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ep.27 空の涙

ライアスはその後何を聞いても答えることはなく、ただ淡々と帰り支度を進めていた。

父上もまた何も答えず、早く支度しろとだけ言った。

俺は2階へと登るとミリアたちに少し外出する旨を伝え、最後にチラリとアスペルを見た。

昨日までは不機嫌そうな顔をしてご飯を食べていたというのに、今では粥すら喉を通らないらしい。

部屋を出て階段を降りる。

1段、また1段と降りる度に、悪態をつくアスペルの表情が浮かぶ。


「……何考えてんだか、全然分かんねぇやつだよな…」


でも、だからこそ放っておけない。

それもまた、紛れもない本心だった。




俺がリビングへと戻ると父上とライアスは既に支度を終えていた。

ライアスは俺を一瞥すると、そそくさと孤児院を出て行ってしまった。


「あいつは俺以上に不器用なんだ。

大目に見てやってくれ」


「知ってますよ」


「そうか、なら良かった」


父上もまた歩き始め、俺もその後ろに続いていく。

孤児院を出ると、そこには2台の馬車が停められていた。

そのうち前に停められた方の馬車には、既にライアスが腰を下ろしている。


「行ってあげなさい。

おそらくはカエルムを待っているんだよ」


気まずさはあったが、それはきっとライアスも同じだ。

俺は頷くとライアスの馬車に乗り込んだ。


馬車に乗ることなど慣れたはずなのに、妙に落ち着かない。

重く苦しい空気が長く長く続いたかと思うと、ライアスは膝の上で手を組み直した。


「………俺にはな、妹が居たんだよ」


「…妹さんですか?」


「あぁ、生まれつき体が弱くて走った日にゃすぐに熱を出して倒れたもんさ」


「……魔喰い…ですか…?」


「魔喰いだったのかもしれねぇし…単純に生まれつき体が弱かっただけかもしれねぇ…」


普段とは大きく異なり、歯切れの悪いたどたどしい言葉でライアスは話を続けた。


「…あいつは…ラフェリアはな…。

――白葬花の毒で死んだんだ」


「っ…!」


「言っただろ?葉だけ摘めりゃ薬にはなるが、それを出来るやつは"もう生きちゃいねぇ"ってな」


息を飲んだ。

あの花が危険な代物であることは、自分が一番よくわかっている。

それでも、誰かがあの花で死ぬのだと。

そんな当たり前のことすら、俺はどこか現実のものとして捉えられていなかった。


「俺の持っている薬は、ラフェリアが命懸けで採取した白葬花の葉で作ったもんだ。

…言わば形見みてぇなもんだな。

妹を殺した花の薬を後生大事に持ってるなんざ兄貴失格だと思うか?」


「……いえ」


「坊主は相変わらず甘い男だなぁ…。

そんなんじゃ商売人失格だぜ?

俺が嘘で値段を吊りあげようとしてるかもしれねぇだろ?」


「……そんなことはありませんよ。

ライアスさん、手が震えていますから」


長年の付き合いでわかったことだが、ライアスはその気になれば表情や声色に感情が乗らない。

代わりに、感情はいつも手にだけ大きく出る。

ライアスは優れた商人だ。

しかし、やはりどうしようもなく人だった。


「……あの薬はな。

俺にとっては俺の命と同じくらい大事な代物なんだ。

妹の、生きた証なんだ…」


「……やっぱり、薬は別の方法で手に入れましょう。

俺は…ライアスさんの命の金額は払えません」


「あたりめぇだろ。

誰もお前に売るなんて言ってねぇよ」


「…え?」


「……着いたぞ」


ライアスは会話を無理やり打ち切るように馬車から駆け下り店の中に入って行く。

後方から続く父上の馬車も停止すると、父上がこちらの馬車に顔を覗かせて言った。


「カエルム、行こうか」


「…はい」




店に入るなり、ライアスは奥の応接室を顎で示すと、そのまま自室へと向かっていった。

俺は、父上を連れて応接室へと向かう。

無造作に置かれた白墨と会計処理待ちの書類の山。

何も変わらない。

変わらないはずなのに、どこか遠い世界に感じた。


どのくらいの時間が経ったのか分からない。

周囲には既に夜の帳が降りており、少し冷たい月光がこの部屋を淡く照らしている。

俺と父上は何も話さなかった。

否、話せなかった。

重く冷たい空気が口を開こうとする意志を削いでいくのだ。

悠久のように長い時間。

ただひたすらにライアスを待ち続けているとようやく扉が開いた。


「…ライアスさん!遅……」


いつもの硬い表情とは裏腹に、ライアスの目尻は真っ赤に染まっていた。

それだけで、これほど長い時間何をしていたのかを察してしまった。


「…すまねぇ。

随分長いこと待たせちまったな」


「いや、良いんだ。

元々今日はなんの予定もなかったからな」


「………そんなことより、これが薬だ」


父上が穏やかに言葉を返すと、ライアスは少し顔を逸らした。

そして、ほんの少し間を置いたあとに彼は懐から小瓶を取り出した。

ライアスがぽんと机の上に置いた小瓶。

そこには少し茶色い粉末が入っていた。


「これが…白葬花で作った薬…?」


「…かなり古いものだが、まぁ子ども1人の治療には問題ないはずだ。

少し効きは落ちてるかもしれねぇがな」


「…ライアス。いいのか?

これはお前の…ラフェリアの遺品…」


「あーあー!うるせぇなぁ!

いいんだよ!もう踏ん切りはつけてきたんだ。

今更ごちゃごちゃ言うんじゃねぇ!」


父上の言葉を振り払うように、ライアスは大きく手を振った。


そして、

――ライアスは綺麗な所作で膝を付く。


普段の態度からは考えられないその姿勢に、俺は目を疑った。

そんな俺のことなど一瞥もせず、ただゆっくりとライアスは父上に頭を下げて告げる。


「過去の…"取引"をここで精算させて頂きたい」


「過去の…取引…!?」


反射的に父上の顔を覗き込む。

苦笑とも取れる硬い笑みを浮かべた父上は、それでも優しくライアスを見つめていた。

2人にしか分からない世界の言葉で話をしている。

そんな不安感で胸が裂けそうだった。

そんな俺を置いて、ライアスはさらに続ける。


「エドリック様に拾っていただいたこの命の代価。

どうか、ご子息の為にご活用頂きたい!」


「…ライアスやめてくれ。

息子の…前なんだから」


「…どうか。お願いいたします」


「……わかった。

お前の気持ちとその代価、しっかりと受け取る。

だから、"いつも通りにしろ"」


「……はい」


父上の声音は優しかった。

けれど、その語尾だけは妙にはっきりと耳に残った。

その言葉を聞き届けたライアスは、ゆっくり立ち上がると首を鳴らし伸びはじめた。

先程までの態度とはまるで別人である。

やはり、この2人の間には俺の知らない何かがあるのだろう。

そう思わずにはいられなかった。


「あの…お二人の関係って…」


「そうだな…。

簡潔にいえば、元主人と元従者だ」


「違ぇだろ。

親友だ。それ以上でも、それ以下でもねぇよ」


「違いないな。

…そうだ、そんなことより、早くあの子に薬を飲ませるといい。

こうしている間にも熱で苦しんでいるんだろ?」


「…たしかに。

そうですね…孤児院にすぐに戻ります」


父上から薬を受け取ると、俺は帰り支度をはじめた。

言いたいことも聞きたいことも山のようにあったが、アスペルが心配というのは間違いない。

モヤモヤとした気持ちを堪え、部屋を出る前にただ一言だけつぶやく。


「…いつか、教えてくれるんですよね?」


「それはもちろ…」


「いいや、教えない」


ライアスは父上の言葉を遮るように言葉を重ねた。


「いいか?この際だから言っといてやる。

人にはな、知られたくねぇ傷のひとつやふたつあるもんだ。

お前は優しさのつもりで首突っ込んでんだろうが…

"分かる"みてぇな面されるのが一番腹立つ時もある。

全部自分の傷みてぇに背負えるなんて自惚れんな。

他人(ひと)には他人(ひと)の傷があんだよ」


「……ご忠告どうも」


言葉の一つ一つが妙に胸に刺さって、だからこそ腹が立った。

俺は逃げるように扉を閉めて孤児院へと戻る。




リベリアの時と同じように、ライアスの店からプレゼントを孤児院に持ち帰る。

だと言うのに、心は全く晴れやかではなかった。


「あ、雪…」


空から白く冷たい光が落ちていく。

それは、まるで空が泣いているようだった。

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