第185話 目覚め
いつもと変わらない朝がまた始まる。
……そんな感覚を覚えつつオレの意識はゆっくりと覚醒しつつある。朦朧とした意識の中から自分を見つけ出す作業から始まるこの儀式は、いつもと変わらず同じである。
だが、ここでオレは違和感を感じる。
天井に見える景色が違う。見慣れた六畳一間のワンルームではない。
よく見れば部屋は真っ暗であり、隣の部屋から差し込む光が部屋の中を薄暗く照らしているのみである。
どこだここは?!
オレは飛び起きて周りの様子を見る。
見慣れない立派な寝室。オレが寝ていたのはその中央に設置された広めのセミダブルベッド。どう考えてもここはオレのあの部屋ではない。
……待てよ?
オレはベッドに腰掛けたまま頭を二度三度と軽く振る。
直前までの記憶が少しずつ蘇ってくる。オレはたしか……イルグラードで素材……そう、マンドラゴラの採集をしていたはずである。
じゃあここはどこでオレは何をしているんだ?いや、考えられるのは一つしかない。ここはあのポッドのある部屋の寝室だ。ポッドでイルグラードに潜っていたはずのオレがベッドで横になっているということは、まず間違いなくイズダテが絡んでいる。
「お目覚めになりましたか?鈴木様」
突然、先行して掛けられた声にビクッと身体を強ばらせてしまうオレ。
対人恐怖症に近いこの性質は、どんなにイルグラードで馴らしてこようとも、現実世界では変わらないようだ。もしかすると、オレの身体だけはポッドの中でビクビクと痙攣しているのかもしれない。
「あ……あ、いや。その」
さすがに見知らぬ相手ではなくなった世話係のイズダテではあるが、イケメン過ぎる奴は相変わらず苦手反応が出てしまう。
「あぁ、混乱されているのですね?当然だと思いますので、私から状況をご説明致します」
そう言って話し始めたイズダテの話を聞きながら、オレはオレで記憶を辿り実際に起こったことと結びつけていく。
オレの蘇ってきた記憶が確かであるなら……魔導技師へのクラスチェンジ資格を得たオレは、メンテナンスまでの時間を有効に使うためにレベル上げと素材採集を兼ねて、《ラミーラ坑道》第三階層でマンドラゴラを採りまくっていた。
どのくらい採集を続けていたかは分からない。
最初は単独で行動することから魔物に襲われることを警戒していた。が、しばらく採集を続けていたのだが、ここ第三階層で魔物に襲われる気配は全く感じられなかった。次第に警戒は完全に《虫の知らせ》任せにしてマンドラゴラ採集に没頭していったのだ。
お陰で、大量に集まったマンドラゴラをから魔力粉を経て調合出来る魔導具……魔力障壁を10個以上調合出来てホクホクしていたのは完全に思い出した。そういえばレベルも20に到達したので、ギルドに戻りさえすれば魔導技師へのクラスチェンジも出来る状態だったはずだ。
だが、オレの記憶にあるのはそこまでだ。
ギルドに戻った記憶はおろか、そもそも《ラミーラ坑道》から出た記憶すら無い。
じゃあ何故オレがポッドではなく高級マンションの寝室で寝ているのかというと、ここからの情報を補填してくれるのがイズダテの説明だ。
簡単に一言で言うなら、要するにオレは《ラミーラ坑道》の中で、メンテナンス開始時刻を迎えてしまったらしい。
もちろん運営側としては『メンテナンス時間までにログアウトする』ことを冒険者に通知しているし、実際のメンテナンス開始までの間に何度かリマインダもしているそうなのだが、オレのようにプレイに集中し過ぎて通知を見逃してしまった者も含めて時間を迎えてもプレイをやめていない冒険者が一定数いたらしい。
だが冒険者がログインしている状態ではシステム停止をすることが出来ないため、運営側で強制ログアウトを敢行したそうだ。
しかしこの措置は正常なログアウトではないため、多少なりプレイヤー状態に反動があるとのことで、個人差あるが目覚めるのに少々時間がかかるとのこと。オレの場合はポッドの中で失神していたため、イズダテの手で寝室まで運ばれたのだそうだ。
人体や人命に影響はないとのイズダテの説明だったが、意識の覚醒に反動があるような措置をとっていいものかと噛み噛みでオレは迫った。が、冒険者がログアウト要請に従わない場合の免責事項として、最初の説明書にしっかり記載されているらしい。イズダテにちゃんと改めて見せてもらった。
ポッドを使用してイルグラードに向かうことは、この免責事項に同意の上でとなっており、要するにこの点についてはちゃんと読んでないオレが悪いようだ。
やっぱりちゃんと取説は読まないとダメだな。こういう問題が発生したときに言い争いに勝てない。
それならそれで仕方ない。
オレはちゃんと現実世界で覚醒することが出来たし、意識障害なども起こっていない。次からちゃんと気をつけることにする。
小さくため息をついて気持ちを切り替えたオレが次に気になったのは……時間だ。
意識を取り戻すのに時間が掛かったのなら、今は一体いつなのだろうか?
「いまは……いつ?……何時?」
ちゃんと意味のある言葉にはならなかったが、とにかく聞きたいと思う単語を並べる事は出来た。
「あ、そうですね。現在の時刻は……夜の21時を少し過ぎたところです」
「21時過ぎ……?!」
「ええ、そうです。実際に鈴木様をポッドから回収したのが15時を少し回ったあたりですから、丁度6時間ほどお休みになったというところですね。何か口になさいますか?」
そう言ってイズダテは寝室からリビングの方へ戻っていく。
しかし、既にオレの頭の中は別のことでいっぱいになっていた。
バージョンアップメンテナンス開始が……15時。
オレは15時を越えてログインしていたために、強制ログアウトさせられた。それが15時過ぎ……そこまでは分かった。
で、バージョンアップメンテナンスはいつ終わる?もう終わっている?
「イ!イズダテ……さん」
「はい……何でしょうか?鈴木様?」
イズダテのイケメン顔が、寝室の扉の向こうからひょいと現れた。
「あの……メンテナンス……何時まで」
「あぁ!」
オレの片言の台詞で聞きたいことを理解してくれたイズダテは、再びオレのいる寝室に戻ってきた。
「本日のバージョンアップメンテナンスは18時に終了し、無事サービス再開しております。いつでもお戻りになれる状態ですよ」
「?!っ」
実に丁寧な所作で笑顔で返したイズダテと対象的に、オレの表情がどんどんこわばって行くのが、自分でわかる。
理由は単純だ。
「3……時間も無駄にし……」
あまりのショックに膝が崩れ落ち、オレの尻がベッドで弾んだ。
現実世界で3時間経過したということは、およそ3日間イルグラードで出来る時間を無駄にしてしまったということだ。
ベッドの縁に座り込む形になったオレだったが、すぐに立ち上がった。
こうしては居られない。すぐにイルグラードに戻らなくては……これ以上時間を無駄にすることは出来ない。
無言でポッドの部屋に向かい始めたオレに背後からイズダテの声が追いかけてくる。
「鈴木様。朝から何も召し上がってないかと思いますので、お身体の為にも何かお召し上がり下さい。水分もご用意してございます。あと、お手洗いにも行っておいた方がよろしいかと……」
「あ……はい」
早くイルグラードに戻りたい気持ちを必死に抑え、オレはイズダテの言葉に素直に従うことにした。彼は仕事ではあるだろうが、オレの身体を気遣ってのことだ。とりあえず何か食べておいた方がいいのは間違いない。
オレはイズダテに『蒲焼き飯』をオーダーすると、ファミリーで囲むような広いダイニングキッチンに向かった。
席についたオレの前にイズダテによってディナー『蒲焼き飯』が用意されると、それをかきこむようにお腹に収める。誰が作っても『蒲焼き飯』は安定のクオリティだ。さらにコップに注がれた冷たいお茶をがぶ飲みする。
腹ごしらえはこれで問題ない。腹持ちも申し分ない筈である。
そんな感じで手早くディナーを終えたオレは、お手洗いに寄ることも忘れず済ませると、部屋の専用ポッドからイルグラードへと戻ったのだった。




