第189話 ガドルと江里菜
「やっと入れただよ」
モルトの街の住宅街エリアで、そう呟いたのは猫の獣人にして鍛冶のガドルだ。
会社から呼び出されて休日出勤をしたのだが、用事は自分だけで完結する仕事ではなかった。
当初、さっさと職務を終わらせてイルグラードに戻ろうと考えていたのだが、仕事が終わってポッドに戻ってきたのは既に夕方。メンテナンスが始まっていたのだ。
ポッドの世話人に用意してもらった夕食を食べ、メンテナンスが完了するのを読書しながら待ち、そして戻ってきたのだ。
「オラがログアウトしてから、ここでは随分時間が流れてるはずだ。結構なレベル差が出来てるかもだ」
そう呟きながらガドルは自身のステータスを表示する。
レベルは13。
装備も、ログアウト直前にファクトと行った《ノスド採石場》の岩弾で大盾『スクトゥム』を壊してしまっていたり、装備品の耐久値もだいぶ減ってしまっている。
イルグラードの装備品は時々壊れると冒険者には認知されている。
だが実際は時々壊れるのではなく、装備品に設定された耐久値が減ってゆき、0となった時に壊れるのだ。この耐久値という値は、鍛冶による《装備鑑定》でしか確認出来ないため、まだ冒険者にあまり認知されていない情報である。ちなみに装備品の能力限界を大きく超えるような衝撃……武器であれば攻撃の際の敵の装甲であったり、防具であれば強力な攻撃を受けたりすることで、耐久値は大きく減少することが多い。
ただ、必ず減少すると決まっている訳でもなく、衝撃や装備品の能力に合わせて重み付けがされたランダム値であったりする。運営側に『出来るだけ現実世界の道具摩耗に近づけたい』という思惑があったための仕様なのだが、あまり深く突っ込まなくていいところだと思われる。
というのもグレードの良い装備品だったりすると、少しずつ耐久値が回復していたりするものがあったりするからだ。結局、装備品の耐久値があまり考慮されることなく『激しく使用すると稀に壊れることがある』程度の認知度しかないのは、そのためである。
ガドルのような鍛冶職にとっても、どう破損していくか?などは特に意識せずとも『今、どんな状況にあるか?』が分かれば特に困らない。
「どっちにしてもオラの装備品はもう限界だど、全部作り直したほうが良さそうだ……ついでにレベルアップにもなるだ」
ガドルはすぐに鍛冶ギルドにある自分の工房へと向かう。マイスターを取得した鍛冶職の特権であり、どこの街からもアクセス出来る施設である。
と言っても、戦士ギルドの道場などと同じで施設へ入った街としか出入り出来ない。要するに工房を便利に使用するための機能であって、経由して街間移動は出来ないようになっている。
『ガドル様?お帰りなさいませ。お届け物があります』
「お届け物?」
工房に入ったガドルに、ギルドスタッフから声が掛かる。
それを聞いたガドルが工房に設置されている受け取りボックスを開けると、中にはいくつかのチタン鉱と少量のクロム鉱が入っていた。
そして届け物にはファクトからのメッセージもついていた。
『ダンジョンでマンドラゴラを集めてたら、少しだが鉱石を見つけた。ささやかだが鍛冶の足しにしてくれ』
「ファクトさん……よし!オラやるだよ!」
ガドルはファクトの心遣いに感謝しつつ鍛冶ハンマーを握りしめる。
すぐにギルドからチタン鉱を買い足すとインゴット作りを開始した。クロム鉱についてはギルド売りがないので、ある分だけでインゴットを一つ作成。合金にすればステンレス鋼が出来るはずだ。
イルグラードで錆があるかはわからないが、耐久値の高い装備が作製できそうだ。
ガドルは一心不乱に鍛冶を開始していた。
……
「凄い美味しい!寮の食堂よりずっと美味しい!」
「ふふっお気に召した?まあ私の料理じゃなくってここの備蓄食料なのだけどね」
香月江里菜は、ポッドのあるマンションで世話係のお姉さんが作ってくれた夕食を堪能していた。夕食のメニューは、赤ワインとキノコのビーフシチューハンバーグである。
正直マンションに準備されている食品は、ファミリーレストランで出るような品質と大して変わらないのだが、寮の食堂の味に慣れすぎていた江里菜にとってはご馳走以外の何物でも無い。
「こういうのだったらいくつだって食べられるよ!」
「食べ過ぎはダメですよ?」
「えへへっ!でも美味しいんだもん!」
世話係のお姉さんに窘められながらも、江里菜は自分のペースでハンバーグをかき込んでいく。
と、その時お姉さんの業務用携帯に着信が……恐らくはイルグラード運営からの通話を終えたお姉さんは、江里菜に向かってこう告げた。
「イルグラードのメンテナンスが終わり、18時にサービス再開するそうよ。あと10分くらいしかないけど、どうする?すぐ入る?」
「もごっ!」
タイミングが悪かった。
ハンバーグを口に詰め込んだままの江里菜が何かを返事したが、言葉にならない。そんな様子を見たお姉さんは苦笑する。
「江里菜さんは普通にしてれば美人なのに、少しレディっぽさに欠けるわね。まあそんなとこも可愛いけど」
「食べてる最中にお姉さんが声かけるからじゃない!タイミングが意地悪よ」
プクっと膨れてみせる江里菜。
でもそのまま怒り出すわけでもなく、その口の中へ次のハンバーグが運ばれお腹の中へ消えていく。
「すぐには……行かなそうね?」
「急いで食べたらハンバーグが堪能できないじゃん!バッチリ味わってから入るよ……むぐむぐ」
江里菜は食べるのを止めるわけでも無く、会話しながらも食事を中断する気配はない。
「……お肉を詰まらせたのは、私の話し掛けるタイミングのせいではないわね。さて、江里菜さんはもう独りでポッドは使えるわよね?他の人にも伝えてこないといけないから、私は出るわよ?」
「もぐもぐ(はーい)」
そう言って世話係のお姉さんは部屋から出て行った。
もともと私だけを担当しているわけじゃないと聞いていたけど、何人くらい担当してるんだろう?
そんなことを考えつつ、江里菜は再び目の前のビーフシチューハンバーグに集中する。
イルグラードに戻ることを急ぐ為にハンバーグは諦めない。
ハンバーグはしっかり味わって堪能するけど、それが終わったら出来るだけ早くイルグラードに戻ろう!
ファクトはもう戻ってるかなぁ……
江里菜は左手に持ったフォークをハンバーグの最後の一切れに突き刺した。




