流通者4
第一商店街から水路船で半法刻程。ダナ木工芸店は第三商店街表通りの端にひっそりと佇んでいた。古い第一商店街とは違い、第三商店街はどこも整った造りをしていて、石畳もへこみも少なく、綺麗なものである。
また、観光客向けの宿泊施設が多い為、温泉の湯気があちこちから立ち上っており、店も土産物屋が多い。木工芸屋というのも、本来はそういった人々向けの店だろう。
「失礼」
フードを目深く被り入店する。削った木の香りが、どこか懐かしい。キシミアの民芸品である鳥を象ったものや、木で出来たおもちゃなどが所狭しと並んでいた。
本当に普通の木工芸店である。
「いらっしゃい」
やがて奥からヒトの良さそうな老人が出て来た。白い髭の人間族であり、エプロンについた木屑からここの店主であろう事は想像がつく。だが、どうもあの丸薬には辿り着かない顔だ。
「新規事業開拓だ、爺さん」
「ああ、そっちの。こっちの裏口から出て突き当りだよ」
眼鏡をくいっと上げ、店の奥を指さす。成程、ここはフロントなだけで、本命は裏か。
ヨージは小さく頷き、指定された裏口から出る。表通りとは打って変わって、建物の隙間を縫うような場所だ。薄暗く、良い気配は無い。
突き当りのドアは板と鉄が重ねられた合板扉で重厚だ。あちこちに隙間があり、そこから魔撃銃などで外を狙撃出来るようになっている。小さい要塞だ。
つまりここには魔法使い、もしくは魔法を齧ったものがいると分かる。魔撃銃や魔砲は内在魔力を注ぎ込む事で反応粉を反応させる為、無能力者では扱えない。
(……逃げ場が無いなあ)
問題が起こり、全員叩き伏せる、というのならば簡単だが、目的は調査であり、裏組織の壊滅ではない。そも、こんな受付口を叩いて収まる組織ではないだろう。
扉をノックする。小窓から鋭い眼光がこちらを覗き、鍵が外れる音がした。
「失礼」
「ああ、なんだ、随分行儀の良い奴が来たな」
煙草臭い部屋の真中に男が一人。周囲には三人、護衛が居る。真中の男はただの売人ではなく、それなりの地位がある者だろう。それならば良く分かる。分かるが……問題は、その男がエルフである、という事だ。
「フード取りな。立ち振る舞いからして、エルフだろうけどよ」
「ご明察。いやはや、こんな所に居るものですねえ、エルフなんて」
「はっは、お前が言うな」
さて。すっかり顔はバレたので、今後は街の中を歩くにも警戒が必要になるだろう。代理の者を立てる、という考えがなかった訳ではないが、あまり他人を巻き込みたくない事案だ。
一先ず、買い付け人として交渉するべきか。仲間、と思って貰える時間が少しでもあるならば、それが良い。
「エルフは目立ちますからね。苦労するでしょう」
「まあよ、無条件で頭下げる奴もいるから、楽っちゃ楽だな。大樹教徒に限るが」
「私もこちらに来たのは最近でして。イナンナーは面倒ですねえ」
「本国は酷いもんだぜ。男を家畜かなんかと勘違いしてやがる。あの雌豚ども……って、ああ、客だったな」
「ははは。同族はあまり見かけませんものね。例の丸薬ですが、一箱程卸して頂きたくて参上しました」
「一箱だと、二四瓶だな。四八〇〇セレドナだ」
「やはり他に比べると安いですねえ」
「ま、効果量が少ない、お遊び品だからよ。何に使う」
効果量が少ない。つまり今ばら撒いているものは、効果を齎す成分含有量が低い商品であり……効果が高いものもある、という意味か。
「元軍人仲間の気休めです。痛み止めでは楽しくもないそうで」
「――オタク、東国エルフなら扶桑軍人だろう。あのオカタイ連中がこんな遊びするのかよ」
「疲れたのですよ。何もかも。そんな奴等で身を寄せてます。だから、まあ、お土産ですね」
などと嘯く。
顔に瑕。声が多少かすれているのは、瘴気兵器を食らって喉を傷めた為だろう。元軍人だ。
ボーグマンもそうであるが、イナンナーの男性軍人は、軍隊を離れると居場所が無いのであろう。結果腐るか、裏でひっそりとするか、こうして悪事の片棒を担いで飯を食うぐらいしか、する事が無いのだ。
虚しい世界だ。
「どこの軍隊もくそったれだな。同情するぜ。んで、送り先は」
「あー、一先ず、第一商店街の酒屋に届けてください」
「ウチが卸してる所か……あそこ住んでんのか」
「ええ、近場に」
エルフ男が何やら考えを巡らせている。疑っている様子ではない。
「なあ。オタクも売るの手伝わないか。どうも第一は広がりが悪いんだよ。たぶん、ボーグマンの野郎の所為だがよ」
ここであの男の名前が出るか。言い方からして、浅からぬ仲であろうし、それは友好さを示すものではない。憎々し気である。
「売人ですか――猶予を貰っても?」
「その顔なら、女どもが喜んで買いそうだしな? 有能な売り子は歓迎だ。待ってやる」
余程、女を憎んでいると見える。イナンナー軍でどのような扱いを受けたのか……想像すると身の毛もよだつ。
「……お金はこちらで。明日には届けて貰えると嬉しいです」
「おう。今後とも御贔屓によ。あー、それと、なあ?」
「はい?」
「お前、今晩どうだ?」
なるほど。
なるほど。
なる――ほど。
考える。考える。
お相手などしたくないのは当然なのだが、情報は欲しい。流通経路、そしてそれを作っている場所、更に言えばその元締めを突き止めたい。
が、早まる事は無い。ココが分かったのだ、調べる手段は他に有る。
「ふへ、ふははは。遠慮します」
「なんだ、そうかよ。じゃあまた来いよ色男」
「では失礼――」
頭を下げて部屋を出る。
自分の下半身が狙われる事になるとは思いもしなかったが、取り敢えず確実な事は分かった。
ここはキシミアに手広く丸薬を撒いている。あの男の地位から考えるに、下っ端ではない。
(つまり、張り込みだなあ――警察にでもなった気分だ……追われる側だったのに……)
調査は確実な前進を見せている。あとはこの丸薬の成分が何か、誰が作り、利益を得ているのか。ここまで揃えて差し出せば、キシミア指導者層も動かない訳にもいかないだろう。
しかし……やはり、軽い。軽いのだ。あの酒屋の店主も、この男も、軽い。確かに違法では無いかもしれないが、大っぴらに出来る商品ではない。販路拡大はしたいだろうが、それにしても軽い。
自分達が捕まらない自信でも、あるかのようだ。
(ああいやだ……これ、絶対面倒な奴だ……)
「お爺さん、この木のおもちゃ一個ください……」
「あ、ああ。随分その……落ち込んだね?」
「いえその……何でもないです……」
店の出がけにお土産を一つ調達して、ヨージは第一商店街にまで戻って行った。
「ただいま戻りました」
「お帰り。大変だね」
「とんでもない。お仕事は順調で?」
仮本拠地に戻ると、一階ではリーアが椅子に座り、脚をぶらぶらとさせていた。暇なのだろう。そも、紹介制にしている上に、商売相手が大体夜行性である為、この時間はいつもリーアが暇を持て余している。ただ、キシミア教会がリーアの奇跡を認めて仕事を卸し始めれば、その限りではない。対応策は考えておくべきだろう。
「ん?」
机の上にあるのはヒナから借りた本だろう。『不毛地から来た男』というタイトルの小説だ。
不毛地、というのはキシミアを基準とした場合ずっと西にある大陸を言う。総称して不毛地、という名称で、北部は湿地だらけで足の踏み場もなく、南部は岩と砂ばかりでありニンゲンが住むには適さない。一応ヒトは住んでいるが、その環境故大きな国家が出来なかった。
そして何より――その地は大樹が枯れている。
大樹『ユグドラーシル』は、神話の昔に伐採されたと言われているが(デカすぎて、それがデカイ木なのか、切り株なのか、下からでは判断出来ない)、一応生きているらしい。だが不毛地に生えていた大樹『クリフォト』は完全に枯れ、その根元は残滓が巣くうだけの場所となっていると聞く。
扶桑が過去何度か、残滓の討伐に向かった事があった。
結果は、底なしの残滓と妖魔、敵性精霊の猛攻に、為す術も無く撤退している。
「小説のユーモア、理解出来るようになりましたか」
「比喩とか、たまにひっかかるけど、ある程度」
「我が神はとても賢いので、そのうち直ぐ楽しめるようになりますよ」
「んー」
銀の髪を弄りながら、恥ずかしそうに笑う。こういった感情表現も増えた。日に日に彼女は愛らしく、また美しくなっている。これ以上可愛く美しくなって大丈夫なのだろうか。信仰が治癒から美になったりしないだろうか。それはそれでおいしいか、などと考える。
「どっこいせ」
「おじいちゃんみたい」
「いやはや……」
荷物を降ろし、椅子に座って一息吐く。
治癒神友の会は、リーアとエオに任せて大丈夫だろう。
神エーヴを害するという容疑者の特定は……まるで進んでいないので、棚上げだ。
丸薬についてはヒナが戻り次第対応を考えるとして、では他に出来る事……というと、採掘場の調査だろうか。
しかし続報が無い。
未だ軍警察と商人私兵団が睨み合っているだろう。まさか昼間から様子を見に行く訳にもいかない。
つまり、夕刻まではヨージも暇だ。懐からグリジアヌのシンボルを取り出す。
「我等が神に奉る……グリジアヌ」
『おう。どうだった』
「幹部であろう者と接触しました。まあ張り込みですかねえ」
『こっちはー、まあ、ミサンジが血眼で検査してるが……あれが無いこれが無いとブチ切れてる』
「疑問が解決されない時のヒナは狂暴そのものですからね。触れない方が良い。僕の話にはなんと?」
『特定出来ても軍に話すな、だそうだ。やっぱ疑うわな』
流通者達の軽さから考えるに、情報はとうの昔に漏れて、軍警察が知っていてもおかしくない。それどころかあのエルフ男の態度からするに、軍警察には捕まらない自信が有るように見えた。
流通者と軍警察の末端が結託していると見て、間違いない。
「――それ、グリちゃんのシンボル?」
「え、ああ、はい。先ほど受け取りました。やはり便利ですねえ……シンボルでの会話は、魔力を消費しませんから、疲れませんし」
「葉っぱの飾り。可愛い。私も特定のシンボル、欲しいかも」
「ふうむ」
「駄目なの?」
「いえ、ダメではないのです。以前、枝を仮シンボルとしましたよね」
ビグ村で茶番劇を演じる為の演出装置として、村に枝を撒いた事があった。石か、枝か、その他かと幾つか試したのだが、リーアがシンボルとして使えそうなものは枝であった。
「そういえば我が神。そのお名前ですが、自ら?」
「……――」
リーア……シュプリーアが目をパチクリとさせている。何か不味い事を聞いただろうか。
彼女は一人で産まれ、一人で歩いて来た神だ。名前は一体どこで決めたものなのか、それは疑問に思っていたのだが、何の憚りも無く自身を『シュプリーアだ』と名乗るものであるから、具体的に命名の経緯を聞いていなかった。
名前は起源に直結する場合も多い。シンボルを作るにも、やはり主依代が何だったのかが知りたいのだ。彼女が顕現するに至った、最初の依代だ。
「なんとなく」
「なんとなくですか。成程。しかし枝に親和性があるならば、木を依代にした神なのでしょうね。記憶は無い、との事でしたが」
「無いー、全然無い。すっごい大きな木が沢山生えてた、というぐらい」
「やはり皇帝直轄地でしょうね。あそこは樹齢十数万という木が平然と鬱蒼と茂っている場所ですから……我が神はかなり力の強い木を依代としたのではないでしょうか」
「なるほどー。私すごい?」
「きっとすごいでしょう。ああ、木と言えば」
思い出して、カバンから先ほど購入した木のおもちゃを取り出す。
「おっと」
取り出す拍子にカバンが倒れ、中身が出てしまった。その中は、あの薬瓶も含まれる。
「ウサギさんのおもちゃです。これを組み合わせると、ウサギの形になるそうですよ」
「可愛い……すき。美味しいし、可愛い」
「そ、そうですね」
ビグ村、特に辿り着いた後しばらくは、鳥獣草木あらゆるものを食したので、その中にウサギも含まれている。
「ん。それは? 薬?」
「これですか。これは、悩みの種です。どうやらこの丸薬が例の熱病を齎している可能性があるので」
そういって、ヨージは薬瓶を拾い上げてリーアに手渡す。
小首を傾げて受け取ったリーアだったが……ビクリッと痙攣するようにして、その瓶を取り落とす。
瓶が割れ、丸薬が散らばる。
「――我が神、お怪我……は有る筈ありませんよねえ……――え、何……?」
「あ、う」
そうだ。
神というのは、通常まず怪我をしない。
神を害そうと思った場合、他の神を連れて来るか、竜精でも嗾けるか、凄まじい量の魔法兵器を用いるか――ヨージがフィアレスの首を落としたような、超限定的な魔法でない限り――傷をつける事など敵わない。どれもこれも、条件を揃えるのに、莫大な金か超常な労力を必要とする。
落ちて割れた瓶の欠片が足に当たり、怪我をするなど。それは有り得ない。絶対に無い。
『私は傷付く事を許可します』として自身の魔力を断たない限り、無理だ。
だが、どうだろうか。
本当に、今、ヨージが見ているものが幻覚でないならば……リーアの足には、一筋の赤い線が引かれている。
「よーちゃん。それ、ダメ」
「我が神、おみ足を」
「まず、それを、片付けた方が、良いかも」
「――」
言われ、その通りにする。丸薬は別の箱に仕舞い、割れた瓶を箒と塵取りで片す。
動揺する。神が傷ついたのか。改めて跪き、リーアの足を見る。
傷――であっただろうものは既に無く、塞がっている。
「ご無事ですか」
「うん。でも、その薬は、良くない」
「これが何か――見当は付きますでしょうか」
「これ、あの、おかしくなったヒト」
「まさか」
「あのヒトに着いてた、煤みたいなのと、同じ」
その一言に、一体どれだけの絶望が含まれているのか、理解出来るのは恐らく、ヨージのようなニンゲンだけだ。
「私、それに嫌われてるみたいー」
「嫌われてる――捨てる訳にもいかないので、収納しておきましょう」
エーヴが狂乱男を見て顔を顰めたのは、あの男が醜態を晒していたからでは無い。
男に付着していた煤が。神に影響を及ぼす危険性があったからこそであろう。
「これはぁ……」
あれと、これが、同じ。
採掘場の事故。傷ひとつ無かった爆心地の男。
誰も、何を採掘しているか知らなかった、不自然な事実。
商人だというのに私兵団を持つ男。
「――ヤバい。絶対にヤバい。確実にヤバい」
「よーちゃん?」
「兎に角、ヒナとグリジアヌを待ちましょう。エオ嬢は」
「温泉」
「の、ノンキだなあ……まあ、良いですね、ええ。我が神は二階へ。大人しく、していてください」
「うん。必要なら、呼んでね。あと、無理は駄目だよ」
「肝に、銘じます」
リーアがふわりと浮かび、窓から外に出て二階に上がる。
ヨージの勘が正しければ、これはとんでもない事実だ。採掘者の雇い主が――もし本当に『それ』を目的としているならば――もはや、その危険性はキシミアには留まらない。全世界的危機と言える。
「グリジアヌ、グリジアヌ」
『んあ、ああ。寝てた。なんだ?』
「丸薬の成分が分かりました。ヒナを連れて、直ぐ戻ってください。そして、余裕ぶらず、身を隠して、来てください」
『マジか。おーいミサンジ! ヨージが分かったってよ! ああそうだよ! 行くって!』
「分かりました」
事態が動き始めた。




