第69話 調整か?
「あぁぁぁ……疲れた。戻ったぞ」
大きく伸びをしながら雑然としたオフィスルームへ主任が入ってきた。
「あ、主任お疲れ様です。戻ってきたんですね?どうでした?中の様子は?」
相変わらずハキハキした声で元気に主任を迎える栗枝。
「とりあえず悪くはないな。仕事じゃなけりゃ、俺もしばらく潜っていたいくらいの快適さはある。それにしても……栗枝、お前元気だなぁ。俺が入っている間、ずっと起きてたんだろ?ちゃんと休めよ?」
主任が女性スタッフ……栗枝の方へ視線を向ける。
「大丈夫!ここは私にとって天国!サービス監視とか天職ですよ!遊んでるのと何も変わらないですし」
「それはそれで問題なんだけどな」
首をコキコキ言わせながら、主任はどや顔の栗枝のもとにやってきた。
「で、栗枝は俺のプレイの監視してたのか?見てたんなら俺が何を思ってるか大体分かるな?」
「主任、顔が近いです。セクハラです」
「……相変わらずいちいちうるせぇヤツだ。んなこたぁ今どうでもいいだろ?質問に答えろ」
はぁ。とため息をついた主任は栗枝から離れ、すぐ近くのロッキングチェアに身体を預けた。ギシっと少しだけ椅子のきしむ音がする。
「えぇ?主任のプレイなんて見ても面白くないじゃないですか。全く見てませんよ?」
「んだと?ちゃんと仕事しろよ」
栗枝のあっけらかんとした答えに主任は苛立ちを隠そうともせず、主任は胸ポケットから取り出した煙草を咥えて火をつけようとライターを手に取った。……と思ったが、ライターは栗枝によって奪われていた。
「オフィスは禁煙です」
「ったく、かてぇこと言うな。お前と違ってちゃんと仕事してきてんだよ」
「私も仕事してましたよ?とにかくオフィスで煙草はダメです。吸うなら外行ってきてください」
栗枝は主任から奪ったライターを返すことなく自席のデスクに向かう。
「そんなことよりですね、そろそろ次のシフトが来るんですから、私達は引き継ぎ用の報告書まとめないといけないのは分かってますよね?私は主任のプレイ所感も合わせて報告しなきゃいけないので、それを教えて下さいね?」
栗枝が全力の作り笑いを主任にふりまく。どっちが上司だかわかりゃしない。
「……じゃあちゃんと俺のプレイを観察しとけってんだ」
「主任がプレイしているところを私も一緒に見てても仕方ないですよね?私が別のところを見ていれば、情報量が増えますよね?いいから……早く報告を下さいね?」
栗枝の作り笑いは止まらない。何より目が笑っていない。
「そんなに人に冷たくしてたら、嫁のもらい手がみつかんねぇぞ?」
「セクハラも結構です。早く」
「っち。わあったよ」
とりつくシマもない栗枝。ため息をつく主任だが、残念なことに栗枝の主張の方が概ね正しいのだからどうしようもない。
「じゃあ言うぞ?盗賊を中心にステータスに調整が必要だ……と思う。元々強めにステータス設定してるが、ちっと強すぎるな。例のヤツにお嬢をぶつけてみたが、強さの次元が違いすぎてどうにも相手にならん。あれじゃ一般プレイヤーは完全に蹂躙されて終わりだ。よって調整が要ると考える」
「盗賊の調整ですかぁ?でも噂のヤツだけじゃないんです?強いのは?」
主任の発言がちゃんと仕事としての内容になり、栗枝の態度が分かりやすく軟化した。
「桁違いなのはヤツだけだが、全体的に強くなりすぎてる気がするぞ。取り巻きの連中もそれなりだった」
「じゃあ弱体化?」
「まあ、そうなるな」
肩と首の辺りのストレッチをしながら主任が栗枝の問いに答える。外にまでゴキゴキという音が聞こえてくる。
「でもそうしたら、盗賊の成り手が減っちゃいません?確かわざわざステータスを優遇してPKのメリットを出すことで、嫌われ役のデメリットをカバーしてたんでしょ?しかもプレイヤー間の対立構造をつくって、戦争させたいっていう方針はどうなっちゃいます?最初からやらなきゃいいと私は思ってたんですけどぉ?」
栗枝は首をかしげて考えている。
「そいつはシナリオチームの発案であって、俺の案じゃねえし支持もしてない……。とりあえず分かってることはバランス調整が難しいってことだ。ステータスの旨味で成り手を増やす必要もあるが、そもそも勢力の拮抗を目指すならもう少し強さのバランスを調整せにゃならんだろな。システムチームのやつらはその辺適当すぎんだよ。だからとりあえずこの話はシフトへの引き継ぎというより、システムチームへの報告書にまとめておいてくれ」
主任の指示に、栗枝があからさまに嫌そうな表情になる。
「えぇ?それは主任の仕事ですよね?そんなの主任がやってくださいよ」
「ちっとくらいいいじゃねえか。別にお前の意見として書けなんて言ってないだろう。ちゃんと俺の総括として出すから」
「……それならイイデスケド。私あのチームと喧嘩するのいやですからね」
ブツブツと文句を言いつつも、栗枝の手がキーボードの上を軽やかに走る。
「あとは……もう少しデータが要るな。栗枝、現時点での上位プレイヤーリストみたいなのあるか?あったら……」
主任が言い終わる前に栗枝の腕が伸び、一つの端末を指差した。その先にあるのは主任の端末である。
「……自分で見ろってことか」
「見てから言って下さいね」
やれやれといった様子で自席につくと、主任はモニタの電源を入れた。端末自体の電源はデータ収集用のジョブが動いているので、普段は入れっぱなしである。
まずは女神AIヘレナにアクセスし、プレイヤーキャラを照会。そのなかから上位職に既についているプレイヤーの抽出をかける。
『ご入り用のリストを表示します。こちらです』
女神AIヘレナから該当するプレイヤーリストを受け取った上で、情報の詳細にアクセスする。
「なんらかの上位職の資格を取得しているプレイヤーは全部で15名。そのうち転職しているプレイヤーは4名。で……第一位は相変わらず『姫』か。どういうプレイしてんだよこいつは。既に魔学師でLV24、サンダーマスターの称号も取得してるとかこんなんストーリー後半での取得を想定してるってのに。こいつだけ飛び抜けてやがるな。あとは……やっぱりアイツか。盗賊から蛮族に転職済みでLVも13。こいつも飛び抜けてやがるが、姫ほどじゃねぇってのが……な」
「主任、ブツブツと五月蠅いです。黙って仕事して下さい」
主任に向かって栗枝の辛辣な指摘が飛んできた。
反射的に暴言を吐きそうになるが、必死でこらえる。とはいってももともと丁寧な言葉遣いなわけでもないのだが。
「俺は俺のペースでやってんだ。ちっとくらい譲歩しろ」
「横暴ですよ?」
「知るか!」
栗枝の小言はしばらく無視しよう。そう心に決めて主任は改めてモニタに表示されているプレイヤーリストに視線を戻す。
突出したプレイヤーが2名いるだけで、あとは上位陣といえどほぼダンゴ状態だ。この2名以外の上位職転職者は、まだ成り立てであってLVも3以下である。特に想定を逸脱した進度でもないので、気にしなくて良いだろう。
「個々の特化したプレイヤーに合わせてバランス調整などしてられねえが、こういう規格外のヤツが増えすぎるのも困るよなぁ。完全なバランスブレイカーだ」
主任はその後もプレイヤーリストの抽出条件をいろいろ変えてプレイ状況をチェックしていく。
目立つのは、盗賊プレイヤーの平均レベルの高さである。プレイヤーの絶対数が少ないので平等な比較は難しいが、低レベルと思われるプレイヤーでもLV8以下の者が検索で引っかからない程度には各キャラが成長しているようだ。
他の一般職プレイヤーの平均値から考えると、圧倒的に高い水準といえる。
姫のような例外を除けば、一般職ではとても太刀打ちできない差だ。
「あとは……大丈夫か?あぁそうだ栗枝。お前の大好きな例のダンジョンNo.003をクリアした連中はどんな様子だ?」
「さっきまで私のオキニは死んでましたけど、順調ですよ!まだ主任が寝てるときにイベントチームから討伐クエストのパッチがリリースされたんですが、直後に討伐しちゃってまして……イベントチームが泣いてました」
栗枝は実に愉快そうに……自分のことのように話す。
「俺は寝てたんじゃねえぞ……まあそれはいいとして、やっぱりそいつらも規格外ってことか?」
「どうなんでしょうね?私にはたまたま運がいいだけのように見えるんですが、実際に戦っているところをモニタリングしても強いわけではないですし。映像もありますよ、見ます?」
主任がまだ見るとも言ってないのに、栗枝は録画していたと思われるプレイ動画を再生した。
確かに主任の目にも特別強い戦いをしているとも思えない。敢えて言うなら装備や使っているアイテムの性能が他パーティと比較してずっと良いということくらいだ。
「栗枝、これ他のパーティの普段の戦闘と比較して確認できるか?」
「出来ますけど……あとにしてもらえます?報告書書かなくちゃいけないので」
主任の要求に答えることなく、栗枝はさっさと自席でのワークに戻ってしまう。
「お前なぁ……贔屓が過ぎるぞ。自分の見せたいプレイ動画だけすぐに再生出来るようにしておくとか」
「……」
「ったく」
言っても無駄だと思った主任は、自分で女神AIヘレナに他パーティのプレイ動画を要求すると、それらに目を通し始めた。




