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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
キシミア編
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龍の眼差し



「まあ」


 城壁に現れたものを見て、十全皇は懐かしい記憶を思い出した。


 それはとてもとても昔の話だ。人類種らしい人類種はまだ居らず、皆が神の末裔として部族に分かれ、強い魔法の力を有していた時代の事である。


「あの頃はわたくしも、うんっと若くて、元気だったのですけれど。歳には敵いませんわ」


 目を細める。視線の先には愛しい男。

 彼はどうあろうと、厄介ごとからは逃げられない。


 その魔性は高貴な女を引きつけて止まない。同時にやって来る困難を回避出来る程、器用には出来ていない。


 彼は苦難を受け、成長しなければいけない。


「だいぶ立派になりましたけれど……」


 彼が産まれたその日に扶桑雅悦は笑った。彼が貴様を殺す者だと、笑ったのだ。


 大樹『扶桑雅悦』は十全皇の支配下にある。


『アレ』が十全皇憎しで言った戯言だと思っていたのだが、惟鷹が産まれて五十余年、アレの言葉は現実味を帯びてきている。


「まだ、まだ……うふふっ」


 惟鷹の父は、良い男であったが、ニンゲンの域を出たりはしなかった。

 惟鷹の母は、まあ酷い女であったが……その性質は息子に受け継がれている。


「あ、ありゃ……なな、なんだ? 黒い……竜……?」


「竜? バカいえ、そんなもん……こんな場所にいるかよ……? どっからか出て来た、竜の退化種だろう? わ、ワイバーンとか」


「で、デカすぎるだろ。あんなもんがあっちこっちに居たら、世界なんぞ終わってるぞ」


「だ、だよなあ……でか……で、は、はは、ハハハハ――ッ!! ははははッッ!!」

「どうした? おい! 何笑ってんだ!?」

「ハハハハハッ!! ああああーーーーー!!」

「おい、暴れ出したぞ! あっちでもこっちでも……何だこれ!」

「わかるか! 逃げろ逃げろ! おい、お嬢さん、アンタも!」


「ええ。お気遣い無く。どうぞお逃げになって。普通のヒトでは、あんなものの直視は堪えませんの。貴方達ニンゲンの根幹部分を、散り散りにしてしまうから」


 扶桑美人の姿をとった十全皇が笑顔で会釈する。


 あれをどう表現したら良いものか、自身も答えを持たない。自分が相手をしたものとは、随分変質しているし、それに弱い。


 弱い、というのは十全皇の価値観におけるものであって、普通のニンゲンにおいては、倒す倒さないという問題ですらない。精神不安定のニンゲンの視界に映っただけで、心のタガが弾け飛ぶか、脳が焼き切れるかするだろう。自制の利かない竜というのは、そういう存在なのだ。


 逃げ惑う民衆に逆らうようにして、十全皇は城壁へと歩む。

 懐かしい空気、懐かしい魔力、愛しいヒトの酷い顔。

 酒を呑むには十分すぎる風流だ。


「ご店主、いらっしゃらないのかしら。ではお代はコチラで」


 道すがら、酒屋に寄ってお代を置き、何本か酒瓶を購入する。そのまま道に出ると、高く跳び上がり、五階建の軍警察詰め所の屋上に上り、優雅に腰を下ろした。


わたくしとした事が……杯を忘れるだなんて……」


 そういって、指を少し空中に漂わせる。空気中の水分が周囲からかき集められ、やがて凝縮、氷のコップが出来上がる。蒸留酒を注いで口に含み、十全皇は笑う。


「嗚呼美味しい。安酒でも肴が美味しければ悪くありませんのね」


 分身ではあるが、こうして直接彼の困難を鑑賞するのが、龍の少ない楽しみの一つであった。


 彼は強くならなければいけない。


 その強さというのは、ニンゲンの領域の限界などではなく、その先にある強さだ。

 高次のもの。

 竜に刃が届くだけの力を持たなければいけない。


 彼は勇者であり、自分は魔王だ。

 魔王は倒されなければいけない。


 まだヒトの文化が幼かった頃、魔王を名乗るような輩も居た。


 魔法を行使出来る人類種の中でも、特異的に産まれてしまったソレは、ニンゲン、竜族隔たり無く敵対し、世界でもっとも平等な王国を創ろうと画策したのだ。


 しかし彼は竜に挑み殺された。

 皮肉にも、本当の魔王とは竜であり、彼こそが勇者であった。


 まあ、その魔王を仕立て、竜に敵対させたのも、自分なのだが。

 いや、懐かしい……と十全皇は思い出して笑う。


「あれ、ニンゲンじゃないな。神かな……?」


 そんな楽しい記憶に浸っていると、とても無粋な声が聞こえる。それは翼を生やしたものだ。どうやらこちらが何者であるかは、気が付いていないらしい。


 気が付かれると大変に面倒なので、取り敢えず神という事にしておく。


「あら……竜精。ミーティム・ドラグニール・フィルスフィア」

「あ、知ってるんだ」

「ええ東部統括副局長様。以前お世話になりましたわ。といっても、とても昔ですけれど」

「じゃあ覚えてないかも。それで、キミは逃げないの? あれ、すんごいヤバいけど」

「知り合いがおりますの。なので、ここでお待ちしておりますわ」

「はー、物怖じしない神だなあ。年季入ってそうだし、そんなものか」

「しかし東部統括副局長様が、何故こちらに。ここは南部統括様のご担当でしょう」


「人探しだよ。見つけたんだけどね、いやー、それがどうやら、ほら、見えるかな。あそこにいるんだよ。バケモノだってのは聞いていたけれど、まさか竜と対峙して怯みもしないなんて、本当にバケモノだね?」


 ミーティムが指さして言う。当然、惟鷹の事だ。


 あのフィアレスが、まさか自分が殺されかけたなどと口にする筈も無い。まして自分の仇を討てと、妹に頼るなど有り得ない。しかし副局長はここに居る。きっと姉の事情を勝手に察して、勝手に付け回しているのだろう。


 こいつはそういう類の馬鹿だ。


「ああ。彼が待ち人ですの。とてもお強く、誇らしく思いますわ」


「あ、アレの知り合いかあ。でもどうしよう。竜……の類似品かなあれ。倒せるだろうけど、面倒だなあ」


「お手を触れない方が良いかと。急造の竜ですけれど、竜精とて無傷では済みませんもの」


「へえ。あ、さっきキシミアに着いたから良く分からないけど、事情知ってる? 統括局としては、一応事情聴取ぐらいはしたいんだよね」


「でしたら、わたくしのお隣に。お酒でも召し上がりながら」

「あ、なんだか悪いね神様。あの男の力も調べてみたいし、ここで観戦と洒落込むかあ」


 お酒と聞いて嬉しそうにする辺り、まだまだニンゲンみのある竜精である。序列は八位の筈だが……ファブニール竜がニンゲン臭い所為だろう。


 ファブニール竜は宝を奪いに来るニンゲンを心待ちにしている。ニンゲンを待ち望むその願いが、娘達にも影響しているのかもしれない。


 ファブニール竜。あれもまた懐かしい。どてっ腹に大穴を開けてやったのは、いつの昔か。

 笑いながら殺し合った日々は、とても大切な宝物だ。


「似非竜に一〇大金貨賭けよう」


「あら、ではわたくしはあのお方に。勿論、聡明な彼がそのままでは戦いませんから、彼を含めて複数人、となりますけれど」


「出来損ないでも竜なんだから、ニンゲンに倒せる時点で大偉業だよ。倒してくれたなら、仕事も減りそうだし、アイツの顔も拝む価値が有りそうだし」


「出来損ないでも竜。では竜に仇なすのであれば、竜精が問答無用で処刑するものでは?」


「名前も知らない竜だし、そもそもああいうのは『悪竜』って言うんだ。ニンゲンの力が強かった頃は、それを倒して英雄となる者もいたねえ」


「ああ、そうでしたかしら」

「そうそう。ガンバレー。ボクの仕事減らしてー」


 氷の盃を傾ける。今日はとても素晴らしい日だ。あの絶望に歪む顔の、なんと美しい事か。


 さあ、愛しい彼はどうするのか。


 追い込まれ、ズタボロになり……そして、彼は自分に助けを求めるだろうか。ビグ村で、フィアレスを相手にした時のように。


 いやいや、と首を振る。


 随分と頑固になった彼が、そう簡単に頼る訳もない。こんな急造の竜如きでは、絶対に足りない。しかし、足掻くさまは甘美だ。胸が熱くなる。心が融けるようだ。


 愛している。とてもとても、頭がおかしくなりそうなほど――彼を愛している。


 ああそうだ。

 良い事を思いついた。


「彼の名前はヨージ・衣笠。これは偽名で、本名は青葉惟鷹と言いますの。武家古鷹の分家、青葉家の長男。ハーフエルフですわ」


「扶桑の武人かあ。あいつら、他は有象無象なのに、突然変異みたいに強い奴、たまにいるよね」


「扶桑はそのような男子がたまに居ります。その中でも彼は――突出していますの。かのアスト・ダールを葬ったのも、彼」


「神殺しのアスト・ダールを? なるほど、じゃあ姉さんも傷付く訳だなあ。それは興味深いし、大樹教的にも、大変処理すべき問題だと思う」


「まあ、やはり彼を殺害せしめるので?」

「大樹教に敵対するならそうするよ。姉さん曰く、そんな気更々無いようだけど」


「うふふ。そりゃあ有りませんわ。彼は静かに暮らしたいだけ……けれど周りにいる女が、彼を放っておかない。彼を戦場に放り込み、彼に災厄を持ち込み、彼に不幸を齎す……権力と金と美貌を持った女達によって、彼の運命は滅茶苦茶……ああ御可哀想」


「……――話からすると、君も余程、そのタイプに見えるけど?」


「あら、察しが良い。流石竜精様。ええ、それの、元締めのような、ものですわ。お恥ずかしい限りです」


 竜精、ミーティム・ドラグニール・フィルスフィアの顔が曇る。自分が話している女が、ただの神でない事に、薄々勘づいてはいるのだろう。


 元から魔力の感知に敏い女だ。龍たる十全皇の細工とて、所詮この身体は遠隔地に作り上げた模造品である、竜精が疑問を持つのも当然だ。


 どこかしら、綻びが、漏れがあるかもしれない。


「君……何?」

「神ですわ。まさか――龍には、見えませんでしょう?」


 そのように答える。瞬間、物凄い勢いでミーティムの拳が飛んで来た。


 空気の壁を突き破るような速度のソレは、十全皇の頭部を弾き飛ばす。


「むっ」


 しかし、頭部が弾けると同時に、その身体も霧散してしまった。


『無粋無粋。だから嫌いなんですのよ、竜精とかいう動物は。例え十万年かかったとしても、必ず貴女達竜精には、この世から退場して頂きます。勿論、ヒトの手によってね』


 ミーティムは眉を顰め、寒そうにその素肌の腕を擦る。


「ありゃ。とんでもないものに障っちゃったな。こんなのに目を付けられるだなんて、ヨージって男は、余程運が無い。あーでも、うん。あー、いいなあ。強いのかあ。姉さんも斬られるぐらいだしなあ。気になるなあ」


 乗せられている。今消えて行ったあのバケモノに、自分は乗せられている。

 分かってはいるのだが。


「公務。これ公務だから! 取り敢えずその竜はパパッと処理して貰って、次は僕のお相手を願いたいなあ。戦力とかほら、把握しないとだし!」


 大樹による平和は大前提。竜精の本分だ。しかし、個人の楽しみがあっても悪くは無いだろう。

 何せ竜精は暇なのだ。たまには、刺激的な出来事だって欲しい。


「姉さんの物だと思うと、余計欲しくなるんだよねえ」


 ミーティム・ドラグニール・フィルスフィア。序列八位。ファブニールの子。


 その性質は『略奪』である。

 己の欲求の為ならば、軽率に、余計な事をするように出来ていた。



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