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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
キシミア編
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黒色の咎1



 黒色の咎



 敵が誰で、何を目的としているのか。不明点が多い。自分の知る事実、考察、そして過去の知識を交えた話を聞いて、神エーヴは神妙に頷く。


「ヨージは、その化石が何か、わかる?」

「古代の樹木……という事ぐらいしか。資料は現在三三寺ヒナが精査しています」

「当時の樹木とは、この世界の礎そのもの。決して、今生えている木々と同じではないの」


 エーヴはベッドで寝がえりを打ちながら言う。酷く憂鬱そうだ。傍らでお茶を注ぐカルミエも、どこか緊張した面持ちで居る。


 キシミア教会裏、キシミア城エーヴ寝室。ヒト除けと消音の結界を張り巡らせたココでは、外の音も内の音も漏れない。静かな部屋にエーヴの衣擦れの音だけが響く。


 肢体を持ち上げ、ベッドに腰掛けた彼女はいつになく真剣だ。


「つまり――大樹と同等の性質を持ちえる樹木、という事でしょうか」

「有り得る」


 埋没していた樹木が神話の時代の物であったとするならば、自分達が侵入したあの洞窟は、ハッキリ言って異界に等しいだろう。ただし、本来太古の昔というのは魔力が溢れていた時代を言う。あそこはむしろ魔力が薄かった。


「あの発狂した男は洗浄後手は尽くしましたが、生憎。故に発言から得られた情報は少ない」

「カルミエ氏。彼は何か、叫んでいましたが」

「はい。神に対して敵対心を露わとしていました。理由は不明です」

「それは、彼がただ発狂したから吐いた妄言か――樹木の意思か」


 時代が進むにつれ、ニンゲンは宗教以外の科学的教養を身に着け始めた。


 ニンゲンの編み上げた学術的常識は以前よりも多く信じられているが――高位の神、そして本物の龍などを知っているニンゲンからすると、木が意思を持ち、恨み辛みを爆発させているのだ、という与太のような話も、冗談とはとても言い切れない。


 竜は龍は今も在り、また世界の法則の根幹を成している。古代樹木の残滓が、乗っ取ったニンゲンの口を借りて喋ったのではないか、という事だ。


「樹木の意思。劣化は激しいけれど……ヒトを狂わせるには十分すぎる。その木炭化石が有った場所、魔力、薄かったでしょ」


「はい」

「目を覚ました。生きる為、蘇る為、あらゆる場所から魔力を吸い上げている」


「先ほどもお話した通り、これがまき散らされている。流通経路及び元締めを即座に特定しなければいけません。この黒い粉は、神を害する」


「……ともすると、ヨージさん。神エーヴを狙うとされている副祭神二柱のどちらかが、この流通に手を貸している……?」


「なるほど。ああ、余談ではありますが、カルミエ氏。治癒神友の会が襲撃されました」


「それは、大変でしたね。不届きな者がいたものです」


「何者かがならず者を嗾けて来たようですが、そいつら曰く、イナンナ章を胸に下げた女だったそうです。怪しすぎますので、ブラフでしょうが……ウチを狙うような所と敵対した記憶が無い。どこかから話を聞きつけた、その流通者の一味でしょうか? もしくは何かしらの理由で、宗教団体を襲うような奴が居るという噂、知りませんか」


「いいえ。しかし、最近各所で神に対して攻撃的な者がいる、とは聞き及んでいます。ノードワルト、イナンナー問わず、ですが」


 ヨージの眉がピクリと動く。

 神エーヴに目配せすると、彼女は悲しそうに頷く。


「神をですか。うちは信徒もいるので、襲撃されたのが神とも限りませんが」

「宗教団体を襲う、という事でしたから、神も標的になったのでは、と考えたまでです」


「神を? ヒトが? 御冗談を。『殺せる手段』を持ち合わせない限り、ニンゲンが神を襲おうなど、まず考えないでしょう」


「……――ヨージさん?」

「いや、失敬。襲撃を受けて、ピリピリしていまして」

「それは、そうでしょうね」


「いやあ、何分、心当たりが無さ過ぎる。我が教団は『紹介制』でして――……『所在地を知っているニンゲン』は限られるものですから、ははははッ! しかも『僕の不在時』に『神シュプリーア』を『限定』して狙うだなんて。いやはや、失敬失敬。恐らく娼婦経由で漏れたのでしょう」


「心配ならば、軍警察を警備に当たらせましょうか」


「いいえ。その軍警察が怪しいものですから。軍警察の、恐らく上層部まで、何者かが食い込んでいる。採掘場は軍警察敗北という話を聞きましたが、あれは戦闘もそこそこに命令で撤退した痕跡でした。僕が視ましたから、専門家の意見、として受け取って貰って大丈夫です」


「――なんてこと。ともなると、我々キシミア教会で動かせる手駒が無くなってしまいます。ヨージさん、アテはありませんか」


「何も心配ご無用です。僕がやりますから。ヘタな軍隊を連れて来るよりも頼れる事を保証しましょう」


「よくぞ言ってくれた。カルミエ。ヨージに褒美を与えるから、少し外して」

「畏まりました……」


 黙していたエーヴが口を開く。カルミエは静かに頭を下げて部屋を出て行った。

 カルミエが見えなくなるのを確認してから、エーヴがお腹を抱えてクツクツと笑い始める。


「あは、くっ……くふっ……くふふっ!」

「幼い容姿ですから、本来可愛らしく見える筈なのですが、貴女の笑いは何ともですね」

「ハッキリ言って」

「えっちです」

「好みの男の前だから。笑いだって、誘うものになる。ああ、ふふ。久々に笑った」

「まあ、黒ですね、彼女」

「わたしは、大戦後直ぐに来た神だけれど、アレは随分後に来た」


 大帝国南部討伐軍対イナンナーキシミア派兵軍の一大戦争後の話だろう。五〇年以上前の事だ。


 海上から乗り上げた派兵軍は一気にキシミアを占拠、後手に回った討伐軍は城攻めという形になる。何せ海軍国家と陸軍国家の戦争であるから、海上では派兵軍が、陸上では討伐軍が優勢という形で拮抗し続けた。


 数か月に及ぶ睨み合いと殴り合いの結果、討伐軍は『謎の』撤退。

 晴れてキシミアはイナンナーの占領下に置かれた。死傷者数は当時の曖昧な換算で十万と言われているから、実質でも五万以上は死んだのだろう。


「戦後の混乱を宥め、治める為に貴女は派遣されたのですね」


「その時巫女も本国から連れて来た。けれどいつの間にか、誰の采配かは知らないけれど……ここ十年。あの女になっていた。正式な手続きがされている。不審な点は無い。普通の、イナンナの巫女」


「イナンナの巫女ですと……」

「今も客をとってる。アレを抱くのに、幾らかかるか知ってる?」

「いいえ」

「一〇万セレドナ」

「うへ……」


 大真鍮銭であれば一二〇枚。大金貨であれば一枚。

 ……一般的な家族二か月分の生活費及び雑費以上だ。

 一体どんなサービスが受けられるのか、想像するととんでもない。


 正式な手続きはされている、というが、そこに至るまでの手段はきっとその美貌だろう。


「あの顔にあのカラダ。純エルフという希少価値、巫女という背徳性……挙句鍛え抜かれた技術。男は一夜でこの世の快楽を一度に受ける。あの女しか、見られなくなるぐらいの」


「性の怪物じゃないですか……彼女自身に対する信奉者、多いでしょう」

「多い。怪しくは思っていた。けど、情もあるの。わたしは竜じゃない。神だから」


 例え千年を超える月日を生きる神とて、身内を疑って無事な心は持っていないのかもしれない。

 神は肉と魂と魔力の化合物。ヒトとの違うは構成比率程度。ヒナの言葉が思い出される。


「ふうむ」

「どのくらい、関わっていると思うの」


「あの黒い粉を兵器として用いる発想を持っているのは間違いありません。となると、当然流通に関わって来る。そしてそれを、僕不在の治癒神友の会に使った事まで考えると、まあ大半、七割強、八割でしょう」


「……そう」


「貴女との連絡を取る為に、僕はカルミエに会話リンクを許可しました。これには交信の距離限界がある。外在魔力マナ量に依存しますが、ここなら城壁外には通じない。僕に連絡出来ないなら街の反対側か外だろう、と踏んだのでしょう。果たしてあの襲撃は、治癒神友の会に対する威嚇なのか。もしくは――貴女を殺す為の、実験なのか」


 カルミエは、何かが中途半端であるように思えてならない。

 彼女の知性がどれほどであるかは不明だが、それにしたって引っかかる部分が多い。もっと慎重に動けたであろうが――


「焦っているのでしょう。わたしに齎された予言の刻限は近い。つまり、遠くなく、カルミエが主導する事件が起こる『筈』だった」


「僕が動いたからですかね」


 用意周到に準備して来たものの……採掘場爆発事故で計画の一部が露呈。軍警察など様々と手を回したものの、異物中の異物であるヨージとヒナが問題を掘り起こしてしまった。


 こういった場合、収めるか、暴れるかのどちらかになる。


「彼女が冷静で無い場合、強硬策に出る可能性も有る。神エーヴよ。決断を。今彼女を捕らえろというならば、僕は出来ます」


「ううん。もう居ない。逃げた」

「うお、早いな……いや、貴女、逃がしましたか」

「ううん。ポータル開いて逃げた」

「転移魔法……」


 アレを捕まえて、吐かせて、関係者を処罰して、一定の終着点を見出せる……そう思った直後に、とんでもない爆弾を落とされた。


 転移魔法。


 所謂『大魔法』に分類される、超絶難度の究極魔法だ。しかしそれは個人で詠唱、使用する場合を言う。


「事前準備していたのでしょうか」

「ううん。普通に開いた」

「化物じゃないですかッ」


 ヨージが頭を抱える。


 ポータル……各国術式で呼び名や方法は違うが、遠隔地に移動するような転移魔法は、準備に一か月かかる。術者五人、脈の安定した土地で、絶えず詠唱を続け、捧げモノを絶えず続け、やっと開けるものだ。


 それを、個人で?


「ああ、ヤバイですね。彼女自身が普通ではありませんし、後ろに控えてるもの、普通じゃないですよ、きっと」


「大丈夫よ」

「はて、何故」

「貴方が護ってくれるのでしょう。龍の寵愛を受けるヒト」

「軽はずみな発言は控えるべきだなー。僕バカだなあ……ッ」

「男に護られるだなんて……嗚呼、長生きするものね。胸が熱くって仕方が無い」


 長い時間を掛けて現状に辿り着いたとしたならば、彼女は簡単に諦めなどしないだろう。どうあっても神エーヴを、そしてヨージを排除に来る。ともすると……。


「――ここ、危険ですね」

「そちらへ行く。頑張って護って」

「ヤバいなあ……――ッ」

「よいしょっ」


 そんな事を言っているそばから、エーヴは窓から外へと飛び出してしまう。思っているよりもずっと活発な人物なのかもしれない。


「ああちょっと、突然消えたら、僕が誘拐犯扱いになってしまいますからぁ!」


 追いかけて飛び降りる。これは――間違いなく碌な事にならない。



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