第190話 剣士エルナ
それから夕食のビーフシチューハンバーグを全力で堪能したのち、江里菜がエルナとしてイルグラードに戻ったのはサービス再開から現実時間で30分は過ぎた頃であった。少し時間は過ぎたものの、遊ぶ準備はバッチリだ。
そんな長時間遊ぶ気満々でログインしたエルナを支援AIセバスが出迎えてくれる。
『お帰りなさいませ。エルナ様』
「セバスぅ!ただいまぁ!」
いつもの調子で元気よく挨拶するエルナに、セバスはにっこりと優しい笑みを浮かべた。
「も~丁度いいところでメンテナンスとか言われちゃうから、調子狂っちゃうよぉ~」
『そうでしたね。改めて、剣士へのクラスチェンジおめでとうございます。エルナ様』
……
そう。エルナは『剣士』へのクラスチェンジを済ませていた。
メンテナンス前、戦士ギルドから向かった道場で始まった剣士資格取得クエスト。
それはLV30AIである、ムキムキスタッフとの対戦を繰り返すことで専用のスキルを取得することだったのだが、ここでしか得られないというその特殊スキル《連続発動》をエルナは5戦目くらいで早々に習得してしまったのだ。
ただ、エルナとしては満足するような戦いではなかったため、その表情に笑顔はない。それどころかスキルを取得した直後であっても、剣を握りしめたままムキムキスタッフから集中を切らさない。さらに隙を見つけてエルナはムキムキスタッフに斬り掛かっていく。
『あら……またあっさりと取ってくれるわね。そんな簡単なクリア条件にしてないのだけど……って止める気がないのかしら?』
という戦士ギルドマスターであるアテナの呟きを聞いているのか聞いていないのか。
剣士のクラスチェンジ条件である、スキル習得はとっくに完了しているにも関わらず、ムキムキスタッフとの対戦を続けるエルナにアテナは呆れた様子を見せる。
『いつまでやってるの?もうクラスチェンジ出来るわよ?まだ説明が残ってるんだけど……って言っても無駄そうね?良いわ。好きになさい。わたしはずっと貴女を待ってられるほど暇じゃないのよ?じゃあね』
「まった!」
エルナは、帰りかけるアテナを呼び止めた。
『何かしら?』
「あの!クラスチェンジってどうやるんでしたっけ?」
ガクっと膝が崩れそうになるアテナ。
『あ、貴女という人は……』
「えっと……多分、さっき覚えた《連続発動》っていうのが、剣士になるためのスキルなんでしょ?それを覚えたってことは、わたしは剣士になったってこと?でもなんとなく変わってない気がするんだけど……」
エルナの言葉にさらに脱力するアテナ。
『だから、そういうことをまだちゃんと説明してないって言ってるのよ。クラスチェンジ条件クリアしたのなら、まずは私の話を聞きなさいな』
クラスチェンジは、戦士ギルドであっても専用の施設で行う必要がある。ファクトが調合士ギルドの奥で見た、あの魔方陣のような場所のことだ。
当然、ここモルトの戦士ギルドにもその施設は用意されているのだが……少なくとも道場にはない。
「なぁんだ。道理で《連続発動》使おうと思っても使えないわけね」
《連続発動》は、習得こそ出来ても『剣士』でないと使用出来ない特殊専用スキルである。
どうやら《連続発動》を覚えたので、ムキムキスタッフとの戦いで使ってみようとしていたらしい。アテナの言葉も無視するレベルで集中していたが、どうやっても使えないことに気づいて、アテナに声を掛けたようだ。
結局、ムキムキスタッフとの対戦で《連続発動》を使ってみたいというエルナの要望を満たすには『剣士』になってからでないと……という話を聞いたエルナはすぐのクラスチェンジをアテナに伝えるが、ムキムキスタッフとアテナの二人から『LV20になってからにした方がいい』と制止される。
それならすぐに上げる!
と、モルトの街を飛び出したエルナは、敵を求めて明後日の方向へと飛び出していった。
『全くあのポンコツ娘は……』
というアテナの呟きは既にエルナには聞こえていない。
そんな方向音痴のエルナが勢いだけで飛び出していった方角は、幸いなことにたまたまアカシアの街のある湖岸方面であった。
もともとレベルが上がる直前だったようで、目の前に現れるゴブリンを数体切り捨てたところでエルナのレベルが19へと上がる。『順調順調!』と気を良くしたエルナはそのまま方向を変えることなく目についた魔物を見境無く倒しながらばく進していく!魔物の気分になれたとしたら……恐らくいい迷惑である。
エルナ自身もどんな敵を倒したかよく覚えていないほど蹴散らしたのだが、実は湖岸沿いに王都に向かうパーティの最初の壁と言われている熊の魔物をも数体倒していた。そのお陰で湖岸に到着してまっすぐ進めなくなる頃にはLV20に到達していたのだった。
だが、エルナの問題はここからである。目的を達成した!と喜ぶエルナにとっての最大の難関……『街へ帰還する』という高難易度の課題が牙をむく。
結局のところ、見当違いの方向をウロウロとさまよったあげく、湖岸を北上するだけで到着するはずのアカシアの街にやっとのことでたどり着いたのは、メンテナンスが開始する直前のことだった。
そうとは知らないエルナは、アカシアの街の戦士ギルドでアテナと再会し『剣士』へのクラスチェンジを果たしたところで、タイムアップとなってしまったわけだ。
エルナのいう『丁度いいところ』とは、ムキムキスタッフとの再戦をしようとしたところ……の意味であって、対戦敵わずにログアウトするしかなかったことに対して、残念がっていたというわけである。
……
つまりログインしたエルナがいるこの住宅街エリアは、モルトではなくアカシアの街だ。
『では、再戦のために道場へ向かわれますか?』
セバスがそう尋ねるも、エルナから即答がない。いつもなら即答レベルで返ってくる返事が、返ってこないことにセバスは少し首を傾げる。
『どうかされました?なにかお考えが?』
エルナは腕組みをしたままの格好で、うーん?と唸っていた。
「ん~悩むんだよね。セバスの言う通りそれもアリなんだけど、時間あいちゃったからね!ちょっと勢いが足りないというか……今は『剣士』になったことをファクトに早く教えたいんだっ!」
『なるほど、そうでしたか』
セバスがエルナの回答を聞いてうんうんと頷く。
『となりますと、確かファクト様の拠点はモルトの街のままのはず。向かわれますか?』
「う……行けるかなぁ。今回は迷ってる場合じゃないんだよね」
いまいち自信のないエルナ。
『あ、でもエルナ様?ファクト様はまだログインされてないようですよ?』
「え?ほんと?!なんでだろう?」
エルナはセバスに言われてフレンドリストを確認する。
確かに、ファクトはまだイルグラードに来ていないようだ。でも代わりにガドルが来ていることに気がつく。
「あ!でも猫ちゃんきてるじゃん!会いに行ってこよう!……猫ちゃんもモルトかな?」
『恐らくは。迷わないように、気をつけて行ってらっしゃいませ』
「頑張る!」
エルナは気合いを入れて住宅街エリアを出て街へと向かった。




