第175話 ミゲルとスフィア
いつの間にかいなくなったるージュに続き、ファクトとエルナの二人とはモルトの街手前で別れた。そしてげいるを見送って残されたのは……ミゲルとスフィアの二人である。
パーティを組んでいたメンバーを一通り見送ったところで、どちらからともなく見つめ合う。
「今回のやつは結構な大冒険だったな」
「そうね、あなた。予想以上の出来事だったわね。ここまで大事になるとは全く思ってなかったわ」
実はこの二人、周りに一切明かしていないが実際の夫婦である。
ゲーマーの二人で別々に応募していて、二人して当選したというレアケースだ。しかも別々に指定場所に出向いて現地でバッタリ……という気まずい展開だったが、そこは元来の仲の良さでカバーしたようだ。一人だけ楽しもうとして……などというお話にはならなかった。
そもそも明らかに運営側の手が入ってそうな出来事だが『一緒にプレイ出来るね!』と、当の本人達が喜んでいるようなので、その点は問題なさそうである。
「それにしても、エルナちゃん……随分とファクトさんに入れ込んでるわね」
「そういうもんか?俺はどちらかっつーと憧れに近いんじゃないかなと思うが」
ミゲルは、そうスフィアに返す。
実際、ミゲルの視点からすれば戦闘職でもない《調合士》で、キラサカスコのような大物と前線で戦える力と判断力、立ち回りなどはそう真似できるものじゃない……と、ミゲルは感じている。
前衛として常に前線で戦闘に臨んでいるミゲルにとっても、何故それがファクトに出来るのか不思議でたまらない。
プレイヤースキルに大きな差を感じてしまっている。
「でも、ファクトさんの動きは前衛じゃないわ。とても上手な中衛ってところよ。《調合士》をしてるのがもったいない……って私は思ってしまうけど、本人が楽しんでるのなら、それが一番ですし」
「そぅだな。結局、こいつはゲームだしな」
よっ……と伸びをするような仕草をしてみせるミゲル。イルグラード内で筋肉をほぐすような行為に意味があるかはわからないが、普段の癖でついやってしまうようだ。
「にしてもだ。仮にお前の言うようにエルナがファクトの奴に好意をを持っているんだとしてよ、ファクトの方はどうなんだ?気づいてんのかね?意識してんのか?あいつは」
伸びをしたそのままの格好で、たまたま近くにあった岩にミゲルは腰を掛けた。そしてスフィアの方を見る。
スフィアはそんなミゲルの様子を見て優しく微笑んだ。
「どうでしょうね?好意を持たれてること自体は当然気づいてるでしょうけど、案外『懐かれているな』程度にしか感じてないかもね」
「あぁ~確かに。その可能性はありそうだな。あいつ、女性っていうより子供って感じだからなぁ」
「そうなのよね……ま、私達は見て楽しんでいればいいんじゃないかしら?」
くっくくと珍しく悪戯っぽい笑顔を見せるスフィア。みんなでパーティを組んでいる時には絶対に見せない表情である。
「ところでよ。あいつ……リンクスはどうなんだ。戻ってきそうか?」
ミゲルは元々組んでいる仲間の探索者のことに触れた。
盗賊の襲撃を受けて落ちたあと、実はミゲルは姿を見ていない。実はスフィアだけが彼とフレンド登録をしていたので、そもそもイルグラードにログインしているかどうかすらミゲルは知らないでいた。
「実はね。何度かログインしてるみたいなのよ。でも、連絡を寄越してはこないし、声かけても返事がないのよね」
「そうか……。まぁ元気ならいいか。でも、その感じじゃもどってきそうにねぇな?うちらにとっちゃ貴重な探索者なんだが」
そう言って、ミゲルの脳裏にるージュの顔が浮かぶ。
《ラミーラ坑道》でずっとパーティ仲間として行動を共にはしたが、とてもミゲルの力で御せるメンバーであるように思えない。今回の冒険に関してだけ言えば、本人の目的達成とう目標もあったせいでなんとか大人しく付き従っていた。
が、簡単に和を乱す奴はすぐに分かる。とミゲルは思っている。
そしてるージュをパーティ専任の探索者として迎え入れたいとは思えなかったのだ。
ミゲルとしては、なんとかリンクスに戻ってきて欲しいと考えている。
だからこそ、ログインしているのにスフィアからの声かけに返事が返ってきていないことを、非常に残念に思った。
「確かにね。るージュちゃんは色々とうさんくさいものね。他の探索者が簡単にスカウトできるとも思えないから、私達に出来るのは継続して声をかけつづけることと、じっくり腰を据えて待つことだけね」
「確かにな。ところでよ」
岩に腰を掛けたまま、ミゲルは腕組みをする。
「るージュといやぁよ、アイツは確か『レンジャー』とか……要するに上位職へのクラスチェンジ資格を得る為のクエストをやってたんだよな?」
「そうだったわね」
「てことはよ?俺たちもそろそろ狙っていく時期ってことか。何を目指そうか。お前はどうする?俺はやっぱり盾を活かせる壁役に特化したいよな」
そう言ってミゲルは予備の小さな盾を取り出した。
メインの盾は最初のスキルのエサにしてしまったし、げいるから貰った代役もスキルのエサとして使ってしまったので、今ミゲルの手元にあるのは小さな木製のバックラーだけだった。ゲーム開始当初、スフィアと共に店で購入した想い出の品である。
「あなた、まだそれ持ってたの?とっくに壊れて持ち替えたと思ってたわ」
「そりゃあこいつは流石に現役で使える装備じゃないけどよ、ここの想い出の一つだからな」
ちょっと照れくさそうにするミゲル。
こういったミゲルの姿を見られるのもスフィアと居るときだけだろう。
「んなこたいいんだよ。お前はどっち方面に進むつもりだ?って聞いてんだよ」
「そうねぇ」
照れ隠しに吠えるミゲルを見ながら、スフィアは実におかしそうに笑う。
「内緒……ってことにしておいて?まだ悩んでるのよ」
「そうか。まあ考えてるならいい。多分、エルナのやつもファクトも次会うときには上位職になってそうだからよ、俺らも負ける訳にはいかねえよな」
「そうね」
立ち上がったミゲルは軽く手でスフィアを促すと再び歩き始めた。アカシアの街はもうすぐそこだ。
「もうすぐメンテだろ?今日はもうあがろうぜ?」
ミゲルとスフィア。二人の姿はアカシアの街の雑踏の中に消えていった。




