第180話 銀狼戦
魔剣『風神』の能力を全開にするなら、ランスロットにとって視界に入ったところから射程範囲である。ランスロットは、その堂々とした銀狼に向かって魔剣『風神』を振り抜いた。
一陣の風が魔狼の群れを勢いよく通り抜ける。
同時にランスロットの放った風の斬撃によって切り裂かれる魔狼の群れ。
しかし、斬撃が銀狼を捉えることはなかった。
まるでランスロットの繰り出した魔剣『風神』の切っ先が見えているかのようにその場で飛び上がると、再び同じ場所に着地したのだ。周囲には魔狼達は一斉に絶命をしたが、ただ一匹……銀狼だけは『だからどうした』とでも言わんばかりにランスロットを見下ろしている。
「強い……強いよ、あいつ!」
ちょっとだけ弱気な発言が口をついて出てしまう。
「だいじょーぶっ!とにかく邪魔者は排除!」
ただ、それでも銀狼に向かって走るランスロットの進軍にに迷いは見られない。
後ろからミアの元気な声も聞こえてくる。背後から迫る魔狼の群れを彼女のスキルと技で追い払っているようだ。お陰でティアナも安心して後ろをついてきている。
そしてティアナの支援魔法が、実際の効果以上にランスロットを支えている。ミアの援護も背後で感じている。言い方を変えるなら彼女達は、アスリートであるランスロットに力を与えてくれるサポーターだ。
「ボクはみんなに支えられている!勝負だっ!」
ランスロットは一気に丘を駆け上がると手にした魔剣『風神』で銀狼に斬り掛かった。だが、銀狼は最小限の動きで躱してランスロットの脇にまわりこむと、鎧に守られているはずの脇腹に牙を立てた。
反射的に危険を感じたランスロットは、身を翻して銀狼の牙を躱す。ガチッという嫌な音とともに銀狼の牙はランスロットのすぐ側で空を斬る。
いや違う。銀狼の牙はランスロットの身体を掠めていた。
まるでそぎ落としたバターのように、ランスロットの纏っている鋼鉄製のハーフプレートから鉄くずのようなものが舞った。
「嘘でしょ?鎧の意味ないとか?!」
鎧に任せていたら、アウトだった。ランスロットの表情が蒼くなる。
「戸惑ってる場合じゃないよランスッ!堅牢化!」
「じゃああたしは、とっときのアイテムをっ!」
すぐにティアナから防御力強化の支援魔法が……そして、ミアからはとっときのアイテムであるらしい強化アイテムの使用が感じられた。この感じは……多分、敏捷強化だ。パーティ仲間二人から貰った勇気でランスロットは魔剣『風神』を力強く握り直した。
そこからのランスロットと銀狼の一騎打ちは非常に緊迫感のある戦いへと突入する。お互いの攻撃がどちらも当たらないのだ。だからといって両者が互角というわけでもない。分が悪いのはランスロットの方である。
右利きのランスロットは右手で魔剣『風神』を操って攻撃を仕掛ける。すると、銀狼はランスロットからみて左側へと避ける。いつもの魔物であれば、ここでランスロットによるシールドバッシュが炸裂するところだが、そう易々と銀狼相手にシールドバッシュは決まらない。それどころかランスロットの盾で一時的に身を隠した銀狼は、視界から消えた一瞬で死角をつくった上で攻撃の軌道を見せないように工夫して襲いかかってくる。
ミアの敏捷強化アイテムのお陰でギリギリでの回避を続けていたが、そもそも鎧を貫くような牙の攻撃に対して盾がどれほどの効果があるのか?……と。
それに気づいた頃にはランスロットは盾を手放し、魔剣『風神』を両手で構えていた。
盾で死角を作れなくなった銀狼。今度は両手持ちの死角をついてくる。
例えばエルナのように、剣道で両手で剣を構えることを基本として鍛え上げてき剣士であるなら、そう問題にはならないのだろう。しかしランスロットのように急造で両手持ちした者にとっては、左手の動きが利き手である右手についてこないという弱点が露呈してしまうものだ。
例えば、銀狼がランスロットにとっての右側から襲ってきた時には、銀狼の攻撃に魔剣『風神』を合わせることが出来る。しかし、左側から攻めてきた時には魔剣『風神』を合わせにいくことが出来ず、辛うじて身体をよじって躱す事しか出来ていない。
そうした動きの差をすぐに理解した銀狼は、執拗にランスロットの左側に回り込んで攻撃を仕掛けるようになった。学習能力があるのだ。
ついに……ランスロットは両手持ちを止めた。
盾を持って戦っている時のように、魔剣『風神』は右手だけで持つ。そして盾は持たずに左手でバランスを取る。まるでフェンシングのような……いや、持っている得物が長剣なので見た目は全く違うが、銀狼の攻撃をギリギリで躱したあとのバランスとりに左腕を使っている。
動きはとても剣士とは思えないが、それでもなんとかこのスタイルで銀狼と渡り合えている。
とは言っても、ランスロットの攻撃は未だに掠りもしていないのだが、銀狼の攻撃はちょくちょくランスロットに掠っている。クリーンヒットしていないので助かっているというだけである。
危ない橋を渡る度にティアナから回復魔法が飛んでくるのはありがたいが、いつまでも続くと精神が持たない。何か変化をつけないと……ランスロットがそう思った矢先のこと。
変えてきたのは銀狼だった。
魔剣『風神』によるランスロットの攻撃をかいくぐり、銀狼は脚への攻撃を仕掛けるように牙をむく。その攻撃に素早く反応したランスロットが、今度は脚か!と躱したその時だった。
銀狼はクルッと向きを変えると、後方で支援をしていたミアに向かって猛然と突撃したのだ。
「ミアッ!」
振り向きざまに魔力を込めて魔剣『風神』を振るうも、背後から放たれたはずの斬撃を事もなげにジャンプで躱す銀狼。突然迫り来る銀狼に、固まって動けないでいるミア。次は自分かと同じく動きが取れないでいるティアナ。
絶体絶命……
ランスロットたち3名の脳裏に等しくその言葉がチラついていたその時、唯一ランスロットの手に収まった魔剣『風神』だけが、淡い光を放ちつつ戦況をじっくりと冷静に見ていたのだった。




