第68話 ファクトたちの素材採集
オレ達はランスロットパーティと一緒に、ルーテリアへ方面への《あやかしの森》の出口を抜けた。と、そこでまずオレ達は驚いた。目の前に広がるその圧倒的な景色に……である。
文豪の有名な冒頭の下りに『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』という一節があるが、それに近い言葉をオレは思い浮かべてみる。
『長く暗い森を抜けると山岳地帯であった』……うん。いまいちだ。いまこの場で伝えたい目の前の景色を伝えることが全く出来ていないので、これは却下だな。
改めて目の前に現れた景色を観察する。
そびえ立つように切り立った岩壁が連なる山脈が迫っている。前方を見渡す限りその山々が延々と続いており『人の介入を許さない』という圧倒的な自然の意思が感じられる……ような景色であった。
ただしこの世界は、そもそも自然ではなく人の手によって創られた世界であるからして、恐らくこの山脈が『フィールドマップの北の果て』ということなのだろうが、そんなことをいったらこの雰囲気は台無しである。
……思ってしまったら同じか。反省しよう。
周りを見渡すと、こんな風にピュアさを完全に失った考え方をしているのはオレだけのようで、エルナも猫も岩壁山脈を見て言葉を失っている。エルナに至っては胸の前で手を組み、目を潤ませている。どう見ても感動しているようだ。若いっていいな。
「やっぱり驚きますよね?!ボク達はルーテリアからスタートしていつも見ている景色ではありますが、ログインして最初に見たときに圧倒されました」
「私もです。凄すぎですよ。デザインはロシアの山脈からでしょうか?」
「あたしはもうなんとも思わないなぁ。日常になっちゃったしぃ」
よし。ランスロットパーティにもオレと同類に近い黒さのあるプレイヤーがいた。この山脈を見て『地球のどこを参考にデザイン』……なんて思考にいくのはオレと近い証拠だ。見た目の可愛らしさに騙されるだろうが、彼女はオレと同類だ。間違いない。
一方でランスロットは純粋な心の持ち主のようだ。エルナに近いな。思ったより若いのかもね。
ミアは……マイペース。全くブレていない。
「凄い……最高だよ!モルトの城壁も凄かったけど、ルーテリアの山岳地帯とか超感激!来て良かったぁ!」
「え、そんなに凄いの?ボクも行ってみたいなぁ!」
「戻るとき一緒に行こう?」
「いいんですか?ありがとうございます!」
おいおい。
オレを通り越してエルナとランスロットが決めちゃってるけど、ま、悪い提案ではない。ある意味それでもいいと、元々考えてはいたが、折角ルーテリア地方にに来たのにモルトにとんぼ返りとかはヤダぞ。
「エルナ。どっちにしてもしばらくルーテリアに滞在するから、モルトに一緒に戻るって言ってもしばらく先の話だぞ」
「ファクトさん!勝手に話進めてごめんなさい。大丈夫です。ボク達まだまだこの辺で鍛えなきゃいけないので」
まあ、それならちょうどいいか。
ランスロット達のレベルが追いついてくるのをゆっくり待つつもりは全く無いが、ルーテリアで採取出来る素材にとても興味がある。山岳地帯と言うことは鉱石とかありそうなわけで、オレが捜し求めていた『クロムインゴット』の材料となる鉱石が手に入るかも知れない。そうなれば……
ふふふ。颯爽と銃を構えて魔物を仕留める自分の姿をイメージする。思わずニヤニヤしそうに……。
「ファクト?どうしたの?ニヤニヤして。なんかいいことでもあった?私にも教えてよっ!」
おっと……手遅れだったようだ。オレのポーカーフェースはエルナには通じなかったようだ。
「ん。あぁ。ずっとクリア出来ずにいたクエストの素材が、この辺で手に入れられたらいいな。ってね」
「へえ?本当かなぁ」
訝しげなエルナ。
まあ銃のことは、入手出来てからのお楽しみだ。突然使った時の彼女の反応が見たい。
「はぁぁ……」
と、ここで猫のため息が聞こえてきた。
そう言えば先ほど絶句してから、猫の発言を聞いてない。まさか今の今まで感動していたのだろうか。そうだとしたら相当な感激屋……感激猫さんだな。
「どうした?ガドル」
「あぁ、ファクトさん。いやあオラは感動しただ。果てが見えないと思っていただが、やっとマップの端にたどり着いた気がしただよ。人間の力って凄いだなぁ」
前言撤回。
ガドルはやや黒だった。エルナやランスロットとは異なるところで感動しているあたり、どちらかというと猫もオレ寄りだな。
「そろそろ街に行きましょう!もう見えているんです。ほら、あそこです!」
ランスロットの指す山の麓……そこには確かに集落のような建物群が見える。
なるほど、あそこがルーテリアの街なんだな。オレ達はランスロット達と共にルーテリアの街を目指して歩き始めた。
……
「ねぇ……いつになったら着くの?」
最初に音を上げたのはミアだ。
何に音を上げたのかって?……もちろんオレ達ファクトパーティの足の遅さである。オレ達はどこでもブレないのだ。いや、むしろルーテリア地方という新天地に来たからこそ悪化しているとも言える。
視界に採取出来る素材アイテムが見つかればフラフラとそちらに歩いて取得するオレ。
献身的なオレの手伝いを理由にアイテムが落ちているのを見つけては拾いに行き、ついでに魔物を見つけて戦闘するエルナ。
モルト周辺と違って山岳地帯であるからか、これまで以上に鍛冶素材を拾えることに興奮して積極的に採集する猫。
生産職中心のオレ達にとっては当たり前の行動パターンなのだが、一般の戦闘パーティであるランスロット達にとっては退屈そのものに違いない。ミアは最初エルナについて一緒に自由な戦闘開始を楽しんでいたが、ほとんど前進することなく延々と採集&戦闘を続けてるオレ達に飽きてしまったようだ。
「えっと……ファクトさんたちのパーティって、いつもこんな感じなんですか?」
聞きづらそうに、でも聞かなければという使命感すら感じるランスロットの問い。すぐ隣にはティアナも控えている。
ミアほどあからさまに態度に示している訳ではないが、生産職でない彼らは流石に辛いようだ。それにオレもやっと気づいた。戦闘職であるエルナが積極的に素材採集を手伝ってくれることに甘えていたが、エルナはオレに献身的なだけであり、戦闘職のみんながそうであるわけではない。
「あ……あぁ、いやまあいつもの通りだな。オレとガドルは生産職だし、こうして素材採集するのは立派なプレイ行為なんだよ。エルナは積極的にオレ達を手伝ってくれているだけで生産職ではないけどな」
オレの声が聞こえたか、少し離れたところで敬礼ポーズをしてみせるエルナ。
「だども、確かに案内のランスロットさん達に迷惑を掛けてしまってただな。オラ達は採集出来るアイテムの違いに興奮してただが……」
猫もちょっと申し訳なさそうなトーンになりつつある。
「分かった。少し名残惜しいが、どうせしばらく滞在するんだ。いくらでも後で採れるはずなので、今はランスロット達の為にルーテリアの街に到着することを優先しよう。いいね?」
「「りょうか~い」」
エルナと猫の緩い返事が返ってくる。
「……名残惜しいって。まだ採るつもりだったんですね」
ティアナの呆れたような声がしたが、オレは聞かなかったことにした。




