第90話 凶悪な飛来物
黒衣のゴブリンはオレ達に思考する時間を与えず、手にした杖を振り下ろした。
すると上空で激しく燃えていた極大火球が、オレ達に向かって襲い掛かってくる……速い!こんなもん避けられるかっ!と脳内で悪態をつくが、さすがにこればかりはどうしようもない。
猫が大盾を構えているのが視界の端に見えるが、その表情は暗かった。猫も分かっているのだ。極大火球の直撃を食らったらただでは済まないということに。
オレも諦めにも似た気持ちを持ちつつも、後ろへ飛んでデカい身体を出来るだけ小さく縮めて着弾を待った。今回ばかりは、正直これで死んでも仕方ないと思える状況である。
だが……極大火球は何故かオレ達に着弾すること無く横へ逸れた。《ノスド採石場》の広大な大地と、極大火球の衝突による爆風と衝撃だけが周囲に牙をむき、オレと猫は少しだけ吹き飛ばされた。
「どういうことだ?」
普通に考えて、あれだけ完璧な間合いで放たれた極大火球がオレ達を捉えられない訳がない。何か理由がある筈だ。
今更慌てて逃げ隠れしたところで何か事態が変わるとも思えなかったので、オレは堂々と黒衣のゴブリンの様子を確認する。すると、どうやら奴にとっても想定外の事態が起こっているようだ。明らかにオレ達以上に黒衣のゴブリンが慌てている。
理由は分からないが、これは恐らくチャンスだ。
オレはクロスボウに標準弾矢をセットして黒衣のゴブリンに狙いをつけた。しかし……
「ファクトさん!左!回避だどっ!」
猫の声でハッとしたオレは、警告通りに左を確認した……それだけで本能的に肌で感じられるほどの脅威が迫っているのが感じられるほど、恐ろしい威力を持った何かが勢いで飛んでくる。
咄嗟にオレは再び身体を縮めたが、そのこと自体にあまり意味は無かった。
脅威はオレ達と黒衣のゴブリンの間に着弾し、激突の衝撃で発生した無数の瓦礫がオレ達に襲いかかってくる。猫のサポートのお陰で、オレ達は致命的なダメージを食らうことなくやり過ごす事が出来たが、黒衣のゴブリンはそうはいかなかったようだ。
大量の瓦礫の全身で浴びてしまった黒衣のゴブリンは、全身をピクピクと痙攣させて倒れている。
何だか申し訳ないがこれはこれでチャンスなので、オレは標準弾矢の一撃でトドメを刺しておいた。
実際、復活されて戦闘開始されても手に余る敵なので厄介そのものであることだし……な。
「で、この岩石の弾丸はなんなんだ?どっから飛んできた?」
「さぁ……?」
飛来する速度と威力から想像するに、恐らく最初の極大火球の軌道を逸らしたのもこの岩石の弾丸なのだろうと想像する。
よく周囲を観察すると今も岩石の弾丸は飛来し続けており、採石場のいたるところに岩石の弾丸は着弾し続けていた。
つまりたまたま2回こちらの方に飛んできたというだけである。
正確に岩石の弾丸……岩弾が発射されている場所は、オレ達から見て左奥……つまり、オレが最初に目印にしていた筈の『岩山』があったはずの方角である。ここから《ノスド採石場》の至る所へ飛んで行ってるのが分かった。
とりあえず、オレ達が特に狙い撃ちされているというわけではなさそうだということ、それが分かっただけでも収穫だ。
とは言っても、岩弾は自然災害のような破壊力がある。
今のところものすごく注意しなくてはならない脅威というわけではないが、結果として先ほどのようにたまたま飛んできたら『大惨事』になる。
やはり早々に《ノスド採石場》を撤退すべきだろう。
心なしか岩弾の飛来する頻度が上がってきている気もする。
「ガドル。急いでここを離れよう」
「賛成だ!」
猫とオレがお互いに頷いて、逃げを打ったその瞬間だった。
『グワォォォォォォォン!!!!』
《ノスド採石場》全域に響き渡るような怒号にも似た雄叫びが上がる。同時に採石場の大地が激しく揺れた。
岩弾の飛来元を震源地とするこの地震は、遠く距離が離れているはずのオレ達のところまで『細かな振動』として伝わってくる。……そして。
飛来する岩弾の数と頻度が圧倒的に増した。
オレ達の近くに着弾してはいないものの、進行方向を含め周囲で岩弾が着弾している。その数は、先ほどまでと比較して倍どころの騒ぎではない。オレ達の目掛けて飛んでくるのも時間の問題だ。
「ヤバイ!これはヤバすぎるっ!」
「来ただっ!」
猫が声を上げて大盾を構えた。
オレ達目掛けて真っ直ぐ飛び込んでくる軌道で岩弾が飛んできた。綺麗に回避出来る時間も猶予も無い。
「くそっ!」
オレも付近の岩陰に身を隠した……が、もともと遮蔽物のあまりない場所なので、身を隠すには小さすぎて隠れられていない。
「がふっ!!」
「ガドルッ!!」
岩弾は大盾を構えた猫に直撃した。
オレの脇を吹き飛ばされた猫が通過していく。その場に残された大盾はグシャリと潰れ、原型を保っていなかった。
慌てて吹き飛んだ猫のところに駆け寄ると、あの岩弾の一撃で猫が絶命していた。スキル《鉄壁》を持つ猫が、大盾で受けても耐えきれない威力だということだ。
オレはすぐにルーテリアで手に入れたばかりの蘇生液を使用して猫を蘇生し、回復薬中を使って体力を回復させる。
ただし、蘇生直後は体力は回復していても瀕死ステータスとなった猫は、しばらく自分で行動出来ない。だが今はそのしばらく程度の時間が致命傷となる。
オレは『ブーストLV2』でドーピングをした上で、猫を抱えると、《ノスド採石場》の所々にある縦穴……採石坑を目指して全力で走った。薄い記憶だが、確か入り口付近にも合ったような気がする。
《ノスド採石場》に存在する採石坑はあまり数は多くないので、どこでも身を隠せるという訳にはいかない。それでも、今はあの穴に籠もってやり過ごすしかないと思う。
採石坑に到着するまでの間、オレ達目掛けて岩弾が飛んでこない保証などどこにもないが、待ってようが走ってようが岩弾は襲ってくる。
オレは薄めのリアルラックに天運を任せ、とにかく入り口付近にある採石坑を目指した。
「見えた!あそこだ!」
ぐったりとしてまだ動かない猫に声をかけつつ、深さも分からない縦穴の採石坑へと飛び込んだ。直後、ゴオッ!と風を切る音と共に、直前までオレが走っていた場所を岩弾が通過する。
そして着弾と共に轟音が響き渡った。間一髪である。
「痛たた……」
足元から小さな悲鳴が聞こえる。
夢中で飛び込んだ採石坑には先客がいた。
というか、オレ達が飛び込んだことで先客を押しつぶしてしまった。先客パーティがクッションになったおかげでオレ達にケガはなかったが、非常に申し訳ないことをしたようだ。
「すまない。緊急事態だったので確認もせずに飛び込んでしまった。大丈夫か?」
「あ……もしかして、ファクトさんですか?」
ん?知り合いか?
オレは視線を上げた。そこにいたのは……ランスロットだった。
「ランスロット……あ、ということはオレの下敷きになったのは?」
「きゅぅぅ……」
オレのケツの下でつぶれていたのはドワーフの探索者ミアだった。ちなみに猫の下敷きになっていたのが小人族のティアナだ。どちらもランスロットのパーティメンバーである。悪いことしたな。
懐から回復薬中を取り出したオレは、押しつぶしてしまった二人に渡した。ミアはしばらくむくれていたが、ランスロットとティアナは『状況的に仕方ない』と考えてくれているようだ。
「あれは……あの岩弾は何なんだ?もし事情を知っていたら教えてほしい」
オレは猫の様子を確認しながら、ランスロットに尋ねた。
ルーテリア出身でもあるし、おそらくは同じように岩弾の飛来から身を守っていたはずの彼らなら、事情を知っていると思ったからである。
「あれは、ここ《ノスド採石場》のボスである岩喰いの流れ弾ですね……」
「岩喰い?!しかも流れ弾?そういうレベルなのか?あれは」
やっと回復した猫と共に、オレは言葉を失ってしまった。




