第87話 岩魔鷲
オレの貫通弾矢一撃で群れの一角を崩された鳥魔物は、一斉に距離をとって散けた。一斉に攻撃を食らわない作戦のようだ。
「ち。無駄に賢いな。エルナが居たら魔物の鑑定をしてもらうとこだが……採石場の鳥だからストーンバードとかロックバードとかそういう名前かねぇ」
舌打ちをしたオレだが、先ほど倒した鳥(とりあえずロックバードと呼ぶことにした)のドロップアイテムとして、『鳥の羽』が落ちていることに気づいた。しかも、六羽倒したから六つとかそういった数ではない。一羽からいくつドロップしているのか分からないが、少なくとも倒した数以上に落ちていることは間違いない。
以前、鳥の羽を得るためにアカシアの街近郊で鳥狩りをしたが、比較にならないドロップ率である。
このドロップ率ならいけるかもしれない。
オレは岩鳥を倒した後に残っていた鳥の羽をかき集めると、入手したばかりのブロンズインゴットを使って標準弾矢の調合を開始した。完全に時間との戦いである。この間にも散開した岩鳥が、オレ達目掛けて急降下を開始してきている。
「ガドル!サポートしてくれ!」
猫は、何をしようとしているかを確認せずにオレと岩鳥の間に入って、盾を構えて迎撃体勢をとった。するとそれだけで岩鳥に動揺が走る。
恐らく、これが賢いが故の弱点だ。先ほどの大打撃のイメージが岩鳥の脳裏にこびりついているに違いない。
猫に作って貰った時間を有効利用して、とりあえず10本の標準弾矢を調合し終えると、すぐにクロスボウにセットした。そして航○自○隊ブ○ー○ンパ○スのアクロバット飛行のごとく上空で飛び回っている岩鳥の一羽に狙いを定める。
……流石に遠い。オレはすぐにクロスボウを下ろした。
オレの射撃はスキルの力で確率操作した武器ではあるが、遠すぎるとオレが狙いを定められない。弾矢自体にポテンシャルがあっても、狙えないのでは意味が無い。であれば、オレ達目掛けて襲いかかってくる瞬間こそがチャンスだ。
壁を背に陣形を組んでいるオレと猫に、後方から攻められる隙はない。だが、上と左右は別だ。
猫の盾を警戒した岩鳥は、オレの背後を除く上空全方位に展開して一斉攻撃を仕掛けてきた。
何故か先ほどより岩鳥の数が増えている気がするが、よくあることなのでこの際気にしない。
勝てるならただの獲物だ。獲物が増えるのは喜ばしいことである。……勝てるのなら。
正直、今のところ微妙だ。
『負け』が濃厚であった最初と比較すると、勝利する可能性は確実に上昇した。だが、まだ五分だとオレは考えている。岩鳥に対して標準弾矢がどの程度効果があるかがわからないからだ。
威力次第では実績のある貫通弾矢に頼らざるを得ない。が、残念なことに貫通弾矢の在庫はあと五本あるかどうかである。
正直、敵の数と比較すると全く足りていない。
調合レシピがなく、今のところ蜂のレアドロップアイテムである貫通弾矢にしか頼れないという時点で敗色濃厚になってしまう。何とか標準弾矢で乗り切りたいところだ。
そういう意味では数に物を言わせた岩鳥の戦法は、今のオレ達に対しての最適解である。恐るべし魔物AI。
「ガドル!前方、上空を中心に左寄りの敵を任せた!オレは右のをやる!」
「了解だ!」
猫は、大盾の向きを変えずに左手で構え直すと、腰に差したハンマーを取り出した。確かあのアイアンハンマーには攻撃力がほとんどない。その代わり、敵の制圧……無効化のために有効な特殊効果がついていた筈だ。
ちゃんと猫に考えがあるならこれ以上の干渉は不要だ。オレはオレのすべきことをすればいい。
オレは右前方方面から迫る岩鳥の一羽に狙いをつけて標準弾矢を放った。
『クァ!』
クロスボウから放たれた作りたての標準弾矢は、岩鳥の頭部に正確に着弾して吹き飛ばした。着弾した瞬間、岩鳥から小さな悲鳴が上がったが、頭部を失った岩鳥はそのまま地面に落ちた。
イケる!
標準弾矢の威力に確かな手応えを感じたオレは、次々に標準弾矢をクロスボウにセットして放っていく。
一発だけ頭部を外してしまったが、それ以外の射程距離に入った右翼側の岩鳥は全て標準弾矢で仕留めた。良い感じだ。
手元の標準弾矢10発を撃ち切ったところで『ブーストLV2』を使う。ドーピングで身体能力を上げて何をするかと言えば、当然のように素材回収である。
撃ち落とした岩鳥が大量にドロップした『鳥の羽』を元手に、猫に守られながら標準弾矢を調合すると、クロスボウにセットして岩鳥を仕留めていく。
時間は少し掛かったが、襲いかかる岩鳥をなんとか倒しきる事が出来た。
残念ながら数羽の岩鳥を逃がしてしまったが、最初の数からやはり増えていたようで、倒した数自体は襲われた数より多い。結果だけ見れば大勝利であり、ついでにこの戦いでオレの武器が増強されたと言って良い。
「オラの実入りが少ないだ。あんまりさっきの鳥とは戦いたくないだ」
猫が愚痴っぽく言うのも無理はない。
あまり目立たないが、オレが撃ち落としていく岩鳥以外の敵の攻撃を、全ていなして無効化してくれていたのは猫である。にも関わらず岩鳥は大量の『鳥の羽』しかドロップしないので、オレは良いが猫には敵を倒したことによる経験値しか旨味がない。しかもオレや猫は生産職であるため、戦闘はLV上げの要素としても弱いからだ。
ドロップ品が美味しいアイテム《もの》でないと、苦労だけして報われていない気になるのは当然のことだ。
「まぁ、今回に関しては仕方ないな。故意に狙ったわけじゃなく襲われた結果だし……」
「おぉ!お前らマジか?途中から見てたが、岩魔鷲の群れを本気で二人で撃退してるとはよ」
オレ達の頭上から聞き覚えのある声がした。
だが、この声にあまりいい印象がない。背にしていた壁からゆっくり離れたオレは、声のした岩壁の上の方に視線を向けた。
後ろの岩壁の上から姿を現したのは、見覚えのある巨躯で粗野な鬼人……グレンだった。
「久しぶり……こんなところまで何の用だ?」
「はっ!ご挨拶だな?別にお前らに用はねえよ。たまたま通りがかったらよ?岩魔鷲の大群に襲われている哀れな連中がいたもんでよ?全滅したところで、ありがたく装備を拝借しようと隠れてたら、アテが外れたってだけだ」
随分な理由でウォッチされていたものだ。
心底勝てて良かったと思う。こいつに猫製の装備はもったいない。
「悪かったな。勝っちまって」
「ホントだよ、全く。完璧にアテが外れた。正直勝てると思ってなかった……ていうか戦ってたのがお前らだとも思ってなかったがよ。あの数は、さすがの俺達でもあの数は厳しいからな、不用意に近づく訳にもいかねえしよ」
俺達……か。
鬼人以外に冒険者の姿は見えないが、死角に控えているんだろう。
「……やなヤツらだな。オラ嫌いだ」
猫が露骨に嫌悪感を示した。……顔が猫だから分かりづらいが、猫の微妙な表情の変化がオレには分かる。
「ん?……そっちの猫にも見覚えがあるな?確かモルトの戦士ギルドで見たわ。鍛冶職ってんでまるで相手にされて無くて笑ったが、なかなか戦えるんじゃねーか。鍛冶も捨てたもんじゃねえな」
「オラは虎だど!!」
冷静に考えると、わりといつものやり取りなんだが猫の反応が荒々しい。そうとう鬼人がお気に召さないようだな……ま、オレもだが。
「どう見ても猫じゃねえか。ま、そんなこたどうでも良い。岩魔鷲の大群を制圧出来るだけのお前らに相談がある。どうだ乗らねえか?」
鬼人がニヤリと笑った。




