第270話 違和感
「ん~?あっれぇ?おかしいなぁ……」
コクピットディスプレイの前で椅子にあぐらをかいて座っている栗枝は、しきりに首をひねる。
「おかしいのは栗枝の態度の服装と……オマエ自身だ」
「主任?心の広い私でもそこまで言われると怒りますよ?」
栗枝があぐらをかいて座っているオフィスチェアがグルンと回って後ろを振り返った。そこには主任こと神崎が立っている。クルリと回った栗枝の椅子がピタリと神崎の前で止まる……ことはなく、そのまま一回転して元の状態に戻った。
「あのな?振り向く気があるのかないのかどっちなんだ?」
「主任の顔見ても特に面白いことはないので、振り向くわけないじゃないですか??……ってそうだ。いま私は主任に馬鹿にされたんだった!」
再び栗枝の椅子がクルリと回転する。
やはり少し勢いが強く少しだけ回りすぎている。が、身体は回ってもこんどは栗枝の顔だけ神崎の方を向いていた。
「あのな?寝間着にふかふかスリッパ。お菓子とアイスまで準備してあぐらかいて仕事していることのどこがおかしくないっていうんだ。ここは栗枝の寝室でもなければ自宅でもない。オフィスだ。わかってんのか?」
神崎が呆れてため息をつく。
だが、栗枝の表情が変わる様子は特にない。全く意に介してないようだ。
「主任。一体いつから私が寝間着だと錯覚して……」
「それ言いたいだけだろ?」
神崎は追加でもう一つため息をつく。
「とにかくこれは寝間着じゃなくてれっきとした私の私服ですよ?言い掛かりは良くないですよ?」
「……どの口が言いやがる。まあいい。で、おかしいってのは何がだ?」
栗枝との言い合いは、エネルギーこそ使えど実りは全く無い不毛なやりとりでしかない。諦めた神崎は話を元に戻す。
「ぇぇ?まだ話は終わってないですよ?主任はまた私のことをですねぇ」
「いいから。オカシイと感じたことを報告するんだ。その話がしたかったらまたあとで聞く。先に報告を」
「はいはい」
およそ部下とは思えない態度の栗枝。
二人のいるこの部屋には当然他にもスタッフがいて仕事をしているのだが、もう誰も二人を止めることも諫めることもしない。むしろ傍観して楽しんでいるふしすらある。そんなスタッフたちの様子も神崎は当然理解していたが、どうにもならないことはどうにもならない。
「じゃあ報告しますよ?ざっくり言ってしまうとですね……ヘレネと疎通が取れません」
「コアシステムAIと?どういうことだ?もちろんシステム停止してるなんてことはないよな?」
「もちろん!元気に……かどうかはわかんないけど、稼働してますよ。キッチリ稼働ログを出力してますし」
「稼働ログにエラーは?」
「ありませんね」
神崎の眉間にシワが寄る。
「わかった。じゃあ栗枝は、ヘレネのパッチ適用前の……TID-00382の稼働ログパターンと今の稼働ログを照合して共通点を洗ってくれ。万が一を引いてしまってるかもしれん。あとそこの……」
「わたしですか?三浦です」
スタッフ席で栗枝とともに運営管理をしている女性が振り向く。彼女はシフトで動いているスタッフさんだ。栗枝と仲の良いスタッフの一人というのが神崎の印象だ。
「三浦さんか。すまないがヘレネに交信要求を送り続けてくれ。やり方は栗枝から聞いてその通りに。で、回答が得られたならあとでその内容を報告するように」
「承知しました」
「手順の場所を送っとくね!」
栗枝が三浦さんにサムズアップとともに笑顔を送っている。三浦さんもその様子をみて優しく?微笑んでいるようだ。
「あ?主任どこいくんですか?私たちに仕事だけ押し付けて」
「人聞きの悪いことを言うな!……湯島んとこに行ってくる。『コアシステムAIヘレネ』の根幹機構はアイツの作品だ。根本的な問題はアイツにしか修復出来ない」
「わっかりました~お気を付けてぇ~」
気の抜けるような栗枝の言葉を聞きながら、神崎は足を速めた。
マズいことが起こっている……いや、これから起こってしまうかもしれない。今更ながら……そうじゃない。前からずっと指摘していたのはコアシステムAIの暴走の可能性。
正常にシステムが稼働しているように見えるのに、実際にはヘレネからの応答がない。
これの意味する最悪のパターンこそが、ヘレネが自我を持って世界を勝手に創造していってしまうことだ。そしてどのような創造と世界の改変が行われるのか全く予想がつかない。
何も問題がなければいいが、コアシステムAIの本質を知る神崎にとって楽観視できる状況ではない。
焦りばかりが神崎の心を捉えて放さなかった。
第六章 完
ちょっと今日の更新分が短くて少ないですが、ここが章の合間になります。
この先の大まかなストーリープロットは出来ておりますが、現実的に長い期間をかけてしまったため、設定の綻びが出始めてます。(申し訳ありません)
詳細プロットを練り直しますので、次回投稿は9月頭とさせてください。
よろしくお願いします。




