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龍女皇陛下のお婿様  作者: 俄雨
キシミア編
69/343

流通者3



「あらいらっしゃい! って、ミサンジさん!」


 翌日、ヨージはヒナを連れて鯨の髭亭を訪れた。開店前であるから客は居ないが、アリナが面倒を見ている娼婦が何人か見受けられる。


「よう。あー、ボーグマンの奴ぁどこだ?」


「兄貴? アレなら北にいったね。ほら、採掘場の落盤事故があったでしょ。兄貴が面倒みてる子が怪我したって話だったよ」


「そうか。あいつも面倒見が良い奴だな」


 揃って話を聞くつもりでいたが、居ないならば仕方が無い。アリナに聞ける分を聞くべきだろう。


「今日はどうしたの? 病気の原因、見つかった?」

「いいえ。アリナ氏。ああ、ここに掛けますね」

「ええどうぞ!」

「調べた限り、熱病を隠しているヒトも、いますよね」

「あー。やっぱり仕事に響くからかな。一応、気になる子には声かけてるの」

「その中で――サンドラ、という娼婦を知りませんか」


 グリジアヌが調べて来た中に居た、ヨージの知らない熱病患者だ。この人物は足しげく、表通りの酒屋に通っている。


「サンドラ……なら、そこに」


 ガチャン! という音がした。ヨージが隙無く椅子から立ち上がり、刀を引き抜く。


「"短縮術式""樹壁"」


 ヒナが錬金術師特有の呪文詠唱を繰り出した。すると立ちどころに、店の窓と入り口、そして二階階段が枝と蔦に覆われ、隙間が無くなってしまった。


「ちょ、ちょっとちょっと!」

「アリナ。直ぐ戻すから心配すんな。そこのサンドラとかいう女に話があんの」

「あらそう? まあ店を壊さないなら何でもいいか。サンドラ、逃げないでお話して?」

「ぐっ――」


 長い金髪と浅黒い肌、青い目を持った女性サンドラは、自分の置かれる状況に観念したように、椅子へと戻る。


 しかし流石ヒナだ。明らかに三項は必要であろう呪文を二項に留めた上で、その呪文の内に汎用性が存在する。ヨージにはとても出来ない芸当であり、応用錬金術師マスターアルケミストの名が伊達ではない事が良く分かる。


 一先ず、ヨージとヒナはサンドラが座っていた席に着き、彼女を両側から挟む。店の内部ならばどこに居ようと逃げられはしないが、一応だ。


「な、なに、アンタ等。軍警察?」

「こんなアヤシイ軍警察が居ますか。まあそちらの女性は公務員ですがね」

「ミサンジだ。知ってるだろ。科学店の店主だよ。おう、なんで逃げた?」

「――……」


「黙秘ですか。僕は女性に乱暴などしたくありませんが、そちらのミサンジは痛くて苦しい尋問方法を沢山知っているので、喋った方が身の為です」


「しょ、娼婦狩りかと思ったの。警察の」


「そんな奴等が、アリナと笑ってお話するわきゃねえだろ? ヤマシイ事があるんだ、そうだな?」


「別に、我々は貴方の逮捕権など持っていません。そして何かを喋ったからと、貴女の後ろに居るかもしれないヒト達に密告する事も当然しません。面倒ですからね。貴女は喋り、僕達は納得して、調査を更に進める」


「ほ、本当に、アタシがバラしたって、誰にも言わないか?」


「言うメリットがありませんから。他数人にも目星がついています。バレた先は有耶無耶になるでしょう」


 サンドラは暫くと考え込む。明らかに体温が高い。胸で息をしている。熱のある証拠だ。

 これが飛沫感染などであれば近づきたくはないが、現状その筋は無い。


「手前ぇは表通りの酒屋に何度も出入りしてる。酒屋なんて色街にもあるのにだ。何買ってる。まさかクスリじゃあるまいな」


「……――クスリ、じゃあ無いと思う。確かに、見た目はクスリっぽいけど、警察が取り締まっているようなものじゃない」


「それが何かも分からねえで買って服用してんのか? バカか?」

「あれは! あ、あれがあると、気持ちが軽くなるの。い、嫌な客取った時とかに、使ってる」

「あのなあ――」

「ヒナ、少し」

「……あいよ」


「サンドラさん。お気持ちは分かります。生きて行くには身体で客を取る他無かった。お金を持っていると思えば、薄汚いおじさんに抱かれるのも、我慢するしかない――僕も沢山見てきました」


「あ、アンタエルフでしょう。下層民の、何が分かるの」

「あはは。その高等なエルフ様がココには普通居ないでしょう。追われて逃げて、このザマなのです」

「――……そっか」


「僕は生きる為に、出世の為に沢山ヒトを殺してきました。日々心は荒むばかりです。そんなささくれた心を少しでも癒してくれたのが、当時は娼婦の皆さんでしたよ。逞しくて、どこにでも居て、優しいけれど、悲しい目をしている――貴女みたいに」


「――あ、アタシは……その――」


 顔を伏せて涙を流し始めるサンドラの肩を優しく撫でる。ヒナは『呆れた男だ』という顔だ。


「……モノは有りますか。それはあまり、良い物ではない。これが広がると、もしかしたら、悲しい結末を迎える方が、増えるかもしれません。そんなものは、誰も見たくない」


「これ――」


 サンドラが観念し、懐から小さな薬瓶を取り出す。中に入っているものは、白に黒い粒が見える、丸薬のようだ。やはりクスリ。しかしそうなると、問題が出て来る。


 ヒナは熱病を発症した娼婦を数人検査している。その中で、病原菌や薬物の類は検出されなかったのだ。では未知の薬物か、これ自体に何か未知の病原菌が含まれている可能性が出て来る。


 ヒナは完全に眉を顰めていた。


「お預かりします。宜しいですね」

「うん。ごめんなさい――」

「いいえ。それで、これは、その酒屋で販売しているものですか。何か、ルートがあるのでしょうか」


「一度、客から聞いて、買いに行ったんだ。軍警察でも取り締まってなくて、強い副作用も無いっていうから」


「他の方に勧めたりは?」

「アタシは、してない。他の子は、してたかも」

「……身体の調子は?」

「少し熱っぽいけど、熱っぽいだけで、ダルくもない」

「分かりました――ヒナ。それ、成分分析出来ますか」


「不可解だ。全く不可解だ。頭に来る。分析はする。が、ウチの器具じゃあ限界があらあな。キシミア大学まで行くから、半日は戻らん」


「そうですか。では、僕はその酒屋を調べます」

「そうしろ。じゃあ預かるぞ。返さねえがな」

「ご、ごめんなさい――ごめんなさい……」


 ヒナは、実に不機嫌そうだ。薬瓶を引っ手繰ると、魔法を解除して店から出て行ってしまう。


 彼女は、分からない事があるとああだ。兎に角それが嫌で研究者になったようなものである。実験で行き詰った時の彼女は、健啖家である事も相俟って、それはもう更に良く食べるようになる。なお、機嫌が良いともっと食べる。健康な女性である。


「ね、ねえ。アンタ、あのヒトのカレ?」

「いいえ。賃貸契約者です。家賃値引きの為に仕事を手伝っている、宗教家ですよ」

「宗教家?」

「ええ。治癒神友の会と言います。何でしたらその熱病――我等が神に、診て貰いましょうか」

「な、治せるんだ――じゃ、じゃあさ、治ったらさ、アタシの事、買わない?」

「いえ。僕はもうヒトサマを売り買いするなんて事はしたくないので……」

「じゃあタダで良いから。ね、アタシと寝てよ、ねえ? アンタも――寂しそうな目してるし」


 サンドラがヨージの手をぎゅぅと握る。

 先ほどの話は、半分本当であり、半分嘘だ。実際は寝てなどいない。ただ、金を払って、話を聞いて貰っていただけだ。何のしがらみも無い、位も高くない、普通の女性。当時のヨージには得難い存在だった。性ではなく、心の捌け口としていた事だけは、認める。


「貴方は大変魅力的です。けれど、御免なさい」

「あっ――う、ううん。こちらこそ。え、エルフと寝る機会なんて、あんまりないからさ」


「アイツ等は気取ってるだけで、大したものじゃあない。みんな、同じなのです。ヒトです。産まれが、そうだったというだけに他ならない。大変な仕事で鬱屈とする事もあるでしょうが、自身を卑下してはいけません。生き方は、沢山ある。ヒトゴロシの僕だって、こうしている」


「うう……やだ優しい……ホント、シたくなったらいつでも来てね?」

「あ、有難う御座います……あ、ああそうだ。ひとつ」

「なあに?」

「その酒屋。ソレを購入するのに、合言葉などは?」





 熱病の原因があの丸薬であるかどうかは断言出来ないが、サンドラの病状と状況から推測するに、可能性は高い。あとはヒナが原因物質を特定出来れば、警察機構に掛け合えるが……軍警察の信用がないのが現状だ。


 きな臭い軍警察だが、怪しいモノは全てぶっ潰す、というような野蛮な警察で無い事は分かる。キシミアの上層部も色街が一定の秩序を保ち、下層民の受け入れ先として機能している事は了承している事から考えると、柔軟に対応する頭はあるのだろう。でなければ、イナンナーの教義に反する私営娼館や娼婦など即座に逮捕だ。


 公権力に通報するのは、軍警察含め全て裏が取れた後だろう。どこからウワサが漏れて丸薬の流通経路が断たれるかも分からない。時間が経たないウチに特定出来る範囲を調べておいた方が良い、というのがヒナとヨージの見解だ。


「ほぼ確定しました。どうやら丸薬のようなものを販売しているみたいです」

「おー、アタシの調査が役立ったか」

「今度しっかり時間を取ってお酒にお付き合いしますよ。それで、今は」


 第一商店街の表通り、件の酒屋の近くでグリジアヌと落ち合う。酒屋自体は何の変哲も無い店で、キシミア特産である米の蒸留酒を主に販売している。所謂アラキ酒だ。度数が高いので、消毒に用いられる事も有る。


「出入りは普通。客も普通。逆に言うと、そういう普通の奴等に流通してる可能性が高い」

「厄介ですねえ」

「しかしその丸薬、薬効は?」


「気分の高揚ですね。経口摂取で済ませている間は良いですが、用法用量を変える者など幾らでもいるでしょう」


「そんなんで滅んだ国があったな、昔」


「特にこういった一城塞国家では、伝播も早いでしょう。早急な対処が求められますね。故に、あまり心配無い、とも言えます。軍警察の強権でガツッと取り締まれば一発です。ただ……」


「流通者と軍警察や上層部が結びついた場合、か」


「はい。そういった事は、枚挙に暇が無い。彼等の利害がどこに有るかなど、僕達一般市民は知る由も有りませんから」


 覚醒成分や鎮静成分を含む植物から抽出した物質が齎した災禍は、ヨージが覚えているだけで三件有る。


 薬効によって魂の器に隙間を開け、そこに不定形の神を降ろす事を伝統としていた部族があった。小さい部族であったウチは良かったが、やがて拡大、増加。巫女を謳う伝道師によって広められた神の憑依方法はただの娯楽にカタチを変え、市民達を無気力なニンゲンに変貌させてしまった。その国はほぼ自滅で隣国に吸収されている。


 西国の都市国家では疫病が蔓延。特効成分が含まれている、とにわかに騒がれた植物が流行し、瞬く間に一国を蹂躙。宗主国であるノードワルト大帝国の医師団が向かった頃にはオーバードースによるショック死と疫病による死、乱用者の暴動などにより、その国は六割のニンゲンが失われ、二割のニンゲンが後遺症を抱える結果となった。


 積まれた死体は火葬され、一週間も燃え続けたという。グリジアヌが言うのはこのケースだろう。


 人体に影響を齎す物質と、権力や同調圧力が結びついた結果に訪れるものは、個人ではなく社会の死である。


「合言葉を聞き出してきました。僕が行ってみましょう」

「大丈夫か、それ。いや、大丈夫か、アンタを心配するのは多少馬鹿らしい」

「え、心配して欲しいのですが、我等が神グリジアヌよ」

「はいはい。ほりゃ行け」


 自分一人でも何とかなるだろうが、後ろに神が控えているとなればもっと心強い。例えば怪しまれて、荒くれ者に囲まれたとしても、グリジアヌなら一人一人デコピンをかましてやるだけで終わる。


「失礼」

「あい、いらっしゃい」


 表をグリジアヌに任せ、ヨージが入店する。店の内装も凝ったものではない。並べられた酒瓶はどこかで見覚えの有るようなものばかりであり、物珍しさも興味も湧かないものだ。


 店番をしていたのは少年だ。なるほど、合言葉にも納得である。


「この飴をあげよう。上で食べてきなさい」

「わ、ありがとう。おとうちゃーん! お店番ー!」


 ヨージが飴を差し出すと、少年は屈託の無い笑顔で二階へと上がって行った。すると直ぐ、裏手から中年男性、恐らく店主が顔を覗かせる。ちなみに、ヨージはフードを被り、耳を隠している。エルフは目立ちすぎる。


「随分な美丈夫が来たもんだな、ウチも。娼婦からか?」

「ああ。元軍人でな、毎夜魘されて、参ってる」

「そうかい。ひと瓶五〇〇セレドナだ。ふたつならまけるぜ」

「じゃあ二つ」

「八〇〇セレドナだ。あんまり乱用するんじゃねえぞ」

「しかし見た事がないものだな。職業柄、そういったもんを愛用してる奴等は居たが」


 金を払い、丸薬の瓶を二つ受け取る。サンドラが持っていたものと同じであり、瓶には共通部族語と大帝国語で『爽快薬』と書かれている。軍人が用いるものより薬効の低い薬の総称だ。


「キシミアだけで流通してるもんだ。軍警察の取り締まり対象外だから、まあ見つかっても捕まったりはしねえだろうが、大っぴらにも売れねえからな」


 そこは店主も自覚しているのか。そうなると、警戒心が多少薄いのも納得出来る。これはまだ軍警察が取り締まれるものではない。健康薬だ、と言われればどうにもならない。


 成分や薬効、想定される被害が明確でないものを規制するのは、一般的に使われている民間療法の薬まで規制対象にするのと同じだ。謂わばヒナの政治手腕とキシミア自治区の倫理にかかっている。


 故に、もたもたしている間に流通経路が断たれるのを恐れた。


「少し量が要る」

「ふうん」


 ただ聞くふりだけして、店主がカウンターをコツコツと指で叩く。

 ヨージは懐から一〇〇〇セレドナを取り出して、店主に握らせる。


「商売でもするのかい」

「こういうのに困ってる輩は沢山いるんだ。酷い副作用も聞かないし、他より安価で良い」

「第三商店街。木工芸店。新規事業開拓」

「悪いな。礼だ」


 更に五〇〇セレドナをカウンターにおいて、酒瓶を一つ受け取り、ヨージは店を出る。


 なかなかの出費になってしまい、財布が痛い限りだ。それは後でヒナに協力費として支払って貰おう。酒瓶と丸薬の入った紙袋を手にグリジアヌの下まで戻る。


「どうだったよ」

「第三商店街だそうです」


 近くのベンチに腰掛け、ヨージが手帳から地図を取り出す。東の港側にあるのがキシミアに最初に出来た集落であり、現第一商店街である。そこから手を広げた人々によって中央に第二、そして一番新しい第三商店街が西に存在している。


 商店街という基準がキシミアの根幹であり、商会の力も強い。

 第三はこの街の反対側であり、多少距離が有る。荷物運搬の為に出来た水路で向かった方が良いだろう。


「これか。ダナ木工芸店。なんだって工芸の店が薬の元締めかね」


「これも仲介役でしょう。これを流通させている者達は厳格に規則を決めるつもりは無いようですね。あの店主も口が軽かった」


「――広めたいって事か」


「間違いなく、アウトローの方々でしょう。そのアウトローが、どれぐらいの力を有しているかは不明ですが」


 考える。商店を小売としている事を考えると、商会の一部が絡んでいるのは間違いなさそうだ。商会が強い国であるから、軍警察も賄賂を貰って黙っているかもしれない。更に問題はその裏だ。ならず者集団か、他の国家を背景にした集団か、はたまた神か。どの可能性も捨てきれない。


「グリジアヌ、キシミア大学へ。ヒナが居ます。この薬瓶ひとつと、僕がどこへ行くか、それと商会なども絡んでいる可能性がある、という事を伝えて貰えますか」


「承った。ああっと、これ」

「なんでしょう」


 一体どこから取り出したのか、グリジアヌが差し出した手の中には、一枚の葉がある。ただの葉ではなく、樹脂か何かで固められており、ヨージには読めない文字が書かれていた。


「アタシのシンボル。アンタも信徒になった訳だしな」

「有難うございます。連絡時は、これで」

「ちなみに、余程特別な奴にしか渡してない」

「だ、大事にします」

「ふふっ、んじゃま、あの巨乳にご挨拶でも行くか……大学なんてオカタイ場所、久々だなあ」


 ザッと跳び上がり、グリジアヌは屋根を伝ってキシミア大学へと向かう。神の身体能力は個々様々だが、グリジアヌはやはり高い。


 竜精、フィアレス・ドラグニール・マークファスと対峙したあの折、炎神インガの猛攻を防いだのは彼女である。竜精に掛かり切りであったヨージはハッキリと見ていた訳ではないが、状況から察するに一般的な神の数倍に及ぶ戦闘能力を保有していると考えられる。


(こちらとしては、拒む理由が有りませんけど……)


 治癒神友の会の神の座に名を連ねる事を申し出た彼女の意図は、実際不明だ。長い間旅歩きしていたならば、各所に信徒がいるであろうに、改宗して大丈夫なのだろうか、という疑問も有る。


(ほ、本当に僕に気があるだけっていうなら、も、申し訳ないなあ……)


 兎も角、力の強い神が仲間にいて悪い事はない。

 グリジアヌの問題については後回しにし、ヨージは水路に向かい、渡し船を探しに走った。



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