此処は何処か1
此処は何処か
森の中を走りながら、問題点について考える。
この丸薬の成分である煤が地中に存在し、そしてそれを採掘しようとする輩が居るとすれば、既にヨージ達の手に余るものだ。
少量ではニンゲンの魔力漏出を抑止する程度であり、それに伴う身体の変調……ニンゲンの場合微熱や気分高揚で済むが、身体が大量の魔力を帯びている神にはまさに『特効薬』と成り得る。
魔力は神が扱う場合名称を変えるが、高次になるだけであって本質は同等だ。
大量の魔力を吸収、自然排出しているその機能を抑止された神がどうなるか。
理論上ならば、ニンゲンと大差なくなる。
魔力を幾ら内に留めようと、自身を護ろうとする『機能』が発揮出来ないのならば、魔法は貫通し、刃は神の肉を切り裂く事になる。
そんなものが、組織的に採掘され、一般に流通するようになったとあらば、キシミアどころか連合王国本国、飛び火すれば大帝国とて黙っていない。
確実に国家を崩壊に導ける物質だ、キシミアは複数国家によって戦場と化す。
「まったく――とんでもないものを。これに似た事例、過去に有りますか?」
「人工的に魔力を抑止する薬はある。あと一部鉱石に似た成分が含まれてやがって、扶桑でも研究してたな。未開地じゃあ神も戦場に投入されるから、それ抑えんのにさ。ただ、数が用意出来ねえから、計画はおじゃんだ」
「何故こんなもの、流通させようなどと考えたのでしょう」
「その性質を知らねえ、ってのが一番だろ。神に効くなんて思いもしないんじゃねえか。少なくとも、あの丸薬撒いてる奴等はよ。だから、ただの金儲けだ」
「キシミアでの流通量を考えると、少なくとも教会一つ落とすには、十分そうですね」
「……どういう意味だ?」
この丸薬に複数のニンゲンと組織が関わっているのだろう。今から向かう採掘場はその一部に過ぎない。あの物質で金儲けを企む者が大半だったとしても――もっと大ごとにしたいと、考えている者は居るだろう。
(如何にして、竜精に近しい神エーヴを害するか、か。嫌な答えがやってきたものだなあ)
使用量は不明だが、この物質の効能を考えるに、神エーヴを無力化する事は十分に可能だろう。
容疑者である神二柱、或いはその近くで、神エーヴ失脚を目論んでいる者が居る。
「神エーヴは自身が何者かによって害される、と予言しました。僕は運悪く彼女に捕まり、これを解決せよ、と仰せつかった訳です」
「殺される云々はそれかよ。相変わらず、変な女に絡まれやがるな、お前は」
その『変な女』は恐らく、十全皇の事であろう。
「しっ。どこで聞いているか分かりません」
「――逃げられないのか、アレから」
「……この星にいる限り、きっと無理でしょう」
「――……そうかよ」
木陰に身を潜める。視線の先には採掘場の入り口があった。坑道はそれなりに広く掘られているようだ。傾斜の付いた坑道からトロッコを引き上げる為の機械、その動力炉、ワイヤーなどが至る所に散乱している。
その正面に見えるのは、戦の痕だ。死体がアチコチと転がっている。とてもではないが、リーアには見せられない。しかし……。
「ドンパチが聞こえねえな?」
「魔力の痕跡を視ます」
魔力を行使すれば、ある程度の時間その痕跡が残る。
内在魔力を行使したならばそのニンゲン固有の残留魔力が、外在魔力を行使したならばわずかな固有残留魔力と、その人物が信仰する宗教の痕跡が視て取れる。
確実な人物特定をする場合は事前情報が無ければ無理だが、こういった場では大まかな流れだけを読めば良い。
戦争である場合、相手に動きを知られない為に残留魔力処理の処置が施されるが、突発的な戦場である為、残っているだろう。
「視えるか」
「軍警察……退却してますね。攻め手が往復した形跡がある。守り手は坑道内に引き返しています。痛み分け……ではありませんね。守り手が引き返したなら、軍警察が引く理由がありませんから」
青、白、黒、緑……様々な色彩の帯が各所に見て取れる。特に殺し合いという場では、これが色濃く残る。感情は確実に魔力に色を帯びさせるからだ。
「軍警察が負けた? んな訳ねえな」
「はい。これは、退却指示を受けた、が正しいでしょう。いよいよもって、軍警察の関与が疑われます」
「ま、都合が良い事この上ねえな。私兵団なんてシロウトども、蹴散らしちまおう」
ヒナがリュックを背負い直して言う。その背中にあるものは、間違いなく兵器の類だ。化学物質満載だろう。戦いが本業では無いにしても、魔法冠位はヨージよりずっと上、しかも三種別以上の魔法を行使する、生きる魔力兵器が彼女だ。このような場の場合、ヨージよりずっと頼もしい。
「……ところでヒナ。随分力を入れていますね。本当なら、さっそく役所に報告した方が良いでしょう。勿論、どこからか情報が洩れて、疑わしい軍警察が先に動き出すかもしれないから、先手を打とう、という判断は正しい。しかし、貴女が身を挺する事でしょうか」
ヒナは、分からない事が嫌いだ。件の物質が何なのか、それを知りたいという過激な知的好奇心に突き動かされている、と言われればそれまでである。
だが、それでも。例えばキシミアの公務員だったとしても、ヒナが出る幕ではない。キシミア教会とて配慮して、状況を荒立てない手段を取るだろう。
キシミア教会が絶対にヘタを打つ、という確証があるのか。
「……神様の手を煩わせる訳にゃいかないだろ」
「キシミア教会に、何か弱みでも握られましたか?」
「安住の地なんだ、ここは」
ヒナが黙る。
扶桑の元研究者がこんな場所に居るのだ、言えない事の一つや二つあるのだろう、としてヨージも追及をやめる。
自分もそうであるが、あまりヒトの深い部分を掘り下げたくない。まして、一度ならず肌を合わせた彼女の心を抉るような真似は出来なかった。
「そうだ、手ェ貸せ」
「はあ」
兎も角、どうあってもこの採掘場は制圧したいらしい。ヨージもそれについて異論はない。ヒナに言われた通り手を差し出すと、ヨージの持つ魔力のごく一部を吸い取られる。何事かと思ったが、彼女はその緑色の魔力を、麻袋の中に詰め込んで良くコネ始めた。
「何事です、それ」
「魔力感知型の衝撃爆弾。お前の魔力覚えさせたから、お前が魔法行使しても反応しない」
麻袋の中には、更に小さいお手玉のようなものが、沢山詰まっている。見た目でこれを兵器と判断するニンゲンは居ないだろう。
「なんです、その、エグイ兵器は」
「余程当たり所が悪くなきゃ死なねえから安心しろ。効果範囲は三大バーム程度だ、覚えとけ」
つまり、一つの部屋が吹き飛ぶ程度の威力、という事だろう。それは死ぬだろ、と思ったが、ヨージは口を噤む。
周囲に誰も居ない事を確認して、坑道へと侵入する。
火山灰が降り積もって出来た土地である為、その地層は果てしなく脆い。入口はこれでもか、という程の補強材が詰められている。軍警察との戦闘の所為か、多少の散らかりは見えるものの、荒れている、とは言えないだろう。
「事務所は……ああ、あの小屋ですか」
「地図チョッパって来い。あ、入口は気を付けろよ」
「はは。潜入はシロウトでも、戦闘は一応経験者ですので」
建物の入口、洞窟の入口、鬱蒼と茂る森の中のふとした場所、怪我をして動けなくなった仲間、そういったものには不用意に近づけない。一体どんなトラップが仕掛けてあるやら。
ヨージは入口付近に設えられた小屋の扉を警戒して開け放つ。ただし、こんな小屋に用意出来るトラップ程度では、警戒状態のヨージの魔法障壁を突破出来ない為、気持ちは楽だ。
「罠無し。地図はありますね」
「んじゃ行くぞ。現場抑えてあーしの魔法で完全封鎖。責任者が居るならしょっ引いてキシミア教会行きだ。いいな」
「了解ボス」
ヒナがニヤリと笑って先を進み始める。
何事も無いと良いが……あまり期待は出来ない。
侵入から十法分経過。
坑道は多少の傾斜はあるものの、ほぼ横に掘られている。次第に土らしい土が顔を覗かせ始め、地下水で水没している区画も見受けられた。キシミアを支える水と温泉の素である。
ニンゲンの気配は無い。地図を見る限り、数か所から掘り進んでいて、途中繋がっている場所もある。そちらから逃げるという事も出来るだろう。
「気配が有りませんね。このルートは真っすぐ、火山方面に向かっているのでしょうか」
「そのようだな」
「副産物、多そうですけど」
「ダイヤやエメラルドか。そっちは正規ルートに乗せてやがるんだろうさ。一粒で二度も三度も美味しい穴な訳だ」
「それで、ミサンジ博士。結局あの物質、何だと思いますか」
「さあてなあ。何の検査薬にも引っかかりゃしない。魔力を通す場合と通さない場合がある。性質も安定しない。まさに意味不明だ」
「博士で分からないもの、僕が分かる筈も有りませんね」
「意味不明なモノにゃ沢山逢ってるだろ」
「ええ。龍とか、竜精とか……ビグ村では三度目の遭遇でしたよ、竜精」
「酒無しじゃ語れそうにない話するんじゃあない。なんで出会って生きて帰れるんだ。三回も」
「殺し損ねまして」
「ぶっは、はははッッ!! あれ、殺れるもんなのか?」
「結果、十全皇に見つかりました」
「――……女皇龍脈に繋いだのか。まあ……仕方ねえか。ビグ村なら、えーと、東部統括だな。フィアレス・ドラグニール・マークファスか、もしくはミーティム・ドラグニール・フィルスフィアだ。三姉妹でな、次女のエイレン・ドラグニール・カルフィニスは数万年ぐらい引きこもってるらしいから、どっちかだ」
「詳しいですね」
「ああ、言ってなかったか。陛下からな『ヒトの身で竜精如きを打倒する方法は御座いませんかしら?』とか、直々に言われて、対策練らされたんだよ……そんなに嫌いならご自分でどうぞってなもんだ」
「そりゃ無理です。龍と竜精が殴り合ったら、国が消滅します……というか、あのヒトはそんなものまで研究させていたのですか」
「ヒトの頑張る所を観たいんだとさ。シュミだよ」
「らしいですね」
「らしい……そういう意味じゃ、まあ、嫌いじゃあないんだ、女皇陛下は」
侵入から半法刻経過。
なだらかな傾斜が終わり、本当に真っすぐ横に掘られた穴をひたすら歩く。ずっと奥まで続くトロッコのレールを眺めていると、気が滅入りそうだ。幸い樹石結晶が無造作に、アチコチに散らされているので、暗さは無い。
「溶岩石が混じり始めましたね。こっちなんてまるごと溶岩石の壁だ」
「採掘用具に魔法付与して掘り進めたんだろ。そこまで金かけてでも掘りたいもんだった、と」
「発注者は商人ですが……それにしても、金がかかり過ぎます。もう少し大きなバックボーンが有るとしても、不思議ではない」
「……例えば、大商会様か?」
「有り得るでしょう」
大商会、という呼称の場合、一つの村や街にあるものを指さない。
大商会は国家などを背景に、多数の貿易路を持ち、莫大な資産を保有し、大量の船舶を持ち、大量の商人と船乗り、大勢の傭兵を持つ、経済のバケモノどもを言う。
有名どころで言えば扶桑を拠点とする『九鬼商業連合』
大帝国を拠点とする『蒼海髭』
西エウロマナを拠点とする『エスポワール船団会』
そして南方大陸の一部を金で買って拠点とし、『国家』を名乗っている、悪名高き『バルバロス商会』などがあげられる。
大半が当時完成したばかりの魔動力船を駆って世界中を回った先駆者達を祖とする船乗りだ。勿論、海賊も含まれる。
「キシミアはキシミア商会が治めるのが習わしだし、商会の奴等は他人のナワバリに敏感でやがる。じゃあキシミア商会か? あんなもんばら撒いて利益が有るとは、とても思えんな」
「他の大商会が嗾けて、一部商人が乗った、のでしょうかね。推測の域を出ませんが、あの流通を考えるに、キシミア商会でも問題になっているでしょう」
「あの謎物質も、採掘先がココだけじゃねえだろうしなあ。ああ面倒くせえ!」
「突き当りまで……この調子だと、あと十法分ぐらいです。ここまでヒトが居ないとなると、別ルートで逃げたのでしょうか。しかし罠も無いとは」
「なんだい、ふっ飛ばしてやろうと思ったのに……いや、おい。あれは?」
「……ヒトですね。倒れている……隠れて」
随分と奥まで来て、漸く見つけたものが倒れたニンゲンである。生きているニンゲンならばそれはそれで面倒だが、倒れているとなると、嫌な予感は増す。
ヒナを後ろに下げ、ヨージが慎重に近づく。
「……ボーグマン氏」
「何? なんでアイツがココに」
「脈は有る。ボーグマン氏。ボーグマン氏」
「う、ああ」
「ヨージ、何か痕跡は」
「傷は無い。ただ……熱いですね」
「チッ。なんだが知らんが、あの煤盛られたのか。なんだってこんなとこに。アリナが泣くぞ」
熱も持ち倒れるボーグマンに対して、果たして効果が望めるか。ヨージはカバンからリーアの祝福水を取り出し、口の中に数滴垂らす。
「なんだそれ」
「我が神が祝福した水です。凄まじい苦さですが、凄まじい回復力を誇ります」
「なんだそのやべークスリ……おい、流通させるなよ?」
「オトモダチに差し上げる程度ですよ……ボーグマン氏、聞こえますか」
「う、あ……苦ッッ苦い!!」
「うわすげ、気絶状態から意識戻すのかよ。やべーなそれ。あとで一本寄こせよ」
つくづく我等が神のご加護は多少行き過ぎている気がしないでもない。兎も角、意識を取り戻したボーグマンが起き上がり、顔面を思いっきり顰めている。
「吐き出さないでください、気付け薬ですので」
「おええ……マジかよ……てか、なんだお前等。ヨージに……姐御?」
「おう。見た事聞いた事全部喋りやがれ。でないとアリナに良い男を紹介する」
「ま、まて。分かったぜ。畜生、アイツラ何飲ませやがったんだ……」
巨体を揺らしながら大きく息を吸い込み、吐く。元軍人だけあって状態異常でも冷静だ。
気持ちを落ち着けるようにしてから、ボーグマンが語り始める。
「うちで面倒見てる自警団の奴が、まあここで働いてた訳だ」
「アリナ氏が言っていましたね」
「しかしどうも、死んだ訳じゃねえ、怪我人にも居ねえ。となったら、ココだろ?」
「つまり、心配で見に来たのですね」
「心配ってこたあねえが、まあほら、面倒みてるから」
「はいはい。んで、なんだ。ここに私兵団と軍警察がいたろ」
「俺もやべえとは思ったが、気になるだろ。隙を見て他の坑道から忍び込んだんだよ。しっかし行けども行けども作業員はいねえ。迷ってる間に武装した奴等に捕まってな」
「馬鹿かお前。爆発事故があった時点でまともな奴はみんな避難してんだろが」
「うるっせえなあ姐御は。んでまあ、何しに来ただの、誰の差し金だだの、色々聞かれて。なんか黒い粉飲まされてよ」
「お前魔力込めて殴るだけが取り柄だから、あんま影響なかったな。魔法使えてたら、死んだぞ」
「うえ、マジかよ……んで、意識朦朧としてた所で……慌ただしくなってな」
「軍警察は撤退してた筈です。第三勢力が乗り込んできたのでしょうか」
「いいや。妄言だろうが……『竜を見た』って騒いでたぜ。ありゃ頭がおかしくなってる」
ボーグマンはハハハ、と笑っている。
ヒナは相当に苦い顔をしていた。
ヨージは、ポーカーフェイスを装ったが、冷や汗は隠せなかった。
「ヒナ、あの煤に幻覚効果があると思いますか」
「そんな症例聞かない。ボーグマンも熱はあっても思考は正常そうだな。はてさて、何を見間違えたか、だが……」
竜という、一般人からすれば半ば架空に近い存在を『竜』と認識するに必要な要素は何か。
この世界の根幹を司どり、必ずと言って良い程竜は神話に登場する。故に一般人は神話の挿絵や絵本、読み物の描写から竜を想像するだろう。
見た目は、爬虫類に似る。これを口にした場合不敬罪としてどこの国でも捕まるが……超大型の爬虫類、もしくは竜の退化種……バシリスクやワイバーンなどが、この坑道に忍び込んで、それを見間違えた可能性だろうか。
これが普通の坑道ならば『まあそんな事もあるか』で済むのだが。
「ボーグマン、この奥は」
「行き止まりだな。なんか、黒い石がゴロゴロしてたが」
「そうかい。ボーグマン、お前は直ぐ戻れ。外出たらまず身体を洗え。服もだ」
「なんだ、そんなにあぶねえのか、この煤」
「街で流行ってる熱病の素だ。いいか、誰にも喋るな。喋ったらアリナに良い男を紹介する」
「わ、分かったって。全く、敵わねえなあ……」
「真っすぐだ。脇道に反れるなよ」
「へいへい」
頭を擦りながらボーグマンが去って行く。軍警察は撤退、私兵団達も逃げた状態であれば、彼に危険も及ばないだろう。一人二人相手ならば、彼一人の戦力で十分だ。
「これつけてろ」
「防毒マスクですか」
「あーしもお前も魔法使いだからな、身体に付着したなら何とかなるだろうが、吸入した場合どうなるか分からん」
「厄介だなあ……」
防毒マスクを受け取り、樹石結晶灯器を掲げ先へと進む。地下水が滴る音以外は何もなく、風を感じる事も出来ない。奥に進むにつれて魔力が薄まって行くのが分かった。
ここは外在魔力が極端に少ない。
「こりゃ内在魔力魔法以外使えない。使えたとしてもその場で掻き消える」
魔法においても、魔法封殺という矛盾めいた魔法は存在する。ただこれは自身の魔力を空間に固定し、その場における他人の魔力浸透を阻害するものであり、厳密に魔力を消すものではない。
「その物質、性質が安定しない。魔力を通す場合と通さない場合がある、と言いましたね」
「ああ。ついさっきまで完全に魔力を通さなかったものが、数法分後には通すようになっていたり、ものによっては終始通さないもの、通すものもある。なんで、あれはもう『気分』だろ」
「物質の気分……?」
「そも、無機物か有機物かすら不明だぞあれ」
「ええ……」
「ここか……少し広いな」
最奥へと到達する。広い空間があり、その先には衝撃魔法が炸裂した痕跡と、黒い石が転がっていた。あの衝撃で出来た穴なのか……しかし散らかりが少ない上に、あの死傷者数であるにも関わらず崩落が少ない。衝撃魔導項玉を一部無効化された、のだろう。
「死体……か?」
そして一番目立つものは、死体と思しき何か。
判断を躊躇ったのは、それが『ヒトガタの樹木めいたもの』であったからだ。ヒトの形はしている。至る所にニンゲンの肉らしきものも見受けられる。だが、根本的に木だ。日光も無いのに、真新しい若葉を蓄えている。
「興味深いな。ヨージ、その葉っぱ、この瓶に詰めろ」
「いやだなあこれ……うわ、葉脈に流れてるのこれ、血液ですよ」
葉を一枚千切ると、中から赤黒い液体が滴る。やはり元ニンゲンだろう。
「原因といやあ、この黒い石ぐらいしか、無いよな、やっぱりよぉ」
「待ってください。あちらに机が有りますね」
爆発後に設えたものか。この物質を再採掘しに来た者達が用意したのだろう、実験器具らしきもの、そして資料が見て取れる。
机の上に無造作に積まれたレポートを引き抜き目を通す。
「ふむ……『古代埋没樹の研究』だそうです……そうか、これ」
「じゃあこの、のっぺりした空間も、元はそれか」
噴火によって生木が溶岩内に閉じ込められ、やがて朽ち果てそこが空洞になる、という事は聞いた事がある。この縦長い空洞は、元は巨大な樹木が収まっていたのだろう。
いつの噴火で、どのようにして閉じ込められたかは分からないが、相当古いものとみて間違いない。そんな古代の樹木であるから、現代人達が知る木とはものが違う。
「じゃあこの黒い石は、木炭……? 木炭化石ですか?」
「うへ……そういう事かよ……あの女が嫌がるわけだ……」
「なんです? あの女?」
「……――あーと。うん。取り敢えず、ここは封鎖する。資料はカバンに、この木炭化石は瓶に幾つか詰めて、外出ろ」
「はあ、構いませんが……」
一先ずヒナに従う。
作業の間、ヒナは終始憂鬱な顔をしていた。




