此処は何処か2
「ぶっは。ああ、生き返るッ」
「も、もう少し隠してくださいよ、色々」
坑道を後にし、直ぐ帰るつもりでいたが、途中小川を見つけて立ち寄っていた。あの空間に触れたものはさっさと洗い流してしまった方が良いだろう。
ヒナは一切気にする事無く服を脱いで川に飛び込み、頭から爪先まで丸洗いし始めた。昼下がり、木漏れ日と美しい水に晒される彼女は、一種妖精めいた雰囲気があるのだが……。
「今更気にする仲でもねえだろ」
多少口が悪い。
「嫁の貰い手が無くなりますよ」
「うるせえぶっ飛ばすぞ」
「はい、すみません……」
いやしかし。でかい。あの身長であの大きさは何なのか。始祖の竜達は一体何を考えて、このような恐ろしい種族を作り上げてしまったのか、甚だ疑問だ……というのは冗談だが、人類学的に言えば、彼女達岩窟族は名前の通り岩窟をネグラにした種族だ。
土いじりと岩堀が基本で、またその狭い空間で暮らしている間に身長が縮んだのでは、と言われる。
竜神学者達は『いや、竜がそうお作りになられたのだ』などと宣うだろうが、今更信じているニンゲンも少ない。
いやしかし、本当にデカイ。南方大陸に住む種族は多種多様の大きさだが、デカイ。
その低身長も相俟ってすごい。
「ヨージ、隠せとかいう割にはガン視してるぞ」
「失礼。すごいもので」
「見飽きてないってんなら、悪くねえな? しかしまあ、あの神さんも神官様もデカイよな」
「たまたま大きかっただけで、僕のえり好みではありません」
「どうだかねえ……揉むか?」
「いえ。結構です」
「……お前エルフでも性欲は人間族程度だろ。どうやって処理してんだ」
「き、気合ですよ気合。そ、それに彼女達を性的な目ではみ、視ていません」
「嘘吐けぇ嘘を」
口の端を釣り上げてニヤリと笑う彼女はやけに楽しそうだ。その格好でそんな顔をされると、なんだか誘われているようで大変困るのでやめて欲しい。
ヨージとて男なのだ。辛いのだ。
いつでも手を伸ばした先に警戒心の無い女の子が居る状態が、どれほど危ういか。
警戒心が無いどころか、たぶん手を出すとめちゃくちゃ喜ばれてしまうであろう、という事が想像出来るので、更に辛いのだ。
ヨージはつらいのだ。
「はあ、難儀なこって。昔のお前なら『なんです、そんなにしてほしかったんですか』とか言いながら、そりゃあもう」
「辛い……」
「……――贖罪のつもりか。そら、お前は女に色々手ぇ出しただろう。しっかしそいつ等だって自己決定権が有る訳だ。強姦されたと騒いだ女が居たか?」
「幸いいません」
「そりゃそうだ。顔は良い、身体も良い。家柄も上の中。ハーフとはいえエルフで、エリート軍人で将来有望。挙句床も上手いってんだから、嫌がる女はブサイクが好きか、同性愛者かのどっちかだ。お前はもう、惚れただの腫れただのいう問題じゃなく、女が寄るように出来てる。恋愛感情なんて後からだ。そう自分を責めるなよ」
ヒナがカバンから外套を取り出して羽織ると、途中拾った薪に火をつけ始める。ヨージは何となくその光景を眺めていた。本来なら、自分が率先してやるものであるが、そんな気が起きない。
「キャンプに良いな、ここ。落ち着いたらまた来るか」
「キシミアが安住の地であると言っていましたね。ここに定住するのですか」
「そのつもりでいた。ああ、ええとな。あーしは、逃げて来たんだよ。ここに」
やはりそうであったか、と頷く。手紙が来たのは一年程前だ。自分がどこに住んでいるかも記してあった。逃亡者にしては大胆な手紙であるが、検閲が適当な西真夜にならばそんな情報を記した手紙も内密に送る事が出来ただろう。本国では無理だ。
「研究、疲れましたか」
「いんや。別に。キシミアでも研究は出来る。神エーヴとは顔見知りでな。大学の研究所は好きに使えって言われてんだ。与えられた仕事さえやってりゃ、楽なもんさね」
「扶桑本国はなんと。軍事研究していた科学者なんて、放置するとは思えませんが」
「探しちゃいるんじゃねえか。情報かく乱に色々手は尽くしたから、別の国探してるかもしれねえけど。ああでも、お前来ちまったからな……陛下は、もう気が付いただろ」
「……」
ヨージはもう見つかっている。彼女はヨージを監視しているだろう。ともなると、同時にヒナも見つかる。
ヒナは、ヨージが女皇陛下の玩具である事を知っている。また、ヨージの遍歴も、女皇龍脈の存在も、知っている。それでもなお、彼女はヨージをキシミアに招こうとした。
「僕がどんな存在なのか、貴女は知っているのでしょう。何故呼んだのですか」
「え、それ、本当に聞くのか?」
「……――」
「はあ……」
服を洗うヨージの隣に座り、ヒナが遠くを見る。その目線はどこか寂し気だ。
「お前に出会って、あーしはさ、やられちまった訳。あーしの研究が、お前の戦争の役に立つなら、幾らでも頑張れると思ってた。好きなんだよ。そりゃもう、めちゃくちゃ。それとも何か、あーしが誰にでも股を開く女だとでも思ったか?」
「そんなことは」
「研究は楽しかったし、陛下はユニークだったし、お前は良い男だし、最高だったぞあの環境。金と権威と趣味と生活と男が丸ごと付いてくるとか夢のようだ……だったけども、お前の事調べたらさ」
「……酷い有様だったでしょう」
青葉惟鷹という男が、女皇陛下の婿であると、ヒナは非合法な手段で知った。しかし、ヒナは怯えていなかった。あのバケモノの男に手を出してしまったという事実よりも、その男が絶対に手に入らないのではないかという事実に、怒っていた。
強い女なのだ、彼女は。
ヒナは虚しそうに笑い、居住まいを正す。
「それでも。ヨージ。いいえ、惟鷹様。私は、好きだった。愛しかった。貴方を幸せにしてあげたかった。私に出来るその全てを行って。私の持てるその全てをなげうってでも、幸せにしたかった」
「それで、扶桑を出たのですか。キシミアを選んだのは、どういう意味が?」
「ここは国境線。ノードワルト大帝国と、イナンナー部族連合王国という、大国家二つに挟まれた場所。どうして、大帝国はここを襲わないのでしょう。あの国の軍事力ならば、こんな場所の防衛軍なんて、一溜りもない。けれどそうしない。イナンナーも防御を固めない。軍事的にも地政学的にもおかしい」
「……もしかして、この木炭化石、何か関係があるんですか」
「原因がなんであるかは知りませんでした。当時調べた限り、この土地は脈が薄い。勿論、私達魔法使いが魔法を使う分には問題有りませんが、脈に直接影響を受ける竜や龍は、この土地を好かない。しかも、このような物質があるならば、尚更です。竜の指示を第一とする大帝国は、人的被害を考慮して、手出しを止めたのでしょう。ここなら……あの女も、近づき難いと思ったんです。下地を整えて、貴方が来ても、困らないようにして、家も買って……一人で盛り上がって……バカみたいですけれど……」
「ヒナ――」
ヨージを見つめるヒナの顔は紅潮し、瞳に涙を浮かべている。
また一人、自分が人生を壊してしまった女性に、出逢ってしまった。彼女程の器量ならば、どこでも幸せになれたであろうに、こんな馬鹿者を追いかけるあまり、判断を誤ってしまったのだ。
申し訳ない。本当に済まない。
思うが、しかし、口には出来ない。それは、彼女への否定になってしまう。
「本当に、来てくれて、嬉しくって。頼って貰えて、幸せで」
「ヒナ、僕は」
「別に、私目当てでなくても良い。貴方の幸せの為になれば、それで良い」
「つ、慎ましやかすぎます。しかし、返すものが、無い。これは困りました。僕は、また罪を……重ねて……」
「私の選んだ事です。先ほども言いましたけれど、個人が決定した事。貴方が悩む必要なんてない。どうしてそう、自分を責めるんですか。貴方に悪い部分があったのは、確かでしょうけれど、何もかもが貴方の所為ではない。女性が寄って来るのも、戦争でヒトを殺す事も、龍に見染められた事も――時鷹様の死も。貴方の所為ではない」
皆が。皆がヨージを責めた。
お前の存在が、何もかもをかき乱すのだと。
そんな勝手な話があるかと、当然反論もした。しかし、誰も聞いてはくれなかった。
龍はそれを好とした。妹は赦してくれたが、結局何も返してあげられなかった。
何故。何故こうなのか。
ただ生きているだけで災厄を巻き起こすなど、どうしようもないではないか。
誰に謝れば良い。誰に縋れば助かる。
生きる事を望んではいけないのか。何も、絶対的な幸福を望んでいる訳ではないのに。
「可哀想に。ほら」
また、こうして、女性に縋るのか。そしてこのヒトは、どうしてそんなに優しいのか。
それが愛なのか。それが想いなのか。分からないが、ただひたすらに、彼女の胸は暖かい。
「人生を、やり直すのでしょう。あの神二柱と、あの女の子と。それを止めようなんてヒトは……間違いなく、悪です。私は、何が有ろうと、貴方の味方。私が恋した、不器用なエルフ様」
「ヒナ」
「あっ」
気が付いた時には、もう押し倒していた。少女のように小さい声を嬉しそうに上ずらせるヒナは、記憶に違わぬ夜の彼女だ。
「何も、返せないと、言っていましたけれど……ふふっ。じゃあ、一つだけ」
「なんです?」
「子供。貴方の子が欲しい」
「お、重いのが来ましたね……」
「貴方は気持ちよくなって幸せ。私は気持ちが良い上に貴方の子が貰えて幸せ。何一つ悪い事なんてないじゃありませんか」
チラリと覗く打算が、彼女のニンゲンらしさを強調する。それが余計に興奮を煽るというのだから、ニンゲンとは度し難い生き物である。
許されない男ではあるが、その行為で彼女が少しでも救われるならば――
『おい! ヨージ!』
「どあっ」
「えっ?」
さて、ではいざ……という所で、聞き覚えのある大声に身体を震わせる。
何事かと思えば、その声は衣服の中から聞こえて来た。グリジアヌのシンボルだ。
「ぐ、グリジアヌ」
『なんだ、艶っぽい声出しやがって。ミサンジとお楽しみだったか、畜生が』
「いえ。すみません。どうしましたか」
『どうもこうもあるか。襲撃だよ、襲撃。いや、誰一人負ける要素がないから、無事っちゃ無事だが』
「襲撃――?」
それは想定外だ。一体どこの誰が、何の理由で襲撃するのか、見当がつかない。
確かにヨージは様々と請け負い、動いてはいるが、明確な敵対組織を作ってはいない。キシミア教会は有り得ない。軍警察は顔見知りが居ない。キシミア商会などそれこそだ。
ではあの流通組織だろうか……とも思ったが、自身が敵とバレる程の情報を持ちえない筈だ。今のところ、ただの客である。
『ならず者だな。ボーグマン……あ、来た、おいボーグマン、こいつらは? ああ、何、元色街の元締めやってた連中? だそうだ!』
「治癒神友の会に何の用事でしょうね……」
『お楽しみしてないでさっさと帰って来い。いや別に楽しんでもいいけど、アタシにも手を出せ』
「今行きますから」
『かー、タンパク! 早く来い!』
ぐったりとヒナに覆いかぶさる。ヒナは口元を隠して笑っていた。
「人気者は辛いなあ、ヨージよお?」
「済みません……」
「別に良い。あーしはいつでも。どこでも。ああ……お前に路地裏に連れ込まれてされたの思い出すと、凄い興奮するな……?」
「えふっ! げほっげほっ! ああ、昔の自分!!」
「っても五年やそこらだろうが……ほんと、なんか可愛い」
ここ最近、もう完全に女性に組み敷かれるのが板について来た感じがある。仕方ない、仕方ないのだ。自分という愚か者のして来た事を考えれば、そのぐらいでちょうど良いのだ。
とはいえ、一応扶桑男子であるヨージとしては、沽券に関わるような気がしないでもない。
「乾かしたら行きましょう」
「急がなくて良いのか?」
「我が神がアレですし、エオ嬢はエオ嬢でちょっとヘンですし、グリジアヌは一応軍神です」
「相変わらず変な宗教だな……じゃあ、たらたら乾かすか……あ、シたいか?」
「萎えました」
「ぶっハハッ」
自身の下着を火に当てながら、これからについて様々と想定する。
あの坑道はヒナの魔法で完全に封鎖して来た。条件的に風化が早いだろうが、キシミア教会が調査に入るまでの間を埋めておくには十分だろう。その間、何食わぬ顔で流通者であるあのエルフを追い、元締めを特定しなければいけない。
また、あの木炭化石が神に影響を及ぼすという事実を伝えた上で、神エーヴには相談しなければいけないだろう。事件が解決するまで本国に帰って貰うのがスマートだが……都市神を都市から離すのは、多少厳しい。
神エーヴの神気が土地を覆うからこそ、この城塞国家は平穏であれる。しかし彼女を退けてしまえば、副祭神二柱……容疑者二柱どちらかの思う壺ではないか。
神エーヴをどうしたいのか。失脚させたいのか、亡き者にしたいのか、分からないが、神エーヴを都市から剥がす訳にはいかないだろう。




