第186話 始動
現実時間において鈴木徹也が目覚める三時間ほど前、土曜の18時過ぎ頃のこと。
イルグラードのバージョンアップメンテナンス終了の通知が、各プレイヤーの世話係を通じて一斉に告知された。
メンテナンス終了を今か今かと心待ちにしていた者、食事をとりながらくつろいで待っていた者。鈴木徹也のように強制ログアウトを経て寝込んでいる者も含め、メンテナンス終了通知を待ちわびていたその全員が、次々と準備が出来た者からイルグラードへと戻っていったのだった。
……
中央に巨大湖セプテルを構える世界『イルグラード』
その東端に広がる巨大な盆地に森林王国『ベル=リアーナ』こそが、物語の舞台だ。
森林王国『ベル=リアーナ』の王都『ベル=フレッタ』は森が開けた湖畔に位置している。
王都の中央最奥に位置する白く美しい主城は、背後の湖面から照り返す光を浴びて華麗さと神秘さを併せ持つ幻想的な風景を描き出していた。
さらにその湖面の先に目を向けると、やや霧がかった水平線の先には天をつくほどの尖塔が見える。
巨大湖『セプテル』に突き出した小さな半島。その中央に位置する『女神の神殿』にそびえ立つ象徴的な存在がこの尖塔の正体だ。
森林、巨大湖、主城、尖塔の4つの要素を持った王都『ベル=フレッタ』の外観は、初めて訪れる冒険者を悉く立ち止まらせる程の存在感を放っている。
「うわぁ……ここが王都か……凄い!」
「ほら!あたしが言った方角で合ってたでしょ?もっと信用して欲しいんだけど?」
「……かなり大変な道のりだったのですけど?でもこの景色は凄いです。見惚れてしまいますね!」
バージョンアップメンテナンス明けの早朝、王都『ベル=フレッタ』に一組のパーティが到着した。
ランスロットたち3名である。
ワイワイと賑やかなランスロット達であったが、この地を訪れる多くの冒険者達と同じように、王都の景色に足を止めた。
ランスロットパーティ一行が、モルトの街から王都に向けて出発したのは、現実時間でバージョンアップメンテナンスの始まる3時間近く前のこと。
つまりイルグラード時間で約3日ほど時間があったはずなのだが……王都到着はメンテナンス明けになったようだ。
「ミアのいう方角に間違いはなかったけど、やっぱり素直に湖岸沿いに目指した方楽だったんじゃないかな?ちょっと遠回りになったとしても……ね」
「え~今更それ言う?結局ランスちゃんもティアナちゃんも同意したから直線距離で目指したんだよぉ?いいじゃん!景色綺麗なんだから!」
「いや、景色はどのルートで来ても同じでしょ」
「そんなことないって!こうなんていうかほら、あたしたちは森の中から来たから森が開けてブワッと広がる景色っていうの?それが見れたんじゃん!」
どうやら……彼らランスロットパーティは、当初予定していた『湖岸沿いに王都を目指す』ことをせずに直線的に王都を目指したようだ。
王都へのルート設定に関してはランスロットとミアで少し意見が割れたようだが、結局ミアの『直線コース』を選択したことで森林地帯を突っ切る形になったらしい。
「確かにミアちゃんの言う通りです。残念ながらわたしたちも同意してしまったので……結果ひっじょうに大変だったとしても文句は言えないですね」
ティアナの皮肉めいた言葉が、ここまでの道中の大変さと苦労を物語っている。
「丘陵地帯のアップダウンが思った以上に激しくて、王都に着くまで何回山登りするんだって思ったよ。で、やっと丘陵を越えたと思ったら《あやかしの森》以上の深い森林地帯。そして遭遇する魔物の数の多さ。特に森に入ってから多すぎた」
「でも、大変だったお陰でこんなに達成感を得られてるんだから、いいじゃない!いつまでもグチグチ言わないでよぉ」
王都到着の過程について三者三様の想いを抱いているようだが、無事到着出来たことについてホっとしている点においては3名とも共通しているようだ。
「それにしても森の中に小さな小屋があって良かった。あれがなかったらボクたちはログアウトできなかったんじゃない?」
今更の話ではあるが、イルグラードではいつでもどこでもログアウトできるというわけではない。
ファクト(鈴木徹也)のように運営側から強制退去させられる場合を除き、通常は各街に用意されている住宅エリアなどのベッドのあるスペースに限定されている。
冒険者が活動拠点にするような街には、基本的に住宅エリアが用意されているためそれほど意識はされていないが、実際にはいわゆる『宿屋』的なログアウトスペースが街以外にも用意されており、拠点としてフィールドを探索することも出来るように設計されていた。
それが、今回ランスロットパーティの話題に登場した『小さな小屋』である。
「ほんと……いい位置にあったよね。この道で王都を目指すならここで休んでいきなさいとばかりに」
ちょっと口を尖らせながら、ティアナが言う。
「でもね!逆にあたしは小屋があったから、向かってる方角に間違いない!って確信したよ!」
「まぁ……道は合ってたけどね。いったいこの道中でどれだけの魔物を倒したことやら」
気づけば3名のレベルはとっくに20を迎えていた。前線で戦い続けたランスロットのレベルは既に22である。
「でも……やっぱり王都を目指して良かった。これできっと実装されたストーリーを遊べるよ」
ティアナの言葉にうんと頷くランスロットとミア。
バージョンアップで実装されるストーリーをやってみたい!という共通の想いが、一行の原動力になっていたことは間違いない。
「さ!いつまでも立ち止まってるわけにはいかない。早速街に入ってみよう!」
「「賛成!」」
ランスロット一行は意気揚々と王都『ベル=フレッタ』の門をくぐっていった。
……
「ボス。お早いお着きで?」
「そういうお前こそもうログインしてるじゃない。人のことは言えないわ、ベネット。アンタこそストーリーが楽しみで仕方ないお子様ね?」
「その言葉、そっくりそのままボスに返しますぜ?ボスも早くやってみたいから、サービス再開通知早々にログインしてるんだろうに」
盗賊団のボスこと雷撃の賢者アルテミスの部屋から二人の声が聞こえてくる。場所はいつものラグジュアリルームだ。
若頭の発言はかなり挑発的だが、アルテミスから電撃のお仕置きが飛ぶ様子はない。かなり機嫌は良さそうである。
「ふんっ!まあいいわ。でもあたしは単独でやるわよ?アンタ達の手伝いなんて真っ平。だから勝手にやることね?」
「ご心配なく。俺は連中引き連れて勝手にやらせてもらう。おボス様のお手を煩わせたりしねえよ」
両手を軽く広げ、やれやれといった様子の若頭。
なんだかんだとボスの元にやってくるあたり、本当は一緒にプレイしてみたいのかもしれない。
「じゃあな、ボス。俺達よりストーリー進行が遅かったら笑ってやるぜ?」
「安心しな。天地がひっくり返ってもそれはあり得ないね」
やり取りのあと、若頭の姿がフッと消える。
《転移》で移動したようだ。
「……便利だよねぇ《転移》。あたしも欲しいわ。なんか習得手段がありゃいいけど」
アルテミスは、ベネットが居なくなった空間をジッと見つめながらそう呟いた。
実は今までも何とかして《転移》の習得を試みていたが成功に至っていない。ならばと同等の効果を持つ装備やアイテムがないか?等と手段を模索していたが、そんなものがおいそれと見つかるわけもない。
気を取り直したアルテミスは、ロココ調の細工が入ったローボードに立てかけてある天使を模した装飾杖を掴むと、鍔の広い三角帽子を被った。装備者の実体はともかく、見た目だけは魔法少女そのものである。
この姿こそ、雷撃の賢者アルテミスの本気装備の姿だ。
「さ。楽しんでこようかね」
やや楽しげにも思えるアルテミスの独り言が、部屋に小さく響いた。




