第181話 風神
ダメだっ!
ランスロットの鎧をも易々と咬み砕ける銀狼の牙が、ミアに襲いかかる様子がスローモーションのように目に映る。あれではミアがやられるのは確実だ。ならばせめて後ろから討ち取るしかっ!……そんな想いがランスロットの脳裏をよぎったその時だった。
《主よ……よいか?もっと上手く儂を使うことだ》
「え?!」
そこで、ランスロットの意識は途切れた。
……
「……なにあれ?ランスが?!」
ティアナは見た。
ミアに襲いかかる銀狼に必死に追いすがろうとしたランスロットの身体が、魔剣『風神』から発せられた翡翠色の光に一瞬で飲み込まれるのを。そして次の瞬間……ミアの首を咥えたその姿のまま、銀狼の首と胴体が離れていたのだ。
そしてランスロットの身体はゆっくりとその場に崩れ落ちる。気づけば輝いていた全身の翡翠色の光も完全に消え失せていた。
「ぇ……ぁ……?」
当事者であるミアはまだ状況が掴めていないようだ。そしてランスロット自身も魔剣『風神』の光の中で正気を失っているように見える。
一部始終をしっかりと目にしたのはティアナだけだ。しかし、何が起こったのかは、見ていた筈のティアナにもよく分からない。
唯一わかったことがあるとすれば、魔剣『風神』による秘められた能力に助けられたのだろうということくらいだ。その特異な能力から相当なレア武器だとはティアナも思っていたが、予想以上の能力を秘めていたようだ。
まずティアナは腰を抜かしたままのミアの元に駆け寄る。
そしてミアの首元に残ったままの銀狼の首を払い落とす。ちょっと見た感じでは特にダメージを負った様子はないが、起こったことの衝撃からか動けないでいるミアに念のため回復魔法を掛ける。
「大丈夫?ミアちゃん」
「あ……あ、うん。なんとか。なにが起こったの?」
「話はあとで……無事で良かったよ。あとはランスね」
光が消えた後、倒れ伏したままのランスロットの元へティアナが向かう。ミアもそのあとをゆっくりとついてくる。
ランスロットはまだ起き上がる様子はない。死んだ……わけではなさそうだが、意識も無さそうだ。
「……多分、魔力切れね」
「出し尽くしたってこと?ランスちゃん?」
ティアナは翡翠色の光を目の当たりにしている。
アレは間違いなくランスロットの魔力暴走……もっというなら魔剣『風神』に魔力暴走させられたと言って良さそうだ。
うつ伏せに倒れているランスロットの後頭部をミアがペチペチと叩いている。
いつもであれば「何をするんだ!」とミアにチョップが入るところだが、本当に気を失っているようでツッコミいれてくる気配すらない。それを良いことにミアが延々とペチペチしているのもどうがとティアナは思ったが……。
「魔力切れってことは魔力回復したら治るのかな?」
「え!治しちゃうの?もっとこのランスちゃんで遊ぼうよ」
何を言ってるんだといった視線をミアに送ると、ティアナはアイテムボックスから魔力回復剤取り出した。魔法使いの必需アイテムである。
「あーっ!もっとイジってたいのにー」
文句を言いながらも、ティアナが魔力回復剤をランスロットに振りかけるとミアはペチペチを止めた。
「ぅ……」
「ランス、気がついた?」
「ボ……ボクは一体……?!そうだ!ミアは?!」
起きたてで意識が朦朧としているようなランスロットだったが、記憶に焼き付いて残った場面を思い出して飛び起きた。
が、まだ本調子とはいかずそのまま再び座り込んでしまった。
「あたしなら大丈夫!ピンピンしてるよ!」
横からぐいっと割り込んで、ランスロットの顔を覗き込むミア。そしてニカッと笑顔を見せた。
「良かった。ボクはてっきりやられてしまったかと……そうだ。どうして二人とも無事なの?銀狼は?」
状況のよく分かっていないランスロットの元に、ティアナは銀狼の首を持ってきてみせた。そして目の前で起こったことを改めてミアとランスロットに説明する。
「え……ちょっと信じられないなぁ。あたしが見つけたランスちゃんのその剣に不思議な能力があって、それのお陰でよく分からないけど助かったってこと?そんな都合のいいことある?物語の主人公クラスの出来事なんだけど?それ」
ミアはティアナの話した出来事を全く信じていない……いや実際に助かっているのだから、その事実を頭では理解したものの、本心から事実を受け入れられない様子だ。
一方のランスロットは、ティアナの話をジッと聞きながら黙って考えている。
「ミアの言う主人公がどうのってのは置いといて、ボクも正直信じられない。何も無かったなら今のティアナの話を聞いてもただの夢物語にしか思えないだろうと思う。でも……実はボクは聞いたんだ。銀狼を取り逃がして記憶をなくすまでの間に……ある言葉を」
ランスロットは、記憶に残っている限りのことを二人に話した。
確かに聞いたのだ。《主よ……よいか?もっと上手く儂を使うことだ》という謎の言葉を。
「それってつまり……その魔剣『風神』は意思ある武器ってこと?そんな武器を用意しちゃうわけ?イルグラードって?ますます主人公じゃん!『いま……ランスロットにとっての戦いの物語が幕を開けたのだった』とか書かれちゃったりして……あいた」
調子に乗ったミアが妄想を膨らませ始めたところで、ランスロットのツッコミが綺麗に決まる。
「冗談はともかく、ミアが入手してくれたこの魔剣『風神』……ボクが本当に持っていていいのか分からない位のレア装備だったってことは分かった。あまり見せびらかして使う装備じゃないのかな?ここぞって時に使いたい」
「ランス、今後もこの『風神』の能力使うのなら私から注意点が。多分ですけど、魔剣『風神』の能力を最大限に引き出すには一定の魔力が必要です。でも戦士であるランスが使おうとすると、今回のように限界まで魔力を使い切ってしまって昏倒する可能性が大きいです。だから……」
「だから?」
ティアナは一度言葉を切った。
そして真剣な眼差しでランスロットを見つめる。
「はい。今のランスにはこの魔剣『風神』は過ぎた代物……つまり扱えません。何とかして魔剣『風神』の力を引き出せるだけの魔力を得るか、もしくは相当する魔力を補給できるアイテムか何かを準備しないとダメです。何故なら……うちのパーティはランスが要なんです。ランスが倒れたら、それは全滅を意味します。そのためにわたしたちは全力でランスを支援してるのだから」
「具体的にどうしたらいいのか、全く伝わってこないんだけどぉ?」
「ミアちゃんは黙ってて!」
「……?!」
強い言葉で制止され軽いショックを受けるミア。ただ、珍しいことでもない。
ティアナの言葉を真剣に聞いていたランスロットはしばらく目をつぶっていたが、小さく頷くと目を開けた。
「そうだね……ティアナの言う通りだ。そしてミアの言うことにも一理ある。じゃあどうしたらいい?がすぐにわかるわけじゃない。でも……」
ランスロットは魔剣『風神』を目の高さまで持ち上げた。
「ボクは、こいつに《主》と呼ばれたんだ。……いや、呼んでもらえたんだ。意思ある武器があって《主》と認められているのなら、いつかちゃんと使いこなせる方法を手に入れる事が出来るはず。でもそれは今じゃないんだね?だったら、しばらく使うのを封印しよう。いつか本気でこれを使うことが出来るようになるために」
ランスロットは目の高さに持ち上げた魔剣『風神』を更に高々と掲げた。
イルグラード時間における夜が明けようとしている。東から差し込んできた朝日を浴びて、魔剣『風神』は小さくキラリと光った……気がした。




