黒色の咎2
「ええ。そうして頂戴。神は健在。ただ、少し姿を眩ませるの。わかる。けど正直、貴方も信用していない」
エーヴの遠隔会話先である神官長は、困惑の極致であったに違いない。
突然都市神が消えると言い出し、しかもお前等信用してねえから、などと例えばリーアに言われたならば、ヨージなら泡を吹いて卒倒するだろう。つらすぎる。が、しばし我慢頂きたい限りだ。
「取り敢えず治癒神友の会にお連れしますけれど、そこだって場所がバレてますからねえ。まして貴女は有名神だ」
「魔法で姿ぐらいは変えられる。ほらこの通り」
パチン、と指を弾くと、外套姿の幼女が突如成熟した獣人女性となる。魔力を行使した痕跡がヨージには辿れない為、明らかにニンゲンの認識の外にある魔法だ。そも詠唱も無い。
これは竜精フィアレスが、豊御霊として姿を偽っていたモノと同じだろう。神としての気配こそあれど、強大な力は感じられない。ニンゲンには感知出来ない代物だ。
「あの、服パッツンパッツンですけど……幻術じゃあないのですね」
「魔力を、肉に見立てて纏っているから、実質肉」
「あ、キグルミみたいなものですか」
「こうしてお昼の町を歩くのは、久しぶり」
第一商店街を見渡してエーヴが言う。都市神程の力を持っていようと、ヒトとの接し方を考えた場合傍若無人には振舞えないであろうし、好き勝手も出来ないだろう。高位であればある程、神とは秘されるものである。
その存在や奇跡をヒトから離し、尊いものであるとする事も、神秘を保つ為に必要だった。
「活気が有る。格差は有りますが、ここには高くも低くもヒトの営みが有る。皆が貴女を信じている。この土地を支えるのは、並大抵ではないでしょう」
「そうして労ってくれる神官も、いなくなって久しい」
「慣れとは怖いものです。いつの間にか、尊いものも、近すぎる故に当たり前になってしまう。神官達だって、ワザとそうしている訳ではありませんよ」
「優しいのね」
「面倒臭がりなだけですよ。一先ず優しくしておけば、面倒な事も聞かれない。相手がこちらに気がある場合は、その限りじゃありませんが」
「なら鈍いヒト。最低」
「女性に罵られるのは慣れています。慣れってヒドイですね」
「貴方の神の気苦労が窺い知れる。それで、どうするの」
キシミア城及びキシミア教会に置いておくのはまずい故に出ようと提案したが、治癒神友の会で匿うのも限界が有るだろう。ヒナに頼れば他に隠れ家の一つや二つ用意してくれるだろうが、今彼女は大学に行っている。
「神エーヴよ。色街を見た事は?」
「ない」
「そうですか。ではショックを受けないように」
ともすると、これから向かう場所は一つしかなかった。
第一商店街の大通りから脇道に反れて、奥へ奥へと進んで行く。やがてゴミと溝の臭いが立ち込め始めると、栄華を誇るキシミアの裏側にご到着だ。とはいえ、この色街はあの二人の管理もあってだいぶ清潔な方だ。
「おう。まだ開店前だぞ。アリナなら出てる」
「ボーグマン氏。体調の方は」
「ヨージか。ああ、問題ねえよお。で、その――なんだその美人!?」
鯨の髭亭の客用の椅子でふんぞり返ってエールをあおっていたボーグマンが、そのまま椅子から転げ落ちる。
木を隠すなら森の中。ワケアリそうな女を隠すなら色街の中である。
「知人です。お手を触れないように。大変高貴なご出身なのですが、ワケあって一日二日お預かりする事になりました」
「知人ってお前……ええ……お犬様か、参ったな……」
獣人の多い土地だろうと、イナンナ狼型は目立ちすぎる。エーヴは不服そうだが、耳は犬型のモノに偽装して貰った。とはいえ、犬型も近縁だけあって高貴な身分が多い。
「どうかお願いします。数日で構わないので」
「そりゃ、俺が断ったとしても、アリナが『なんで断ったの!?』ってキレやがるだろうから、別に良いがよぉ」
「ほんとアリナ氏に弱いですね……」
「うーるせえなあ。取り敢えず、上の右から二番目の部屋が空いてっから、そこに居ろ。あー、名前は?」
「エー」「ぶぁっッッくしゅん!! あー、風邪かなあ。怖いですね、風邪。で、お名前は確か、エンブリオさんでしたね」
「――そう」
「エンブリオな。ボーグマンだ」
(神エーヴ、会話リンク、お渡しします。何かあれば、頭の中に。神に話しかけられると、脳がごにょごにょして気持ち悪いですが、仕方が無い)
信徒であればシンボルを貰う所だが、そうもいかない。
魔力での会話は魔力を消費する上に、相手が相当上位者である場合、意識を大きく持っていかれる可能性がある為避けたかったが、背に腹は代えられなかった。
(わかった。あら、ヨージの頭の中は暖かい)
(長居しないでください、ほんと。頭の中、ごにゃごにゃするので)
「というわけでお願いします。エンブリオさん、上で待機しててくださいね」
「ええ」
エーヴが少し不満そうにヨージを見てから、階段を上がって行く。胸を撫で下ろしてから椅子に腰かけ、ボーグマンの飲んでいたエールを引っ手繰って飲み干す。
「あってめ」
「おかわりください。貴方分も払いましょう」
「お、なんだ。それを早く言いやがれよ」
嬉々として自分用のエールも注いで持って来たボーグマンと杯を交わしてあおる。全く酒ぐらい入れないとやっていられない。
「別嬪だな……本国の女か? 妙に控え目だがよ」
「詮索しない方が良いでしょう。あと、手を触れても死にますからやめた方が良い」
「なんだそれ毒で出来てんのかあの女。面倒なもん持ち込みやがって」
「その点についてはあとでお詫びしましょう。ああそうだ、伺いたい事があったのでした」
「なんだ?」
「顔に瑕のあるエルフを知っていますね」
一先ず、エーヴの問題は置いておく。
カルミエが消えたとなればいつ現れるかも不明であるし、カルミエが黒だという事は、こちらに流されていた情報……つまり容疑者とされる神二柱はヨージの目を背ける為のブラフである事も予想される上、カルミエから渡された採掘場の採掘依頼者などの資料も、ねつ造されている可能性がある。
これらカルミエ関連の問題は、精査するには情報が無い。
まずは手を付けられる事から進めるべきだろう。
「スカーフェイス。この色街の、『元』元締めだ。俺とおんなじ、元イナンナー軍人だあな」
「居ましたよ。第三商店街で、丸薬を捌いていた」
「野郎。どこに消えたかと思えば、んなとこに潜んでいやがったのか。しっかし、なんで俺がアイツと顔見知りだって知ってた」
「丸薬の流通経路を探っていて出逢ったのです。第一商店街は丸薬の広がりが悪い、恐らく貴方の所為だろう、と」
「丸薬ってのは、その熱病の原因だろ。俺が知った事か……ああ、逆恨みかなんかかな」
「彼が憎々し気に貴方の名前を呼んだのは、色街の抗争が原因でしょうか」
「……元戦友だし、幼馴染だよ。俺もアイツもココ生まれ。クソッタレな人生を少しでも変えようってんで、軍隊に志願したんだ。あいつの家は昔から、ココの元締めだった」
「彼、エルフですよね……?」
「ああ。ハーフだ。奴の母ちゃんが貴族様と寝て、その間に出来た子だ。こんな場所でエルフなんてえのは、目立ちすぎるし、一家でも浮く。よく虐められてたが、まあ、俺とは仲が良かった」
面倒見の良いボーグマンが、虐げられる彼を助けるであろう姿は、ありありと目に浮かんだ。
ボーグマンがとつとつと過去を語る。あまり、聴くべき事ではなかったのかもしれない。それはボーグマン自身もであるし――どこか重ね合わせてしまう、自分が居る事も理由だ。
「十年ぐらい前のこった。俺とアイツは同じ部隊でよ、イナンナー本国から北方大陸南西部に派兵された」
「ミンダネロ戦争ですね。北方大陸での利権拡大を狙ったイナンナーとミンダネロ国との衝突です」
「おう。上陸作戦の時点で死ぬかと思ったが、俺もアイツも生き延びた。なんとか首都手前まで迫った所で、同盟軍が参戦、一気にひっくり返された。俺は足をイワして、アイツはご自慢の顔に酷い怪我を負った。俺は軍人として続けられねえからそのまま引退。アイツは残ったが……戻って来たアイツは」
「……ヒトが変わっていた」
「良く分かったな」
彼の女性に対する憎悪を見るに、軍に残った彼がどのような扱いを受けたのかは想像出来る。散々とプライドを傷つけられただろう。
「アイツの一家がこの色街を牛耳ってた頃は、まあ今ほどじゃねえがまだ良かった。が、アイツが帰って来てからは、酷い。みかじめ料は値上げ、娼婦の取り分は減るし、気に入らない奴は見せしめにボコボコ。街の管理なんてまともにやらねえから、荒れる一方。アイツの一家は――まあ、アイツが全員追い出しちまったよ」
「それで、貴方とアリナ氏が立ち上がったのですね。お二人で、どう排除したのです」
「え? そりゃお前、片っ端からぶん殴ったんだよ。大体はアイツに金チラつかせられて靡いた顔見知りばっかりだ。アリナのやろーが『このままでいい訳ないでしょー!』っつって、アイツぶっ飛ばして――」
「アリナ氏強すぎません? 相手軍人ですよね?」
「……アイツ、アリナの事好きだったから、ほら……」
「あー……」
「そんで、まあ。ごちゃごちゃになってた権利関係を俺が整理して、軍警察に良い顔出来るように自治会も作って、その運営が気に入らねえ奴は出ていけ、良いってんなら付いて来いってわけだ」
ボーグマンが大きなため息を吐く。スカーフェイスの所在を気にしていたのだろう。軋轢はあれど、辛い中を一緒に生きた友である、簡単に捨てられる関係ではない。
ヨージからすれば、生きているだけマシではないか、とは思うが。そんな彼が害悪となって現れた場合、そうも言っていられないだろう。
『兄貴――惟鷹の兄貴――……』
辛い話だ。
『兄貴、殺してくれ――……もう抑えられないや。兄貴、兄貴の手で、殺してくれ――』
「……ッ」
「おう、どうした」
「え、あ、いいえ。少し昔を思い出しまして。嫌ですね、戦争なんて」
「そういやお前も軍隊引退したクチだったな。俺みたいな木端軍人じゃあねえんだろうが」
「はは。中間管理職なんて常に死線の最前線ですよ。それで、僕は彼の動向を探って丸薬流通の元締めを特定したいのですが、彼が好きだったものや、彼が好きそうな場所、思い当たりますか」
「そうだな……」
ボーグマンが深く考え込む。幼馴染ならばスカーフェイスの様々な趣味趣向を知っているだろう。その中でも一番とっつき易そうなものがあれば良い。
「高い場所」
「高い場所? このあたりだと……城壁ぐらいですねえ」
「ああ。そうだ。壁は登るなってのがお決まりだが、秘密の入口があってな。壁の中を通り抜けられるんだよ。このキシミア覆ってる壁ならどこにでも繋がってるし、警備が少ねえ。まあ、当時俺らは、わざと警備兵に石投げて追いかけっことか、してたけどな」
「はは、微笑ましい。場所は覚えていますか」
「ああ、ここから東の林になってるところだ。木に×印をつけてある。そこの木の洞を下ると、壁へ繋がる扉があったんだ……ああ、特に、今日」
「今日?」
「間違いなく、世界で一番綺麗な夕日が拝める」
自慢げに、ボーグマンが言う。確かに、あの高い壁から望む夕暮れは圧巻だろう。
「有難うございます。お代はこれで。あまり昼から呑んでいると、アリナ氏に蹴飛ばされますよ」
「あの蹴りやべーんだわ……」
笑いながら、後ろ手で手を振り、鯨の髭亭を後にする。
(神エーヴよ。足りないものがあれば届けます)
(今は、良い。ここから街を見下ろすのが楽しいから)
店の外から上を見ると、彼女は屋根に上がって色街を見下ろしていた。下界に蔓延るのは、大声と、喧嘩と、愚痴と、愛と恋と、小さい夢や希望である。
(歌がきこえる)
彼女が何かを口ずさんでいる。彼女は、戦う力は無いという話だった。イナンナーという国に管理された神。地母樹『イナンナ』の孫。
その長い長い半生において、どのようなものを見て来たのだろうか。多少強引な部分もあるが、ワガママでもない。女性上位思想の権化でなくてはいけないであろう彼女があの調子であるから――もしかすれば、他の女神達から疎まれていたのかもしれない。
(僕は、何度も約束を違えてきました。大体、外的要因によるものですが)
(そう)
(でも、なるべくなら、優しくありたい。約束を違えたくない。少し、待っていてくださいね)
(――うん)
店に背を向け、仮拠点へと戻る。
今やれることをやっておかなければ、後手に回り続けてしまう。
そうなった場合、エーヴどころか、自分の命も怪しいだろう。




