第73話 再会
「あれ?ファクト!ここで何してんの?」
第二階層からの階段を上りきる辺りで、聞き慣れた明るい声がオレを呼んだ。この声はもちろんエルナだ。
「あぁ。ギルドへ行こうと思ったんだが、穴蔵の店のクエストのようなものが始まったんで、ちょっとそっちをやってみようかと……エルナは今来たとこか?」
「そだよ!猫さんのアドバイスを守って、一回落ちてお手洗いに行ってきたの。そのあとですぐに来たけど、ちょっと遅れちゃった。私もまずはギルドへ行こうと思って……」
そうか。そう言えば猫の奴、そんなこと言ってたな。
前回はイズダテからの通信があったから気づいたんだが、今回は連絡がない。前回の間隔から考えるとそろそろ一報来てもいい頃なのだけど。
「そうか。オレもクエストこなす前に一回行っとくか」
「私はその方がいいと思う!結構やばかったもん。無理するとファクト漏らしちゃうよ?」
乙女がなんてことを言うんだ。……いや別に言ったっていいわけだけど。
エルナが言うか言わないかはともかくとして、リアルで一大事を迎えてしまうわけにはいかない。今のうちにオレも行っておくことにしよう。
「わかった。オレもちょっと行ってくる。……で、話は変わるんだが、そこ下りると多分エルナもイベントのようなものが始まると思う。まあ先にやっててくれていいけど……」
「そうなの?う~ん。でも、それより私はギルドで報酬貰いたいんだよね。きっとファクトの役に立つスキルが貰えそうな気がするんだ!」
相変わらずの根拠のない自信だが、エルナはそれでいい。オレにはない彼女の長所だ。
「順番は好きにすればいいけどな」
「じゃ!行ってくる!」
タッタッタとエルナが階段を駆け下りていった。元気なもんだ。
オレもササッと野暮用を済ませてこよう。クエストを依頼されたNPCオジサンのことは一旦忘れて、オレはアリスの待つ住宅エリアへと戻ることにした。
……
Side エルナ
ふふっふ~ん!ほ~しゅ~♪報酬♪
一回ログアウトして時間が結構ズレたはずなのに、ログインしてすぐにファクトに会えるなんて幸先がいい!私は鼻歌交じりに階段を下りていく。歌のセンスは気にしないで。
今の私の頭の中は鬼霊討伐報酬のことでいっぱいだ。『穴蔵の店』のクエストが始まるかも?ってファクトは言ってたけど、報酬の方が大事よね?クエストなんてあとでいけばいいし!
報酬の受け取りだっていつでも良い筈だが、エルナの考えることなので気にしてはダメである。彼女の優先順位に根拠なんてない。何故なら完全にその場に気分次第なのだから。
ともあれ、そんなことを考えながら上機嫌で階段を下りきったエルナ。するとファクトの時と同じように、エルナの側にあのNPCのオジサンが現れた。やはり同じようにロックオンしながらゆっくりと近づいてきていたようだ。
『おぉ!貴方は冒険者ですか?一つ……』
「なになにっ?!なにかくれるの?一つなんでも欲しいものを……って。うーん!悩むぅ」
『あ……いや、あげるとは一言も言っておらんが』
ファクトの時の芝居がかった台詞や雰囲気はどこへやら。マイペースで話を聞かないエルナに何故か素に戻ってしまってるAIのNPCオジサン。このNPCオジサンに搭載されているAIは少しアドリブに弱そうである。もっともAIに素の性格なるものがあるのかはわからない。
「なんだケチだなぁ。私はこれからギルド行かなきゃいけないから忙しいのよ?」
『え……あ、だからその。実は私は街を渡り歩く行商なのですが』
「そうなの?でも私いまは何も買わないよ?また今度ね?!」
強引にイベント用の台詞を混ぜ込んできたNPCオジサンであったが、エルナには通じなかった。
イベントを提供出来ずに、去って行くエルナの背中を寂しそうに見つめるNPCオジサン。
『はぁ……素直に話を聞いてくれない冒険者はこれだから面倒だ。また同じ会話で始めないといけないのか……』
人間臭く落ち込むAIのNPCオジサンであった。
一方で、残念ながらイベントが発生しかけたことに全く気づいていないエルナは、その後NPCオジサンのことなど気にとめる様子もなく、目的地である戦士ギルドに向かって真っ直ぐ歩き、その場をあとにしたのだった。
……
Side ファクト(鈴木徹也)
ふぅ。いやぁ危なかった。エルナの言葉じゃないがマジで漏らす直前だった。
イズダテから連絡がないと思ったら、不在にしていたようだ。少なくとも今、部屋の中にはオレ以外の気配はない。
しかしそれでもずっと不在にしていたというわけではないようだ。というのも、オレは前回ゲームにログインするときにドームの蓋を閉じた覚えはなかったが、戻ってきたらちゃんと閉まっていたからだ。ご丁寧に近くのローテーブルに書き置きがあり、一人でログインするときの注意点が簡単に残されている。
だんだんと記憶が蘇ってくる。
そうだ、ログインするときのやり方がわからなくて適当に押したら記憶を失ったんだっけ。
イズダテの書き置きを手に取って読むと、どうやらドーム内にちゃんとスイッチがあるらしい。……まあそれはそうだよな。
お手洗いから戻る途中で、リビングに用意されていた茶菓子を一掴みすると、口に運ぶ。そういえばゲームに熱中していたせいで飯も食っていない。もう少し食べておいた方がいいだろうか?
少し悩んだオレは、もう一掴みだけ頬張ってから戻ることにした。
アリスの心地よい声でイルグラードで目覚めたオレは、ルーテリアの市街に戻った。
さっきログアウトしてからどのくらい時間たったんだろ。結構すぐ戻ったつもりなので、イルグラード時間で1、2時間というところだろうか。フレンドリストを確認するとエルナは元気にログイン中だ。猫はとっくにいない。もうリアルで寝てるのだろうと思う。
それはそれとして、オレはどうしようか。
って、NPCオジサンのクエストをちゃんと進める……のがいいよな。でも上層の街をのどこを捜したらいいんだろ?捜したフリして戻っても……ダメだよなぁ。
ブツブツいいながらオレは住宅エリアからルーテリアの中央広場まで戻ってきた。オブジェの裏から下りれば下層街だが、それでクエストが進むかどうかはよく分からない。とにかくいろいろ歩いてみるしかないんだろうが。
ふぅ。と一息ついて市街の商業区画側へ向かおうとしたその時であった。
「いたぁぁぁっっっ!見つけた!」
甲高い声がオレを襲った。どこかで聞いたような気がする声だが……。
声のする方を振り向くと、必死の形相で走ってくるエルフの女性がいた。あれは……
「なんだ。るー坊か」
「るー坊って呼び方はよせぇ!あたしはるージュ!って、よくも置いてきぼりにしてくれたなぁ!」
置いてきぼり?そんなことをした覚えはない。ちゃんと『ルーテリアに向かう』って伝言だって伝えてきたし?伝わってないのか?
「ハァ……ハァ……」
オレのところまでやってきたるー坊。どんだけ息切らしてんだ。確かネカマ疑いがあったはずだが、ハァハァ言ってる姿が色っぽいのは反則級だ。
「置いてきぼりになんてしてないだろう?伝言聞いてないのか?」
「ハァ……伝言……ハァ。あんなん伝言じゃないよ!だいたいルーテリアなんて街がどこにあるかなんて知らなかったんだから!」
恨み言のように文句を言うるー坊。まあちょっと言葉足りなかったかもしれないが。……ちょっとじゃないって?
「まあでもほら、こうしてここに到着出来てるじゃないか。結果オーライってことで!」
「結果オーライじゃないよぉ!ぜぇえったい手伝ってもらうからね!」
「ん?なんの話だっけ?」
「上級職クエスト!」
あぁ。そう言えばそんなこと言ってたな。それでクロスボウを貸して欲しいとかなんとか。鬼霊のせいですっかり忘れていたよ。
そのあとオレはしばらくの間、るー坊の恨み言をじっくり聞かされてしまったのだった。




