カエルム様は魔喰いについてご存知ないようなのでご説明させていただきます。
魔喰いとは、魔力を多く持つ子どもに見られる病です。
魔力は誰しも内に宿す、血液のようなものです。
ただし、その量には個人差があります。
多すぎる子どもはそれをコントロールすることができずに炎症を起こしてしまうのです」
「なら、魔術を使えばすぐに良くなるんですか?」
「…いえ、残念ながらそう単純な話でもございません。
1度炎症を起こしてしまうと魔力を減らしたところでそう変わりは無いのです。
もちろん、延命という形でそのような手法をとる例もございますが、完治までは行かないことがほとんどです。
炎症そのものを抑えるための薬を服用すればすぐに良くなるのですが…」
医師はそこまで話して口を噤んだ。
何か言いづらい事があるのだろうか。
そう考えていると、思わぬ方向から答えが出てきた。
「………お前もよく知ってんだろ。
"白葬花"だよ。魔喰いの治療薬の原料はよ」
「えぇ、ですから非常に高価な品であり、そもそも市場にあるかどうかすら怪しく…」
ヘリオの言葉を最後まで聞き取れなかった。
また、またなのか。
また
――間に合わないのか。
反射的に、ミリアの顔を見た。
震える手をぎゅっと握りしめ、それでもミリアは小さく笑った。
まるで俺を信頼していると、そう言うように。
勢いよく首を振る。
胸の奥に噛み付く不安を、無理やり払う。
「俺、今から取りに行ってきます!」
「カエルムやめなさい!
白葬花の採取なんて、命がいくつあっても足りないぞ!!!」
「父上!俺なら……」
そこまで言葉にして、はたと気がついた。
この場にはヘリオや孤児たちのように俺の不死性を知らない者がいる。
今、この場で強行突破するわけにもいかなかった。
「カエルム様。
焦らずとも、彼の容態であればひと月は持ちましょう。
十分な時間があるとは言いませんが、無策に飛び出すほど切迫した時間という訳でもありませんでしょう」
「そう、ですね…
あ、ライアスさん!
前に採取した白葬花の薬は!?」
思わず口からこぼれ落ちた言葉は、あまりにも迂闊だった。
「前に白葬花の採取ですか?そのような大事は聞き覚えがありませんが…
まさか、ユノヴィア王女殿下の一件にあなたが関わっているのですか?」
ヘリオが口を開くと、ライアスは俺をギロリと睨みつけてきた。
「紹介が遅れたな。商人兼薬師のライアスだ。
いかにも、王女サマの薬を調合したのは俺だ。
だが、原材料の白葬花は、街のはずれでくたばってた死体からカエルムの坊主がぶんどって来たもんだ。
残念ながら当てにはなんねぇよ」
「なるほど…
野党の類が一攫千金を狙ってのことでしょうか?
カエルム様は運が良いのですね。
ライアス殿も白葬花の調薬は毒性が強すぎるため、かなりの設備と腕を要するはず…。
さては、どこかの商会長様では?」
「商会長は否定しねぇが、ヘリオ殿の考えているようなもんじゃねぇよ」
話の流れがライアスの薬師としての腕前へと逸れていったことで、ようやく胸の奥の強張りがほどけた。
…あとで礼くらいは言っておこう。
「…とはいえ、優れた薬師が居たとしても白葬花がなければどうしようもありませんね」
「アスペルくんは助からないんでしょうか!?」
「嬢ちゃん落ち着け!
薬なら少し心当たりがあんだよ。
だからお前はミリアとリベリア連れて一緒にアスペルの坊主の看病でもしてな。
魔喰いなら人には感染らねぇからよ」
ライアスに促されると、ルクシアはミリアとリベリアの手を取って足早に2階へと上がって行った。
「坊主とエドリックは俺の店に来てくれ。
作戦会議だ」
「おや、私は混ぜていただけないのですか?」
「ヘリオ。診断ご苦労だったな。
少々込み入った話になるため、悪いが今回は控えて欲しい」
「…そうですか。
かしこまりました。本日のところはお暇を頂きましょう」
「帰りの馬車は俺のやつを使うといい。
御者に言えば…」
「あぁ、結構。
私はこう見えて歩くことも嫌いではなくてね。
この辺りはまだ来たことがなかったので少し見て回ろうかなと思います」
ライアスの言葉を遮るように口を開くと、ヘリオは恭しく頭を下げて孤児院を後にした。
ライアスは大きく息を吐いたあとにゆっくりと立ち上がり言葉を発した。
「…さてと、俺たちも移動するか」
「…ライアスさん。
さっき心当たりがあるって言ってましたけど、本当に心当たりがあるんですか?」
「あぁ、あるぜ。
少し古いが…まぁ効能は十分だろ」
「………ライアス。
お前、まさかアレのことか?」
エドリックの言葉を受けてライアスは不敵な笑みを浮かべ言った。
「…こんな季節になっちまえば、白葬花は土に還ってるだろうさ。
坊主が採取する事は不可能とは言わねぇが難しいのは明白。
なら、既に作られた薬を使うしかねぇってわけだ」
堂々たる立ち姿なのに、どこか哀愁のようなものが滲んでいた。
この人はきっと、別のどこかを見ている。
「…薬は、俺が持っている。
だが、その薬は俺の命と同じだけの価値がある。
それこそ、王女なんかには勿体なくて使えない程の価値がな。
さぁ、――取引の時間だ」
取引を口にするライアスの目は、いつもの値踏みするような色をしていなかった。
その眼差しは不思議なほど穏やかで、妙に胸の奥がざわついた。




