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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
キシミア編
71/343

龍の瞳



 自分というものは、ひたすらに何者でもない。

 そして、ひたすらに何者でも在れる。


 何もかもが疑似。似非。

 故に疑似も似非もすべてが本物だ。


「陛下。陛下」

「ええ、おはよう。何かしら、潮裏シオリ


 侍従長の潮裏の声に気が付き、目を開ける。眠っていたか、と言われると答えに困るが、意図的に自身の部位を時間割で休めていたので、眠っていた、は半分正しいかもしれない。


 目を開けて飛び込んで来るのは、三万六千に及ぶ『視界』の数々だ。

 目線を動かし、今必要の無い視界を脇に除ける。


「おはようございます。不躾ですが、決裁が溜まっております。陛下の分身わけみを幾人か、分配なさってください。ほんっと、溜まり過ぎなので」


「まあ。わたくしはハンコを押す機械ではありません事よ?」

「とはいえ、議会が滞ります故」


 眼を擦り、言われた通り自分の分身を仕事に割り当てる。

 直ぐ終わった。


「はい、今終わらせましたわ」

「お早いお仕事で。しかし溜めなければ良いのでは?」


わたくしのペェスで皆様がお仕事をなすっては、草臥れて潰れてしまいますでしょう。多少なりとも遅延させた方が、緩やかです」


「――何か、愉快な事が?」

「ええ。惟鷹様を見つけましたの」

「――あ、青葉惟鷹様……? す、直ぐに古鷹本家へ……」

「ぜったいに、ダメ」

「承知しました。しかし彼は……放置するには……」


 潮裏の心配は尤もだ。彼を放置するなど、扶桑国的に許せないものだろう。しかしその『扶桑国そのもの』が『ダメ』というのであるから、以下の者は例えどんな拷問を受けようともそれを護らねばならない。


わたくしが見ていますの。ですから、手出しは、無用のこと。もし気を利かせて何かしようものならば――」


「ありません。わたくしはただ黙するのみ」


「聞き分けの良い侍従で大変に助かります。ああ、そうだ、領地の整理を。実京(扶桑首都)近くに十万石程の土地を開けて、わたくしの『日没宮』近辺に、お屋敷を一つ用意させてくださいな」


「はて。どちら様かの土地替えでしょうか。いえ、手配しておきます。場所的に……一部は陛下直轄地で良いとしまして、他にも掛りますね。領主が渋った場合は?」


「勅命と仰って。ま、お礼は致します」

「畏まりました……では失礼いたします」


 潮裏が下がる。『視界』を広げるだけ広げて、全てにチェックを入れる。


「日陰、北部で地震の予兆。対応なすってくださいまし」

『畏まりました』


「叢雲、南部で洪水の予兆。対応なすってくださいまし」

『はい~』


「月影、実京七つ橋付近に死体と子供。死体は埋葬、子供は施設へお願いします」

『あいー』


「日照、『御神楽宮』付近にならず者。監視だけお願いします。ならず者でも臣民。簡単に殺さぬよう」

『了解』


「彩雲、そちらに魔法使い集団。『ポータル』設置術式を感知。徹底的にぶち殺してくださいまし。加減は要りませんことよ」

『擦り潰します、主上』


「半月、今日は村田公のお孫様とのご縁談でしたね。気に食わぬからと殺さぬよう。村田公と不仲になりますと、果てしなく面倒ですので」

『……分かりました』


 ……。


 複数の自分。数多の自分。あちらに、こちらに、そちらに。自分はどこにでも居る。全ての視界を通じて、必要な事を助言して行く。大半の領地に自分の分身がおり、統治監視役を務め、更に自分をまき散らし、あらゆる事態に対処している。関わらないのは戦争ぐらいだ。


 朝一番の仕事だ。どうにもこうにも、自分で出来る事は全てやりたい性分であった。


 扶桑国を良い国に。どこにも負けない国に。

 誰にも犯されない国に。何もかもを犯す国に。


 ずっと続けて来た事だ。何度も失敗した事だ。


 自分――天禊国禊八百柱大御神なる者は、ずっと『ソレ』だ。

 民が可愛い。ヒトが恋しい。国が愛おしい。嗚呼ニンゲンとは素晴らしい。


 貴方達はわたくしの掌の上で安寧を得るのだ――そう考え始めて、もう幾千万の夜を超えただろうか。


「さて」


 身体を起こす。自身の長い長い長い髪、この『日没宮』の全てを覆う長い髪を一纏めにする。黒く覆われた世界は元の姿を現した。途端、宮殿内が忙しくなる。


「わ、我が龍。お出かけでしょうか」


 侍従が駆け込んで来るのも仕方が無い。


「街を歩いてお食事をしますの。護衛は無用」


「お、御自ら!? そそそ、そのような事は、い、一年前から仰ってください!」

「まあ。わたくしは一年も前から行動を制限されていますのね?」

「わ、分身ではいけない理由は……?」

「外の物を直接食べたくなりましたの。うふふ」

「我が龍。ダメです」

「はあ。融通が利かない……はい、分かりましたわ。では食事は運んできてくださいまし」

「ほ、ほはあ……」


 侍従達を困らせるのも仕事の内だ。変化は常にあるべきである。毎日何も動かず、騒がず、宮殿で寝そべっているだけでは死体と同じだ。


「では、どれどれっと」


 視界を絞る。惟鷹の魔力を辿る。場所は分かるが、視界が無い。

 仕方なく、その場に新しい『自分』を作る。


 キシミアという土地では扶桑美人などとてもでは無いが目立ってしまうので、現地の一般的な獣人女性を形作る。作るのはいつも女性だ。当然男性も出来るが、それは矜持が許さない。


 自分は女、骨の髄まで、鱗の一片まで、全て女なのだ。


「あら家の中。ヒトの姿では目立ちますわね……仕方が有りませんわ」


 という事で、ネズミにする。

 勿論雌だ。


「キシミア。居心地が悪いこと……この居心地の悪さと来たら、泥の中でも泳いでいるよう」


 この土地は特殊だ。惟鷹が意図してそんな土地を選んでいるのか……とも考えたが、まさか、あの男がこの土地の面倒臭さを、知る由も無いだろう。


 ……。


『この丸薬――神の力を奪うようですが……』

『ヨージ、飲んでみろ。あーしの仮説が正しいなら、お前はすげえ苦しむ』

『ええ……どういう事です? 熱が出るのではなく?』


『お前の話聞いてから、大学の研究員に一粒ずつぶち込んでみたんだよ。対象者は魔法が使える奴と、使えない奴。結果、魔法を使える奴の方が熱が上がった。そいつを調べたら、魔力の対流が止まってやがった』


『……魔力を溜め込む……いえ、魔力の放出を抑える、と?』


『神様が傷つくってのも、つまりそういう事だ。神ってのは肉と、魂と、魔力の合成物だとあーしは考えてる。ニンゲンとは比べ物にならない高密度の魔力の防壁が、基本的な物理攻撃を全て遮断、魔法攻撃も吸収か無効化する。ああ、ここでいう魔力ってのは、神が扱うものだから、神通力とか、神気だな。その放出が抑えられるって事は、肉体は維持出来るかもしれんが、外部からの攻撃に脆くなる』


『――おい、ミサンジ。これ、ヤバ過ぎないか』


『やべーのなんの、こんなもん流出しちまったら、ニンゲンが楽々神様殺し放題だぜ……が、しかし』

『何かありましたか、ヒナ』


『こんなごく少量で傷つく訳が無い。まして、接種もしてないのにだ。おいグリジアヌ様よ、その丸薬もって、手を切ってみな』


『構わないけど……どれ……ん。別に何ともないな。皮の一枚も傷つかない』

『本当ですか。神シュプリーアは、完全に拒絶反応を示していましたが』

『その物質にも、神との相性が有るんだろ』


『そういえば神シュプリーアは嫌われている、と言っていました。神エーヴも、相当嫌な顔をしていましたね、あの時』


『つまり、だ。何にせよ、魔力に関する薬は許可が必要になる。軍警察的には確実な取り締まり対象だし、キシミア教会が知ったら、全力で流通路破壊するだろ。が、キシミア教会は良い。問題は軍警察だ。アイツラ、絶対コレが流れてるの知ってるぞ』


『どうしますか――神エーヴならば、コネクションがある。今すぐにでも連絡可能ですが』


『キシミア教会が大騒ぎし始めたら、それ流してる奴等が大慌てで撤退しちまうな。いつでも連絡出来るようにして、あーし等で採掘現場抑えるのが早いだろ』


『しかし、今採掘場では軍警察と私兵団が睨み合っているそうじゃありませんか』


『吹っ飛ばせば良いだろ。お前なら造作もねえ――あーしも行く。フル装備でだ。神さん、ここで連絡役頼むぜ』


『ああ、構わないよ。荒事だったらアタシの方が得意だが、ソレの元があるような場所じゃな』

『そういうこった。ヨージ、準備だ準備、はは、暴れるぞ、イライラしてんだあーしは』


 ……。


「まあ、まあ、まあ。何てこと。惟鷹様ったら、本当に災難体質。不幸が向こうから寄って来る。災厄が喜んで飛び込んで来る――こういうものが視られるのであれば、少し暇を出してあげていても、面白いというもの……」


 くすくすと、視界に浮かぶ惟鷹の困り顔を見て笑う。

 彼が悶え苦しむ様の美しさたるや、何物にも代え難い。


 喜怒哀楽全てが、特に怒りと悲しみは、今あるこの世全ての素晴らしいモノを集めたとしても遠く及ばない程、尊いものに見える。


「それにしても、ミサンジ……ヒナ……ああ、三三寺ヒナ! 惟鷹様を誑かす悪いドワーフでしたかしら……まあでも、惟鷹様の欲求不満解消の手助けが出来るならば、メスとしての価値が有りますわね……はて、どうしてキシミアに居るのでしたかしら……『閲覧魔法術式システムドラグワード』……ああ。はい。成程」


 一人見て、一人納得する。

 三三寺ヒナ。

 応用錬金術師。元扶桑陸軍軍事魔法科学研究所、魔化鉱物研究主任。

 扶桑人間族と南方ドワーフ族の子。


 専攻魔法は皇龍樹式四元詞、皇龍樹式五行、『九頭竜式グルジュ』異聖魔法。


 魔法冠位は青天下せいてんげ七位。類稀な魔法適性を持つ娘だ。一人で三種類以上の別系統魔法を習得するニンゲンは、本来絶対、国内から出さない。天才である。


 ちなみに、惟鷹は白天上はくてんじょう三位で、ヒナより随分と下だ。


 ヒトに乞われて制定した魔法冠位制だが、ヒトにはヒトに見えるものしか理解出来ない為、本質的な意味は何も無い……とは思いつつ、ヒトは目に見える力に意欲を発揮するものであるから、統治には随分と役立つ。


「これからどうなるやら……頑張ってくださいまし、わたくしの惟鷹様……」


 万能であろうと、未来は見えない。不幸な彼がどう立ち回るのか、十全皇は楽しみであった。

 散々傷つき、ボロボロになり、嘆き悲しみ――いつか、自分に縋ってくれる事を、夢見ている。

 


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